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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第八章 『Over The【Grand Road】.』
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第 八話  『“こどく”の船 〜惑い⑤〜』

またまた遅れてしまいました……

そして、本当はもう一場面、入れたかったのですが……

そうすれば、もっとキリ良く出来たのに。

残念です。

ガイアとの最後の会話と戦闘は、長くなったので次話に回して付け足します。

進みが遅いので、何とか今月中にもう一回更新したいなぁ。

なんとも申し訳ありません。精進します。

 広大でありながらも限定された空間の端で、幾重にも重なる凄まじい擦過音が鳴り響く。

 六十人を僅かに超える武装した人間の集団が、一歩で10mを稼ぐ速度で1kmを駆け抜けた勢いのまま、足ブレーキで床を擦って慣性を殺し立ち止まる。さすがアリアムが見繕った精鋭なだけあり、それでも一人たりともたたらを踏まず姿勢すら崩れていない。溶けた靴底の煙と臭いを充満させて、それらが消え去る前に先頭の男、アリアムが、極めた着地の体勢で一歩も動かず鳥のように両手を開く。

 一瞬だった。たったの一瞬で意思の伝達が終了し、全ての兵士が扇形の陣形に三秒で移りきり、一人の異形を囲み終え武器を構えた。

 二重半円だ。半円状に二重に囲んだ内、後列の兵士30人が一斉に同じ剣を逆手に構え、切っ先を床に押し当てる。そのままの体勢で一斉に、静電励起で封印拘束用の重力子起動プログラムをび起こした。封印剣に刻まれたプリント配線状の紋様が間髪入れずに光を発して浮かび上がり、対象を特定する。そこへ【雫】が補強して、包囲網が完成した。

 その直後、最後尾で炎が上がる。

殿しんがりは引き受けよう。お前たちは存分に決着をつけるといい」

 2mを超える大男が、自身の身の丈と同じ大きさの焔を発する剣を横に振り切った姿勢で、落ち着いた声でそれを言う。

 デュランだった。その眼前10m付近では、数体の、大男を超える巨体を誇る機械体が熱に炙られ崩れ落ち、その炎の壁の向こうでは、数百もの、様々な異形の機械の獣の群れが横一列に並び立ち、たたらを踏んで停止していた。その後ろには、崖のように途切れる先が見えぬ程延々と機械体がひしめいている。

「ここから先は一歩も行かせん。足止めに徹するのであれば、俺一人でも十分だ。お前たち、言葉が分かるなら聞いておけ。仲間の依頼だから蹂躙する事はやめておこう。だが、後ろのあいつらの想いの篭る決着を邪魔するというのであれば、容赦はしない。お前たちにも救いの道は示されている。救いたいと身を捨てて望み、願いを乞う者がいた。その意思と想いが欠片でも、操られた中身に届くのであればそこで止まれ。救われる未来を捨てて、かかってきたい者がいるのなら、その愚か者だけかかってこい!」

 ゆらり、と、コマ落ちの様な残像を一定リズムで空間に刻みながら、台詞の合間に静かに剣が立ち上がる。天を突くように一度だけ剣を真上に掲げ、捧げるように両手で包む。そのまま、ゆっくりと降ろした男が静かに壁のごとき構えをとった。一列に並ぶ数百の敵の前衛の後ろには、津波の様に延々と数万の敵の壁が続いている。風に守られ走り抜けた道は既に覆われ消えている。それを視界に収めながら、

「欠片もここは通さんさ」

 そう、男は笑って言い切った。

「……良いのか? デュラン。お前だって、奴に一撃入れたいだろうに」

 アリアムが、武器を構え前を向いたまま殿しんがりに立つ男に通る声で尋ねていた。

「それをしたい先約が多いからな。譲るさ。最後の決戦だ。こちらの分まで存分に、安心して挑んでいけ。その代わり、後ろは任せてもらうがな」

(……格好つけやがって。だが、有り難い。甘えさせてもらおうかッ)

 アリアムは振り返らずに声を荒げる。

「聞いたな、お前ら。後ろは構うな。ただ前だけを見て世界を救え!」

 雄叫びが上がり、半円の内側30名が全細胞に気合を込める。それぞれの武器がただ一人の敵に向けられ静止した。

「ディー……ッ」

「任せたぞナハト、皆」

 少年の心配気な声音が聞こえ、デュランが笑みを深くする。

 信頼する年下の友に肩越しに視線を向けて後、己れと仲間との間に剣を一閃。自身の身の丈の十倍を超える焔の壁がほとばしり、広すぎる船室の、【ガイア】を中心とした一画のみを扇の形に区切り取る。外側に残るのはデュランと、そのデザインだけで数百種に及ぶ敵機械体の軍勢のみ。

「さあ、時間ができたな。できればじっとしていて欲しい。退屈ならば良ければ踊りを教えてやろう。これでも昔は慣らしたものだ。体が忘れていないと良いのだがな」


       ◇   ◇   ◇


「向こうも始まった様ですね」

 クローノが、棍をゆっくりと回しながら誰にともなくつぶやいた。周囲には、手脚を壊され動きを止められた大小様々な機械体が、頭を揃えて横たわり、関節に火花を発して連なっている。蓮姫やアーシア、少し離れたナーガにも視線を向ける。共に頷きを確認し、

「ならば、時間稼ぎは終わりとしましょう。大技で一気に動きを止めて差し上げます」

『それなら、お手伝い致しますよ、先輩』

 宣言して構えた元大神官に、後輩の少年が声をかける。こちらに残ったカムイの鳥経由で届いた双方向通信だ。

「カルナ……君の担当はそちらだと思ったのですが?」

 金髪の穏やかそうな青年が、身内にだけ見せる拗ねたような半眼で、一閃させた棍で近付いた機械体弾きながら持ち場を離れた後輩を睨んでいた。画面に映る短髪の少年の後ろでは、今にも首魁との闘いが始まろうという光景が見えている。一人だけズレた位置で掛けてきているらしい。その様な指示は出してはいないが。

『そうなのですが、こちらでは、ぼくの役割はそれ程ありませんし。何より目立たなすぎですので』

 会話を挟む余地すら無いのですよ……と、口を尖らせ愚痴を言う。

「この状況でそんな我が儘を通したと?」

 クローノの半眼が怒りを帯びる。

『そうです。この方がお役に立てると思ったからです。何より、先輩の計画では、どちらにせよ、後からこちらに合流するのでしょう? ならば、役に立てる方と連携をするべきかと。この距離と位置関係ならば、範囲を広げて干渉できます』

「……」

『共に戦わせてくださいませんか?』

 数瞬、殺気に近い半眼で怒りを込めた視線を送り、クローノは降参した。溜め息を吐く。

「……良いでしょう。確かにこの大技は、離れた二人で同時連携した方が効率が良いのも確かです。ですが、後で必ずお仕置きです。いつもより厳しくいきます。良いですね?」

『了解しました! では、久々に、合体技といきましょう!』

 なぜそこで嬉しそうにするのでしょう? お仕置きと言ったはずですのに、と一瞬だけ遠い意識で考えながら、クローノは視線を戻し構えをとった。

「仕方ないですね……タイミングは忘れてはいませんよね?」

『勿論です。いつでもいけます!』

 そして同門の先輩後輩が、中継ごしに同じ構えで息吹を上げる。両足を肩幅よりも少しだけ広げ、重心を体幹の中心に固定して中心線で棍を持つ。合流時、カルナに国の禁忌倉庫より持ってこさせた国宝の発掘武器【振動金棍】がふた振り、金銀の雫の光を宿し輝く。1kmごしながら互いに向き合う位置に立ち、両手に張り付くように両側から押し付けた持ち方で垂直に棍を床に構えた。

『【拘束術式】全解放!』

 ナーガが合図に合わせていつもの術式を展開する。ナニールや【ガイア】には破られているが、未だ他の敵には有効なのだ。ならば雑魚の露払いにしか使えぬとしても、それならそれに特化するだけのこと。使えるものは使い切る。ナーガは合理主義だった。一撃で半径500m範囲の数万の機械の獣がピタリと止まった。薄く広くなので止められるのは数秒だ。だが、それで良い。そして支援を受けた師弟が二人、合体技の仕掛けに入る。

「『オルト流 流星棍奥義、輪振動乱』」

 声まで一つに聞こえる程にわずかなタイミングのズレもなく、一点に力の全てが集約される。込められた威力の程を感じさせない僅かな力で軽く落とす。床に静かな音がした。

「『一献、天眼』」

 棍の中心で針で穿たれたごとく、目に見えない程の小さな穴が床に開く。そして同じ姿勢で持ち上げられた二つの棍が、またも同時に打ち落とされた。

「『二献、回折合成集波檄!』」

 直後、突かれた床が円状に波打ち暴れ波紋を産んだ。ミクロの穴に回折された合成波が床下の金属塊に音速越えで伝播して、半径数百mに拡がった円の波紋で周囲を覆う。

 刹那のズレでもう一つ。先に進んだ振動に速度の違う振動波形が追いついて、合流した瞬間に波打つ床の波の高さをテレスコープの如く鋭角に爆裂させて跳ね上げた。合成された三角波が、両端からの追い打ちでさらに高さをぐんと増す。超硬合金の床の硬度を物ともせずに。先に行くほど、幾重にも合流する程に激烈に波の高さが跳ね上がる。ヒビ割れた床面が広大な部屋の半分近くまで同心円に拡がって、一瞬で直径数百mもの円状に陥没した波濤のような地形をつくる。範囲内の動きの止まった機械体の、ことごとくが足を取られて逆さに転ぶ。

「仕上げです……【陣壊縛】最大出力。オリジナル追加技、オーバーマキシマム」

 赤子に語りかける静かさで、トトン、と小さく床を打つ。シグナルを込めた振動が床に刻まれた神経シナプスの如き波形の中を駆け巡る。一瞬だった。刹那の間、ギザギザの無数に沸き立つ波濤の先が更に枝状に咲き割れて、雫の光を帯びたいばらが格子の形で咲いて乱れる。億を数えるいかづち状の棘達が波紋を音速で駆け巡りながら拡がった。ギチギチと機械の手足を固めゆき、ミクロやナノの回路の隙間まで金属の枝指が入り込み、それ以上傷をつけずに範囲内の、蠢く群れの半分近く、万単位の群れの動きを十数秒で完璧に固めていた。

その他回避できた半数も敵たちも、波打つ床と荊の棘であちこちに盆地の地形で隔て置かれた。

 武器や光線の発射口も同様に枝棘で詰められ、取り出さないと暴発する形で固められた。

 圧倒的な技量だった。たった三撃。それだけで一辺1kmの部屋を埋め尽くす敵の四割以上が無害化されてオブジェと化した。それを三回念入りに繰り返す。

 これで仕込みは終わりを遂げた。クローノは、微かに安堵し、最後の仕上げに必要な預かり物を取り出した。


「ねえ、アーシア」

「……ええ、なんでしょうか蓮姫さま」

「どうしてもっと早く、あんな有効な技を使わなかったのかしら?」

 蓮姫が人差し指を頬に当て小首をかしげる。

「そうですね……一人では有効範囲が狭いのと、何より地面に広い範囲で同一の素材が無いと振動波が変化して威力が半減してしまうからですね。使い勝手が悪いのですよ。それと、敵味方の区別がつけ辛い上に、これまでは拘束ではなく破壊が主でしたので、必要ない技だったということもあります。暴徒鎮圧用の刺股さすまたと同じ種類の大技ですが、見てわかるように同調の為の初期動作があり、対戦にはあまり向いていないのです」

 解説を聞き、成る程と思いながらも、連姫は意味ありげに視線を流してさらに訊く。

「それはそれとして、彼、どうしてああも同性にももてるのかしらね。……それと貴女もそんなに怒らないでも良いと私は思うのだけれど」

「お! 怒ってなどおりませんっ」

 そんな風に否定しても、先程からずっとアーシアの顔は険しいままだ。本人も気づかぬ内に、唇が無意識に尖る新たな癖が生まれたようだ。

「うわー、素直になると決めたなら最後まで素直になればいいのにー」

「蓮さま……お願いです、ニヤニヤと棒読みで喋るのだけは止めて頂けないでしょうか……? 地味に心にきます……というかどうして今度は膨れ面で顔を背けているのです?」

 こちらを向いてちゃんと説明してください、とアーシアが軽く項垂れ反撃した。


『……どっちもどっちだと思うのだけどね四者四様。ここに後からアベル君も合流するんだよねえ? 彼も大変なんじゃないかな、さすがに同情くらいしてあげても良い気がするね?』

 目前まで迫り固まった荊を拳でコンコンと触る傍ら、薄く笑ってナーガがつぶやく。ウェーブ髪をかき上げながら、離れた場所の騒ぎを眺める。彼のパワーは一人だけ桁外れなので、ガイアと対峙せず敵を殲滅しないのであれば、クローノの最後の仕込みが終わるまでは、拘束術式とバリアを皆に張る以外現状やれることがない。かと言って、彼がガイアの方に行き全力でぶつかり合った場合、このフロアごと熱量で溶け出しかねない。ゲフィオーン達から全ての力を受け継いだ事の、唯一の弊害だ。もちろん、他にどうしようもなくなったなら、全滅覚悟でするしかないが。それでも、彼が区画全域に物理防御と【拘束】を掛けていなければガイアも全力を出せてしまうので、その時点で詰みなのだから、決して居なくても良い訳ではない。

「まぁそれには同意するけどね……でもあんたが言うことじゃないと思うんだがねぇ……」

 視界に映る範囲内での機械体の脅威が去ったと判断したルシアが、風の鎧で託された相手を護りながら浮かんでいた空中からゆっくりと降りてくる。ついでにお前が言うかと呆れて返した。

「うわー、うわー……最前線って、いっつもこんな修羅場なんですねえ……ッ」

「「「「「いやそれ意味が違うからッ」」」」」

 風に守られ老婆に抱えられていた少女、ライラが、恐怖混じりながらも好奇心いっぱいに両手で顔を隠し頬を染め、チラ見しながら漏らした言葉に、一斉にツッコミが入る。会話の聞こえていた距離の兵士達も含め、全員の意思が一致した瞬間だった。


       ◇   ◇   ◇


「い、嫌……イヤだああぁぁぁああッ!」

 ヒビ割れた大地の隙間、巨大な力で急激に引き裂かれた土のクレバスに、数人の人影が飲み込まれた。

 全速で走り避難していたさ中だった。疾走する足を踏み出した先、今の今まであったはずの地面が崩れ落ち、消えていたのだ。両足が宙に浮いた状態では、3mもの幅の裂け目を避けることは不可能だった。

 悲鳴をあげた人の姿が重力で吸い込まれる。崖下にあちこち突き出た岩塊に次々とぶち当たるごとに絶叫が響き渡り、何かが壊れる湿った音と共に、尾を引きながら小さくなった。

「チク、ショオ………ッ!」

 ミシェルが、くうを掴んだ右手を震わせ唇を噛む。

 左手は間に合った。一人を掴んで引き上げている。だが右手の側は、間に合わなかった。

 目の前で、恐怖に歪んだ泣き顔が一瞬の残像を残し消えていた。

 噛み切った口の端から血を流しながら、助けた一人を一気に持ち上げ抱きしめた。

「……なんでだよッ!?」

 震えながら男が叫ぶ。

「なんでこんな目に遭うんだよ?! 遭わなきゃいけないんだよ!? 俺ら普通に生きてただけじゃねえか!! 一所懸命生きてただけじゃねえか! 細々だけど、カツカツだけど、慎ましく皆で暮らしてただけなのに、なんで今こんな目に遭ってなきゃいけないんだよ!!?」

 男の叫びは怒りを盛ってさらに激しく続いてゆく。

「星の危機? 星を壊す奴がいる? 知らねぇよそんな事!!! そいつだって、まだまだ何もしなかったかもしれねーじゃんか。刺激しなきゃ、俺らが生きてる間くらい何もしなかったかもしれねーじゃんか! カルロスの奴らが正義の味方気取りでやぶ突ついたから今がこうなってんじゃねーのかよ?! なぁ、ミシェルさんよ……俺、悪くないよな? カルロス恨んでも悪くないよな??」

「なッそんなこ……」

 ミシェルが反論しようと口を開く途中で男の言葉の続きが聞こえ、反論の言葉が止まる。

「さっき落ちたの、弟なんだよ」

 激昂を瞬時に消して耳元に届いた静かな声に、ミシェルの背中が一瞬震えた。顔の筋肉は動かさない。男の顔はミシェルからは見えない位置だ。が、男の視線が狂気一歩手前で固定されているのを感じた。マネキンのようなピンと張った震えの消えた感触に、それが分かってしまった。

「なぁ、ミシェル、何か言えよ。言ってくれよ。なぁ、なあ!!!?」

 ミシェルには何も言えなかった。出来れば反論したかった。声高に男を罵りカルロスをかばいだてしたかった。だが、出来なかった。男の言葉も間違いでは無いのだ。何もしなければ自分たちの寿命くらいは世界は保たれたかもしれない。厳しくとも平穏に暮らせたかもしれない。だが、状況を見る限り、子や孫の代までは無理だったろう。その頃に対策を立て始めたら、何もかもが遅かっただろう。しかし、それを今この男に向かって言っても、意味がなかった。

 どちらが良いと言える事ではないのだ。結果的に正しいのはカルロス達の方だ。だが、それを正しいと言えるのは、全員では無い。それを強要して良い訳もない。カルロス達も、計算や計画は全てにおいて破綻して、ある意味行き当たりばったりな処があるように思う。彼らだって決して褒められるべき事をしている訳ではないし、褒められて良い訳でもない。ただただ、やらなくては守れないからしているだけだ。彼らも、褒められたいからしている訳でもないはずだ。

 恐怖と怒りと恨みと、そして自らの口にした内容への嫌悪で、また全身を震わせ始めた男が、殴るように、えぐるように肩をつかんでしがみついている。男にもわかっているのだ。自らの言葉が理不尽だということは。でも、口にしなければ耐えられなかった。それだけなのだ。それしか憤りをぶつけるものが無いかのように男の手には力がこもる。ミシェルはしばし、痛みに耐えた。そして、おもむろにガタガタ震える男を引き剥がし、覗き込むように目を合わせた。

「怖かったなァ……怖いよなァ……、だけどよ、そんでも今は、立って走ってもらうぜェ? アンタはまだ生きてる。まだ生きてるンなら、諦めんな。諦めんなよ? 俺たちはまだ生きてるんだよ! なら、一人でも多く助かりやがれ。そんでなぁ、一人でも、ちょっとだけで良いから、誰かを助けてやってくれよなァ? 頼むぜ。……ホラ! 駆け足! 行った行ったァ!」

 両足を立たせ、背中を叩き急がせる。急かされてようやく、泣きながら男はヨタヨタと走っていった。

「ミシェル様……」

 僅かな時を置き、初老の紳士に付き添われた栗色の髪の可憐な少女が、埃にまみれた姿で気遣うようにミシェルを呼んだ。少女も涙を耐えていた。男を急かしたままの姿勢でクレバスを覗いたまま動かない青年は、少女の声で立ち上がる。

 振り返ったその顔は、静かな優しい笑顔だった。頬の埃に幾つかの筋をつけただけの。

「エティ、オルファンのおっさん……カルロスが、あそこでまだ頑張ってる」

 夜なのに昼のような宙の火を、死そのものの花火の浮かぶ丸い月を指差して、微笑んだままで青年は言う。

「俺たちは、アイツの家族だ。なら、アイツが自慢できる程、誇れる程に、諦めの悪い奴でいなくちゃァ……胸張って再会なんてできねぇだろォ? なァ?」

 固定された辛そうな笑顔に、二人も全力で笑顔を返す。ミシェルの声に頷き返した。

「そう……ですね。はい! その通りですわ!」

「逃がせるだけの人々と資産は逃がしました。ならば、後は我々が生き足掻くだけですな。いつもに比べれば簡単な仕事ですよ」


 三人は、あのカルロスの放送の後、できる限りの仕事と資産の凍結を行い、屋敷と商会の従業員に臨時休業を言い渡していた。世界が荒れる。それに気付いたからだ。家族のいる者には食料と金貨を与え、いない者や一緒にいたいと言う者達には、食料を内陸の倉庫に分散させる仕事を任せた。そして、最終確認を行っている最中、それは始まった。

 断続的な地震が始まり、港の水位が一斉に下がり出したとの報告が入ったのだ。すぐに、街にこもるか郊外に避難するか決めかねていた議会へ働きかけ、街中の人々全員に、背負える程度の荷物だけを持って急いで内陸側へ避難するよう呼びかけていた。その間も、港の水位は下がり続けた。

 普段なら反論するはずの者たちも、カルロス達の放送や空のドンパチもあり夜になっても眠れずに皆起きていたので、迅速に避難は進み、津波の被害はほぼ建物だけで済んでいた。だが、その後に続く地震と地割れで、一カ所に落ち着くこともできずに夜が明け始めても避難の列は歩みを続けた。

 いつになったら終わるのか。いつになったら休めるのかすら分からないまま、疲れた人々はただただ進む。ときおり思い出したかの様に割れる地面が人を飲み込み、遠くの山が火泥を噴いては爆発した。雨もない無いのに風が渦巻き、巨大なつむじ風があちこちに空に向かって柱を立てた。

 それでも、それでも人々は歩みを止めずに歩き続けた。なぜなら、空に張り付くように浮かぶ半透明のスクリーンに、諦めることなく星と人々の為に闘っている者たちが、消えることなく映り続けているからだ。そこに注がれる視線は賞賛だけではない。怒りも恨みも過分に注ぐ。だが、足だけは投げ出さず止まらなかった。

 そして、蒼穹の色のスクリーンが浮いているのは、シェスカ(ここ)上空だけではなかった。

 森と湖の小国群で、山間にある宗教国家で、鉄と虚飾の瓦礫の街で、砂漠の小さなオアシスで、湖になりかけた巨大な穴の周辺で、人々が避難している地下基地の観測機器に映る丘上で。

 それ以外でも、人々が助け合い、罵り合って、生き足掻きながら見上げる空に、必ずあった。

 それらスクリーン達を繋ぐ空には、ポツンと一つ、糸の様に細く薄い小さな光が飛んでいた。点滅し、薄ボケながら。スクリーンからスクリーンへ。設置した場所からまだ何もない場所の上空へと。飛び続ける鳥は、雲雀ヒバリの姿をしていた。

 飛ぶ、疾飛ぶ。鳥が飛ぶ。止まることなく速度を増して光の軌跡で鳥が飛ぶ。地平から地平まで、彗星のごとく繋がる光の線が、星を巡って最初の場所に帰り着く。

 最期の力を振り絞り、世界を一周しスクリーンを設置し続けたその鳥の色は、蒼。高く遠く響き渡る台風一過の大気と同じ。深く心に澄み通る透明な、あの空の色をしていた。

 スクリーンは、月内部の闘いだけでなく、地上の人々の姿も映していた。星じゅうで、誰かを助ける人々も、誰かを蹴落とす人々も、平等に等しく空は映し出す。

 そしてそれらを映しながら、金と銀と赤と黒、舞い上がる四色の光の粒を吸い込んで。それぞれの色ごとに帯状にまとめた光の束を宙へと還し昇らせていた。そこへ、光の百分の一に迫る猛烈なスピードで世界を一周してきた蒼き雲雀が、最後にもう一段階だけ速度を上げて、最初に置かれた砂漠のスクリーンへと減速せずに飛び込んだ。

 水面の弾ける澄んだ響きの音がした。空間にかけられたレベルの高いエコーが消え去る前に。画面内に溶けるように飲み込まれたその鳥は、帯の中でただ一筋の蒼光となり、一瞬の溜めの後、真上へ向けて発射された。

 どこまでも貫く意志と曲がらぬ強さを備えた【蒼】が向かう先。そこには激しい戦場と化した無慈悲な色の月があった。



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