第三章 カルロス (転)1
[永遠に、語られることの無い物語]
その日の夜は、月食だった。
もうすぐ闇に呑まれる満月の光に包まれて、港の端の倉庫しかない一画に、ギリアムたちは集まっていた。
「ちっきしょう、寒ィなあ……。それにしてもあのヤロ-、さっきから一体何するつもりだァ?」
少し離れた木箱に隠れて、闇の中お気に入りの詩集に手を置いたミシェルは呟く。
ここ数日、彼はずっとギリアムたちを尾行けていた。
あの日、ギリアムが逃走した夜に、偶然彼は見てしまったのだ。あやしい男からギリアムが何かを受け取った、その場面を。
遠くからなのでよく見えなかったが、何か物凄くヤバい雰囲気に、鳥肌が立ったのを覚えている。
彼は覗き見しながら、見てはいけないものを見たのに気付いた。そしてあれが何かは分からないが、ギリアムの性格からして、それを使って何をするか、にも。
(カルロスの命を、狙うつもりだな……)
それから二日間、見失わないように、ずっと後を尾行していたのだった。
だが彼は、その見知らぬ男が覗き見していた彼に気付いていたことを知らなかった。その時その男の口に形作られた、暗い笑みにも。
彼は最後まで、気付けないままだった……。
「赤き水と暗き空、そして真白き砂どもよ……!」
いきなりギリアムが訳の分からない痛い言葉を叫びだし、ミシェルは眉をひそめた。
「チッ! 本格的にヤバくなってきやがった……。やっぱり、人を呼ぶべきだったか。いや、せめて誰かにこの事を知らせておけば……くそっ」
もちろん、彼は誰かに知らせるべきだったのだ。治安官に知らせるのが一番良かっただろう。何といっても、ギリアムは逃走中の犯罪者なのだから。
だが、ミシェルはつい、考えてしまったのだ。やつらのことを調べてカルロスに教えてやろう、と。
彼は、知らなかったのだ。あの小瓶の力を。
そこに込められた恐ろしい、悪意の量を。
「……の名において命ずる、契約を施行せよ ヌンゴーウ ゾウ グィニ ヴァグルー!」
呪文が止む。
(ん、なんだありゃあ? 空から何か……光……?)
言葉が止まったと同時だった。月のあるはずの場所、闇の中から真っ赤な光の柱が降りてくるのが見えた。静かに、ギリアムの上に。包み込むように下りてくる。
「ヤベェ……なんか知らないがこれはヤベエ……。逃げよう、うん。逃げ……」
その時、ミシェルの耳にギリアムの声が聞こえてきた。
「ハッハァッ! これで、あのクソガキもおしまいだぜェっ!!」
「……………!」
足が止まる。顔が、ゆがむ。
(クソッタレっ!! 逃げるべきだ、逃げなきゃきっと命すらヤベエっ。逃げなきゃ、ヤベエ、ってのによォ)
その時、とある昔の光景がミシェルの脳裏に浮かんで消えた。
たった一度のあやまち。友達を見捨てて逃げ出したあの日のことを。逃げるときに見た、一生忘れることのできないあの絶望を目にした人間の、闇を宿した眼差しを。
彼はその事実から逃げ出して、逃げて逃げてそしてこの街に来たのだった。
「(もう二度と、二度と、おれは………)ドチクショオォォォォォ!!」
ミシェルは走り出していた。
振り返り、ギリアムのいる所、光の真下へ。
(あの光がギリアムに触れたら終わりってな! カンだがそんな気がするゼ!)
「な、何だテメ-! ぐあっ!!」
驚いて突っ立ているギリアムを突き飛ばす。
勢いで仰向けに転がったミシェルの目に、降りてくる光が映った。すでに逃げるだけの時間は無さそうだった。
(ちっ、ダセェ。柄じゃねえよなあ。やっぱ俺ぁ、ヒ-ロ-には向いてね-よ)
横を見ると、小さな赤いガラス瓶があった。
(カルロス……)
ミシェルは光に包まれた。
悲鳴が、響き渡った。
朝、港の片隅に少年たちの死体が転がっていた。だが普段使われていない区域だったために、発見されるのはしばらく後になるだろう。
そしてその偶然の出来事が、カルロスを混乱させる元となった。
なぜなら事件が起きたとき、まだそれは発見されていなかったのだから。
静かに霧の中に横たわるその中には、数時間前までギリアムと呼ばれていた少年の、無残な死体も混じっていた。
『 G r a n d R o a d 』
~グ・ラ・ン・ロ・-・ド~
第三章 カルロス (転) 1
「……お前にゃあ、分かんね-よ」
仮面を拾った男が、初めてミシェルのままの声で答えた。それは、カルロスにとって、他人の空似という最後の希望を打ち砕く言葉だった。
「カルロス、お前はいい奴だ。けどな、俺みたいなドブネズミにとって、お前は眩しすぎるんだよ……。この港にいる俺たちは皆、多かれ少なかれドロを喰って生きてきた人間だ。けどな、お前はどんなに突っ張ったところで、そこまで堕ちることはできないのさ。どこにいてもお前は、全く輝きを失わない。それが悪いってんじゃねえよ。ただ、俺たちは住む場所が違うってだけ、それだけだ」
「…………っ」
カルロスは愕然とした。そんな風に思われていたなんて、思っていなかったから。
だから、ミシェルの様子がおかしいことに気付くのが遅れた。
「眩しかったよ……ずっと、な。眩しかった……だから、……」
悔しいのか悲しいのからなくて、顔が崩れる。目を瞑って怒鳴る。
「だから、こんなことに手を貸したって言うのかよぉぉぉ!」
カルロスは下を向いて叫んだ。だからまだ気付かない。
ミシェルはゆっくりと、音もなく近づき始めた。
「う゛--! う゛--っ」
猿ぐつわ越しに懸命にヒリエッタが教えようとするが、無駄に終わる。そして、ミシェルの声音はさらにおかしくなっていく。
「だから……残念だけどさ……この俺の手で壊して……やるんだ……人になんぞやらせねえ………俺が………この手で、光……を……星を………パリンって……割って……消して。……ふふ……はは……なあ……なあ……? さあ、時間だ、消えてくれよっ……カルロォスッ!!!」
そしてミシェルの吊っていない方の手の中に、光る金属が現れていた。
(はっ!)
カルロスが気付いた時、ミシェルのかざしたナイフがすぐ目の前まで迫っていた。
「うわああっ!」
急いで斜め後ろに跳ぶ。だが、遅い。
ざくぅっ
「ぅぐああああっっあっ!」
左腕が動かなかった。腕の付け根から血がすごい勢いで溢れ出す。
がくり、と膝が落ちた。
「さよならだ……カル……ロぉス……」
腕がもう一度振りかぶられる。先端には、赤い液体が垂れていた。
ヒュン!
次の瞬間、ミシェルはバック転で、伸びた鞭の先の届かないところまで逃げていた。
カルロスがギリギリまで引き付けて鞭を放ったのだ。当たらないはずは無い距離だった。それを、ありえない程に完璧に避けられていた。ブリッジで手をついただけで、天井近くまで跳び上がり離れた場所にバッタの様に着地する。
(!? なんだあの跳躍距離は! しかも、片手で跳んだだって?!)
ミシェルがもう一度構えた。目が赤く光ってる? と、瞬間、カルロスの視界からミシェルが消えた!
「何!!?」
左か!? 横を見るともうカルロスの目の前にいた。
(速すぎる……! やられる……!!)
「そこまでです!!」
ギィィィンッッ!
跪いたカルロスの目の前で、ミシェルのナイフをリ-ブスのナイフが受け止めていた。
「なんとか間に合ったようですね……」
リーブスがチラリとカルロスを横目で眺め、心の底からホッとした声で安堵する。
「チ……なんでさ? リ-ブスさん……アンタだって……俺と同じ……じゃないかさ……」
その台詞に、リ-ブスは淡々と、そして辛そうに言葉を返した。
「ミシェル君……。どうして、とは訊きません。たとえ貴方でも、坊っちゃんを傷つける者は、倒すだけです」
「…………。今日は、引かせてもらうよ………。明日……決着を……つけよう、ぜ、カルロス……」
そう言うと、ミシェルは振り返らずに逃げ出した。
「お待ちなさい! ……くっ」
リ-ブスは追おうとした。が、ゆっくりと倒れていくカルロスに気付いて止まる。
「坊っちゃん! しっかりして下さい! 坊っちゃん!!」
急いで止血を施す。なんとか血は止められた。だが何針かは縫う必要がありそうだ。
「う……」
「坊っちゃんっ、気がつかれましたか!」
「う……リ-ブス、エティ、は?」
「申しわけ、ありません……。連れていかれました……」
どうやら、ミシェルが逃げる際に、仲間(部下? )が連れていったようだ。
不覚だった。
「…………く……う。リ-ブス、お前も、血が……」
良く見ると、リ-ブスも血だらけだった。まだ固まってもいないらしく、ポタポタとス-ツから垂れている。黒いス-ツだからこそ目立たないだけで、かなりの怪我を負っているようだ。
それを隠すかのように、にこりと笑う。
「私は大丈夫です。坊っちゃんこそ、あれほど無茶は駄目だと言いましたのに……」
「済ま、ないな……。済まないついでに、悪いが屋敷まで頼む。おれは、ちょっと寝る」
「はい、わかりまし、た……おやおや」
苦笑する。リ-ブスが返事をした時にはもう、カルロスは眠りについていた。
(素晴らしい切り替えの早さです、坊っちゃん。起きたらいくらでも愚痴を聞いて差し上げますから今は、お休みなさい)
今の名前をリ-ブスと名乗るその男は、その言動の割にずっと体重の軽い主人を愛しげに抱え微笑みながら、確かな足取りで、焼け残った屋敷へと歩き出した。
人影の耐えた誰もいない倉庫に、点々と赤いしずくの跡を残しながら。
「今回は、痛み分け、という所ですかね……」
腕の中に大切な人の重みを感じながら、屋敷の前でリ-ブスは思い出していた。
そう、彼は本気だった。だがあの男に致命傷を与えることはできなかった。
お互い手詰まりの所へ、治安官たちの邪魔がはいったのだ。
(助けられた、と言ったところですね。やはり、7年のブランクは大きかったようです。しかし)
懐で眠っている主人をちらと見る。
(私は負けませんよ、シグルノ。今の私はしぶといんです、負けられない訳がありますから。貴方は、知らないでしょうね、守るものがあるというこの充実感を。これだけは、貴方の生き方では絶対に手に入らないものなのですから)
一度だけ港の方を振り返る。
(ミシェル君。確かに私たちは同じでしょう。この街に逃げてきたという、その一点において……。しかし他は違うようですね。何故君が敵となったのかは分かりませんが、気付いて下さい。今、君は大切なものを自ら捨てようしている……。思い出して下さい。君も、この街にやり直しに来たのでしょう? 君はやり直せるはずなんです。なぜなら君も、私を変えてくれた人と、同じ相手に出会えたのだから。
この冷血なアサシンに温かい心を分け与え、すべてを変えてくれたこの方に……)
抱える腕に力を込めて、そしてリ-ブスは、屋敷の中に入っていった。
こうして前夜祭が終わった。
そして、最後の日の陽が昇る。後々まで人々の記憶に残る、街始まって以来の災厄の日が、静かに幕を上げた。
◆ ◆ ◆
その日は朝から快晴だった。
それは、嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。
(……そうだ、今夜は嵐になるんだ、よなきっと。とてつもない、嵐に)
カルロスはゆっくりと深呼吸をした。
「いててててててて!」
「あ、坊っちゃん! 動いちゃ駄目ですよ。まだ縫っただけで完全に傷が塞がった訳ではないんですよ!? ああもう、包帯が巻けないじゃないですか!」
「うるせ-っ! 巻かなくていいからあっち行け-っ!」
バタバタと足を振り回して抵抗する。
「またそんな我儘を……。昨日格好つけていた人と、同じ人とは思えませんねえ」
「言うなよそういう事は」
静けさは錯覚だった様にその場から消えていた。
替えの包帯を巻き終えたリ-ブスは、ふと思案顔になる。
その顔に気付いて、カルロスは声をかけた。
「リ-ブス、何かおれに言う事はないか?」
リ-ブスはピクリとわすかに硬直し、ゆっくりとカルロスの方に体を向ける。
「え……? な、何のことですか? 私が坊っちゃんに隠し事をする訳なんて無いじゃないですか」
笑って言うリ-ブスを、カルロスはじっと見る。
「い、今、お茶をお持ちしますね。坊っちゃんの好きなカリハ国産の新葉が手に入ったんですよ!」
カルロスはリ-ブスの目を見て、もう一度だけ訊いた。
「リ-ブス。隠し事は、するなよ」
「……お湯を、沸かしてきますね」
返事を待ち続けているカルロスの目の前で、小さな音を立てて扉が閉まった。
(まったく……いつも鋭いですねえ、坊っちゃんは……)
扉の横の壁にもたれて、リ-ブスは心で呟く。その手が、懐から小さなビンを取り出した。薄い赤みを帯びた、ガラスのビンを。
それは、昨日帰り際に見つけて、気になって持って来たものだった。
(こんなもの……見つけなければ良かったですね)
5日前、カルロスに報告した老婆のことを思い出す。
その報告書に書かれていた、同じようなビンのことを。色について書かれてはいなかった。だが。
(もし……、ミシェル君の変わり様がこのビンによるものならば、彼は操られているのかもしれない……。しかし)
そう、しかし、それでも昨日の殺気は本物だった。
(だからといって手加減は、できない。……言えないですよ、坊っちゃんには。知ってしまったら坊っちゃんは闘えない。そういう人です。すみません坊っちゃん。後で好きなだけ恨んで下さって結構ですから今は、これ以上訊かないで下さい……)
リ-ブスは一瞬だけ奥歯を噛むと、あとは何事も無かったかのように歩き出した。
◇ ◇ ◇
「さてと。行くぜ、リ-ブス」
お茶を飲んだカルロスは、さっそく出かける支度を始めた。
「ええまあ、それはいいんですが坊っちゃん。大丈夫ですか?」
つい先ほど包帯を巻いたところだというのに。元気なものだ。
「たらふく喰った。血さえ戻ればこっちのもんだ」
「いえそれも、ですけど、そうではなくて」
「場所なんぞ解らなくても行くんだよ! エティがまだ向こうにいるってのに、何か起こるまで待ってるなんてできるか!」
その、あまりに彼らしい言い方にリ-ブスは苦笑する。
「承知しました。そういうことでしたら、すぐにでも行くと致しましょうか」
「そうだ、リ-ブス。歩きながら昨日調べたことを話せよ」
大通りは相変わらず賑やかだった。
ショウウインド-に見入っている人もいれば、カフェでお茶してる人もいる。
(みんな、生き生きしているな)
だが。
「……それは間違いないのか?」
「こう見えても、スラムの子供たちとは仲良しなんですよ。彼らは盗みはしますが、嘘は言いません。こちらが嘘を言わない限りは、ですが」
「なるほど、肝に銘じておこう。しかし……、街そのものの放火、だと……?」
「はい。昨日の時点ではそういう計画のようです。すでに、実行者たちが街にも入り込んでいるはずです」
新世暦497年。この時代、500年前に滅びた前文明の名残りで、どの家にもガス管が配備されていた。確かに、もしその管そのものに火を放たれたら………
「なんでだ? あのタヌキ共はロ-エン商会を手に入れたいんじゃなかったのか? そんなことしたら、それこそ街ごと骨も残らねえだろうに」
「それは、解りません。が、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「いえ……ただ昨日から役員たちの半数と連絡が取れないんです。もしかしたら、役員たちも騙されていたのかもしれません。そして加担した役員たちは、もう……」
カルロスは目を見開いて振り返る。
「おい、連絡が取れないってまさか、家族ごと……ってのか!? いくらなんでも……」
信じたくはなかった。昨日のことを体験しても、それでも。
「まさか、あいつが……そこまで……」
「坊っちゃん。今までのミシェル君……いえ、ミシェルのことは忘れて下さい。今の彼はもう、違う人間です」
唇を噛む。
噛み締めたままカルロスは回りを見回す。人が、楽しそうに笑っている。
「………わかった……」
カルロスはその手で、いつもしているバンダナを外した。長い前髪が垂れてその目を隠す。
(そう言えば確かあのバンダナは……ミシェル君が……)
前髪に隠れてしまった瞳を、リーブスは辛そうに眺めた。
「行こう。まずは港だ。議会に知らせるにしても、もう少し情報がいる」
手に持った布。それをポケットにしまって、カルロスは歩き出した。
◇ ◇ ◇
朝の港。そこは恐ろしく活気のある場所だ。ところ狭しと荷物や人が蠢いている。
言葉も、シェスカの属する(と言っても自治権はシェスカにあるが)ファルシオン帝国語以外のものも飛びかっている。
「さて……と、どこから手をつけたもんかな」
ゆっくりしている暇はない。昼過ぎには議会に知らせに行かないと間に合わなくなる。
「リ-ブスは外国語にも通じていたな。そっちの聞き込みは任せる。おれは……裏路地へ行く。ミシェルとの共通の知り合いが大勢いるからな。おっと、……心配するな。ちゃんと準備はしてるさ」
カルロスは懐を開いて見せた。見ると、体には防刃使用の薄い鎖帷子を巻いていた。そして、裏地にくくりつけたいつもの鞭の他にもう一つ。
「双竜鞭……! そんなものまで修行してこられたのですか……!?」
双竜鞭。鞭における二刀流のことだ。
「ああ、実は未完成なんでこの間まで使わなかったが、そうも言ってられないんでな。だが、たとえ未完成でもその威力は絶大だ。お前なら、解るんじゃないか?」
リ-ブスは頷く。彼は知っていた。その昔闘って唯一、完膚なきまでに負けた相手が使っていた技だ。音速に近い速さの二つの鞭の先端が、同時に違う方向から襲ってくるのだ。避けることすら至難の業だ……というより避けようが無い。まともな人間には。
「……解りました。しかし、くれぐれも油断はなさらないで下さいよ。あと、ミシェルは特別です。お願いですから、出会っても闘わずに私に知らせて下さい」
「解ってるよ。じゃあ、二時間後にここで、な」
二人は分かれて歩き出した。
◇ ◇ ◇
「よう、エイク。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかい」
「あ? なんだカルロスじゃないさ、どうして今日はバンダナしてないの? そうそう、なんか色々大変だって聞いたけど、こんなトコで油売ってていいのかしら? ウフ」
エイクはカルロスにとってはあまり親しくない、と言うかしたくない相手だ。だが、昔ミシェルの相棒をしていたこともあるらしい。何の相棒かはあえて聞かなかったが。
「ああ、実はそのことで訊きたい事があるんだ。最近、ミシェルの奴、どうしてる?」
「ミシェル……? そういやこのところ見てないわね。アイツがどうかしたの?」
「いや……、知らないならいいんだ。邪魔したな」
「で、お前ら誰なんだ?」
カルロスはいきなり囲まれていた。エイクのいた通りから二つほど横丁に入ったときのことだ。一番前の男が口を開く。
「ったくテメェは不死身かよ。昨日あれだけ血ィ流しといてよくもまあ。で、ここで何してる? 今日のテメェの出番は夕方からだろうがよ」
「はっ、おれがそんな都合よく動くタマかよ。確か、昨日いた奴だなお前。だったら訊きたい事がある」
「へ~ぇ、何を?」
「ミシェルが変わった訳。そして今日の襲撃の全容と理由だ」
「言うワケねェだろ、アホかテメェッ!?」
笑い出す。後ろにいる奴等も一緒だ。
「じゃあ、いいや。お前を縛り上げて訊き出す。他の奴は帰っていいぜ」
笑いが止まる。
「……言ってること解ってんだろうなテメェ」
カルロスは無言で鞭を取り出す。
「……ミシェルは夕方まで手ェ出すなと言ってたがよ、ここまで言われて誰が黙るか!俺たちの怖さを教えてやるゼっ!!」
1人対13人の闘いが始まった。
10分後。カルロスは息を切らせて座っていた。横にはさっきの奴等が全員気絶して転がっている。
(ちっ、リ-ブスの強さには程遠いぜ。だけど、なんとか使えてるなこの技も)
「やるじゃないカルロス」
背中から声が聞こえて背筋に冷たい冷気が走る。怖気と言っても良かった。でも野太い声で誰か分かった。ため息をつく。
「エイク。教えろ。これはアンタの差し金か?」
「あら-、何の事? って言っても説得力なしだわね。さっきはごめんなさい。確かに、知らないなんて嘘ついたわ。でもホントにあたしじゃないわよ? あたしは参加してない少数派のひとりだもの。だってミシェルったら、一緒にこの街に来た私に、街を燃やすなんて言うのよ? ヒトがせっかく気に入りかけてるってのにさ。だってこの街の人は、面と向かってあたしの【趣味】に文句言わないものね?」
いきなり【しな】を作るエイクにビビリながらも、カルロスは話を進める。
「……アンタの趣味は置いといて、だ。アンタは関係してないんだな? だったら手伝ってくれ。おれは……ミシェルを殺したくないんだ」
「でも、妹さんに何かあれば……ってところかしら? 聞いてるわよ噂で」
カルロスは頷く。
「妹を助け出したいんだ……まだ、間に合ううちにっ。でも、もう時間が……」
「間に合うわよ」
そのエイクの言葉にカルロスは身を乗り出す。
「ホントか!? ど、どうすればいい? 頼む、教えてくれ!」
「だってあたし、元アイツの相棒よ? 隠れ家くらい知ってるわよ」
「その場所を教えてくれ、頼むこの通りっ」
エイクは鋭いあごに手を当てて考え込む。
「うーん……。そうね、今回はミシェルがやり過ぎだし……。でも、見返りは貰うわよ? 曲がりなりにも、このあたしにチクリをさせるんだから」
「う……わ、解った。この際、何でも言うことを、聞こう」
「ラッキ! それじゃあね~」
(な、何を要求してくるんだ!?)
カルロスは少しだけ涙目になりながら待ち構える。
「あなたの所のカッコいい執事さんと、丸一日デ-トさせて?」
「……は?」
いったい何を要求されるのか、戦々恐々していたカルロスは、その意味に一瞬呆けて気づけなかった。だが。
「意味、分かるかしらぁ? 朝から、次の日の明け方まで、よ? 約束できる、ボーヤ?」
「売った!!!」
理解したカルロスは脊髄反射で答えていた。そんなもんならお安い御用だ。
哀れリ-ブスは一発で叩き売られた。