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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第八章 『Over The【Grand Road】.』
107/110

第 五話  『“こどく”の船 〜惑い②〜』

お久しぶりです。

予告の三月中には間に合いませんでしたが、取り敢えず今日はこれだけでも。

続きは近々。うぅ……狼は、来ないですよ?


20140518 第一章を二話分増やしたので、二話分話数が移動しております。

混乱させてすみません。

第二章も増やしますにで、一話分またずれると思います。すみません。

その後にこの話の続きの最新話に戻ります。

よろしくお願い申し上げます。

20140619 第二章を一話追加したので、また一話分ずれています。

最新話でまたこの話を見てしまった方、申し訳ありません。


 時はしばしさかのぼる。

 合流前にアリアム達がレプリカどもと戦っていた頃。サブシステムルームにも、戦いの振動は響いてきていた。

 皆が全力を尽くしている。その命の尊厳と誇りを賭けて。

(ならば、自分も負けてはおれませんな)

 この場所を守る。やるべきことをやり遂げる。残りの存在力の全てをかけても。

 一人残されたバルドルは、戦いの振動が消えた直後、彼らのマスターが不覚をとった事を知る。旧知の女性と最後の思念を交わした後、覚悟を決めた彼もまた、カムイの鳥たちの抜けたサブシステムの最終調整を全身全霊で開始した。

 今このシステムを失えば、形勢はすぐにも逆転されてしまうだろう。カムイの力、【雫】の秘密はこの中にあるのだから。【ガイア】は知らない。そのはずだ。彼らのマスターが力の一部を残していってくれたお陰で、機械体の蟲共はこの部屋には近づけない。だが、蟲以外が攻めてくれば話は変わる。その前に、任された件だけはやり終えないといけなかった。

『せめて……最低限、独立系の完全な切り離し保護だけでも……』

 絶対に触れられてはならない最重要核。サブシステム最奥の物理パーテーション。そこにはこの星に住まうもの達の歴史とも云うべき大切な記録たちが存在するのだから。だが、しかし、

『久しいな、バルドルよ。そんなに急いでどうしたのかね』

『……!? 貴様、ナニール……いや、【ガイア】、か……まさか、こんなに早く!』

 あり得ない声がして、驚愕の表情でバルドルは振り向いた。振り向いた正面には誰もおらず、だが気配だけが濃厚だった。上を見ると、天井の金属部分がみるみる融けて滴り落ち、漆黒の闇の泥が床に溜まった。その泥が姿を変えて人型を成す。

『ご名答。正解の褒美に、我の最終目的でも教えてやろうか?』

 その親しげそうな挨拶に、バルドルの明滅する表情が怒りの色に彩られる。

『感情のマイナスなお前の様な泥などに、そのような言葉をかけられる謂れは無い!!』

『そうか? それは残念だ。では、今この瞬間の目的だけ果たさせてもらおうか。我の腹が永の年月喰らい続けてきた人間の欲の一部。貴様らサブシステムオペレーターズが不遜にも掠め取り続けてきた、人の心の望み共をなぁ』

『……クッ!』

 その台詞にバルドルの顔が瞬時に歪む。悔しげに歯噛みする。気づかれていた。絶対に気づかれてはいけなかった事に気付かれていた。

(侮っていた訳ではない。その逆に、これでもかと思うほど厳重に慎重に対処してきたはずだったのに、なぜ……!?)

 バルドルは気づいてはいなかったが。彼らと同時にガイアの一部が封印から解除された時。ヤスリの様に情報の一部を削り取られていたのだった。そして、そのままでは読み取れなかったはずのプログラム言語が、不覚にもファングが取り込まれた事によって読み取れる様に活性化してしまったのだ。それは、最悪取り込まれることすらも想定の範囲内だったファングにさえ、想定外の出来事だった。己れの情報を逆に失いかねない状態でなお貪欲に、欲望に忠実に行動したガイアの一部の、紛れもない成果だった。星を守ろうとする者達にとっては、最悪な部類の偶然の積み重ねだが。

(クッ……! せめて、あとほんの僅かだけでも奴の到着が遅かったなら……!)

 とてもとても大切な、尊くて必要で絶対に守らなければいけなかったその全てを、違う区画のパーテーションに移すことができたはずだったのに。物質化していないのに、おのれの歯軋りが聞こえた気がした。

『時間稼ぎはもう必要ないぞ……もう届いた』

『な!!?』

 バルドルは遅まきながらも言われて気づく。

 ツルツルとした床の継ぎ目、わずかに凹んだその溝に、偽装され床と同じ色をした泥が詰まって流れていた。気づかれたと知ったガイアがニヤリと笑う。瞬時に色を闇に戻した泥の流れるその先は、サブシステムの中枢部へと繋がっている。叫び声をバルドルは聞いた。己れの声が響いていた。驚愕に呑まれ油断した己への怒りと共に、未だ続けていた隔離空間へのダウンロードを中断する。

 あれではもう侵入は防げない。全ての【心】を救うことはもう無理だった。

『無念、だ……!』

 このままではシステム全てを守れなくなる。そう判断したバルドルは、そこまでに隔離できたほんの僅かの心とコアプログラム中枢だけでも守るため、切断し引き千切った数列の束を抱えてジャンプする。心の底から辛そうな表情で、それでも躊躇無くそこから消える。

 さしものガイアですら、刹那の間目をみはるほどの潔い退き際だった。

『フム……逃げられたか。まさか……一手すらも向かって来ずに撤退するとはな。奴を侮り過ぎていたか。だが、まあ良い』

 全てを吸収することは叶わなかったが、かなりの量は確保できた。それで今は良しとしよう。ガイアはそう呟いて静かに足を踏み出す。泥の端末を必要な区画へと接触させたガイアは、迂回路プログラムを即席で組み上げ、カムイの端末鳥たちへ偽の情報が届くように組換えて拡散させる。そして、またも床を融かして沈み込み始めた。

 静かに、静かに、染み込む様に。衛生船の中心へ向かって、闇の泥が溶け込んでいった。


       ◆   ◆   ◆


 目の前に、まさに【山】としか形容できないシロモノがそびえていた。

 この距離であの高さに見えるとか、遠近感が狂うなんてレベルではない。縦横高さ、全ての辺が2km以上はあるだろう天井の存在する空間で、冗談の様に視覚を支配し君臨していた。

 あまりの存在感に視線がまるでらせない。質量という名の暴力が、物理の支配するこの世界の中でどの様な理不尽さを持つのかを、どれくらい暴虐さを見せつけるのかという至極単純な理を、その事実を。それは端的に示し、見せつけ、静かに際奥に座していた。

 それ以外の敵の姿はまだ見えない。今がチャンスには違いない。だが、ナハトもアリアムもルシア達も、何をどうすれば良いのか、最初の取っ掛かりというべき行動を見出せないで停止していた。

 ただ純粋に巨大でかい、という、まさかここまで単純な手でこられるとは、さすがに誰も想定してはいなかったのだ。


「 多分だけど、外側の形は、見栄え以上のものは無いと思うよラーサ。あれは単なる形、パフォーマンスさ。本当に壊す必要があるのは、その中身、あの中にある、【ガイア】の宿る本体なんだ」

 どうやって壊せば良いのか?と、そう、胡乱げにつぶやいてうつむく少女に、ナハトがフォローの言葉を贈る。

「オレたちは、何が何でもそれをやる。そう決めてここまで来たんだ。だから方法が判らないからって、諦めてちゃ、だめだよ」

 かちゃかちゃかちゃ。フォローする少年の後ろら辺でなにやら小さく音がする。

「……分かります、ナハトさま。分かるんですけど……」

 少女が目元を潤ませ口を尖らせた憂い顔でナハトに迫る。ナハトにも分かっている。自分の言っている事が、正しいけれども何の解決にもなっていない意味のない正論なのだということは。だからこそ、続く言葉を示せずに黙るしかない。ごきり、カチカチ。その間にも音の質がどんどん変わり、途切れなく続いている。

「そうね。それはそれとして、本当にどうやって壊したら良いのかしらね……って、カルロス君? 貴方、さっきからいったい何をしているのかしら……?」

 きりきりがきん。蓮姫がフォローのフォローをいれながら、さすがに無視できなくなって傍らの少年に我慢できずに尋ねていた。先ほどから皆で角を突き合わせ議論している横で、カルロスがひとり、何やら静かに準備を終えようとしているのだ。

「いやナニ、まあな。とりあえず、試しにやっておこうかと思ってよ」

 質問した蓮姫に向けて、斜め後ろに首を傾げニヤつく少年。その眼前に、再度変形硬化しクロスして、発射体勢の形に合体した発掘武器の鞭の二振り。それがエナジーを充填させながら浮かび上がって光っていた。

「みんな色々小難しいコト考えてるみたいだけどよォ……ともあれ、どんな問題があろうとも、ここが終点ってことには変わりねェってこったろォ……?」

 カルロスが不敵な笑みでゆっくり一歩前に出る。

「………おいこら」

「カ、カルロス……? まさか……?」

「こっから先はもう行く必要も探す必要もねーってこった。泣いても笑っても終点なんだ……なら、出し惜しみは、ナシだぜ。だろ?」

「ちょっと待ちな……アンタさっき反省してたんじゃなかったかい? だから待ちなってば火の玉小僧……ッ」

「ア、アンタ、まさかまた……またなのこの馬鹿------ッ!?」

 そこに、つい数時間前やらかして皆にどやされたばかりの行動を、またもやらかそうとしている子供がいた。

「坊っちゃん……せっかく、せっかく皆様が坊っちゃんを見直してくださった直後ですのに……!」

 くぅっ、とハンカチを口に咥え涙するリーブスに、カルロスが最終段階の準備をしながら抗議する。

「舌引っこ抜くぞくそ執事! あのな、リーブス。おれだって何も全くなんの考えも無しでぶっぱなそうって訳じゃ……」

「む……見る限り、あれは、まさか攻城システム形態でしょうか? つまりあの鞭はかなりのレアものだったのですね」

「……クローノ、今はさすがにそういう時ではなさそうよ?」

「ん? あん? さっきからカルロスはいったい何をしてるんだ?」

 アリアムを始め、カルロスの最初の暴走暴発を見ていない面々が呑気に構える中、着々とエナジーが密度を上げて充填され、膨れ上がって火花をかもす。

「ふむ。どうやらもう止められなさそうでありますかな」

『そのようだね……仕方ない、カムイ君達、バリアを張る手伝いをお願いしても、良いかな?』

『ヨウソロでアりまスるですナーガさん』

 達観した大人組が半眼で防御陣を巡らせて、諦め顔でつぶやくように声を張る。

『みんな、急いでボクの近くに集まってくれないか! 取り敢えず、兵士たちの分も何とかするから、できるだけ中央付近に押しくらがって固まってくれると助かるかな』

「よくわからんが了解した。総員、中央のバリア男の後ろに縦列形態! 駆け足進め!」

 全員が号令通り、十数秒のうちにナーガのバリアの傘に隠れ終える。お手本にしたいほどの見事さだった。

「く……ちくしょう、誰一人おれの【大丈夫】を全く信じやがらねえ……」

「人徳です、坊っちゃん」

「ちょっと手前ほんとに黙っててくんねえかなコンチクショウが!!?」

 そうこうする内に、エナジーの充填が完了した。涙目のカルロスが構えをとって光で出来た弓を張る。

「ちくしょうどちくしょう……おれだって冷静になればちゃんと調整できるのに! やれること全部やっとくことの何が悪いってゆーんだよ! こうなったらヤケで全力出してやる! いいよな、バリアはったんだし、イイよな? イイよな?」

 少年が鼻をすすってエナジーで出来た矢をつがえ。

「いいわけないでしょスカポンタン! あんた後で覚えてなさいよこのドアホ!!」

 少女の可愛らしい声の汚い台詞が合図となって、数時間前を超える光を纏いプラズマの矢が放たれる。

「いっっっけえええええええええ!!!」

 煌めくプラズマの激光が空気を焼いて、数キロの距離を瞬時に無くす。ナーガに隠れた面々が耳を押さえてうずくまる。しかし、直撃! したと思いきや、パイプオルガンのわずか手前で爆裂のエナジーそのものが削られるように小さく萎縮し消滅した。

「?!」

『……あれを無傷……どうやら、外側から壊すのは難しいみたいだね。さすがに本体、といったところかな』

 ナーガが小声で静かにつぶやく。

「あれもバリア……なの?」

『多分違うね。あれは、おそらくエナジー吸収フィールドだと思うよ』

 ナーガがラーサの無意識の疑問に答えていた。

「吸収……やっかいだけど、でもそういうことならこれはありかな」

 ナハトも踏み出してカルロスの横に並んで立った。

「そうだな、これなら余波で死ぬことはなさそうだし、取り敢えず武器の全力を試しておこう」

「そういうことなら、乗りましょう」

 デュランとクローノまでもが横に並んで構えをとった。

「お、分かる奴がちゃんとこんなにいるじゃねーか! って慇懃無礼、お前もか」

「……後でちょっと話があるのでじっくり時間をいただきましょうかカルロス君」

「ちょ。でかウドはまだともかくとしてナハト様まで!」

「クローノ、あなた……」

 女性陣の呆れた口調もなんのその。ずっと鬱憤の溜まっていたらしい面々が、これ幸いと武器を構えて光を纏う。周りに人がいたり閉鎖空間だったり充填に時間がかかりすぎたりで、せっかく強い発掘武器を渡されても十分に威力を発揮できなかった事と。ガイアとのはらわたが煮えているのに単純な威力だけでは無効化される戦闘で、溜まりに溜まった憤りが出口を求めていたのだろう。少年組に嬉々として混じっている一部の大人がとことんまでも大人気ないが。

 炎と振動と電磁パルスが高まりを見せつけながら充填されて、もう一度仲間を得て笑顔とともに力を込めたカルロスも含め、同時に【山】に向かって最大威力で放たれた。

 四条のエナジーが音速並みでパイプでできた山に向かい、エナジー吸収フィールドに接触した。フィールドが陽炎の様にぐにゃりと歪む。四つの光が束ねられて螺旋状にフィールドを穿ち始めた。

 これはいけるか!と誰もが思ったその時だった。

『そういう訳にはいかんのだよ、申し訳ないのだがな』

 そして聞こえた声とともに、対象の本体に届く寸前に光の筋が消滅した。

 眩しかったエナジーの瞬時の消失。目が慣れず、反動で黒々と浮かび上がる途轍もない程巨大で雄大な構造物。その山の斜面そのもののような、祭壇のような階段の中腹に、言葉を放ったそいつはいた。

『よく来たな、ようこそ人間諸君。遅すぎて待ちくたびれてしまったぞ。【我】を待たせるとは、どこまでも無礼千万な奴腹よな』

 感情の全くこもらぬその声で、芝居のような台詞を紡ぐ。

 遠近感の狂った中で、パースの歪んだ絵画のように。この距離でなぜ人として認識でき、声がちゃんと聞こえるのか。空間の歪みを意図的に作り出しているとしか思えない。1km以上離れているはずのその場所で、それでもしっかりと全員の瞳に見えているその姿は、少年の体を持ち、その首の上に【空間の穴】を乗せた人物だった。その穴は、漆黒とも、紫とも、虹色ともつかない不可思議な、それでいて不快指数百%な色をしていた。湧き立つどす黒い汚泥の上に直立し、パーツの無い顔の空洞で、時折泥を漏らしながら静かに愉悦し哂っている。

「……どうやら、ここが終着点で本当に間違いないということらしいな」

 アリアムが、安堵ともため息ともとれる息を一つ漏らし、

「全軍! 第六最終陣形!!!」

 次の瞬間、声も枯れよと叫んでいた。

 数秒。片手で足りる秒数で、全ての兵士が陣を取る。スリーマンセルからフォーマンセルへ。フォーマンセルを1単位とした更なる3段階に拡大されたフォーマンセルへ。

 見事に動きが極まる先で、年少組が前に出る。

「よう、お久さ。ファングはいったいどうしたよ?」

 カルロスがいの一番に声を上げ、ナハトとラーサがそれに続いた。

『あやつかね? あやつは既に【我】の中よ。肉も鋼も心すら、欠片も残さず滅してくれたわ。さあどうする?キサマラにはもう、勝ち目は欠片も残っておらぬぞ?』

 泥の上に立つというより、泥そのものと一体化し泥から生えた人物が揶揄するように、どこから出しているかすら判別しないしゃがれた声を紡ぎ出す。

「何だって!?」「何だと貴様!」

「ウソだねソレ」

 揶揄に激昂する大人達をさえぎって、年少組が更なる前へ。消えない笑顔で前に出た。

『……何だと?』

「ナハトは嘘だって言ったんだよ、このワンパターン大魔王! 耳が遠いな耄碌もうろくか? いつまでチマチマネチネチおんなじ事をやってんだよこのスカタン! 好きだなテメー【心の隙間】? あれか、ア? テメー自身がみみっちぃからって、他人の器まで小さいとでも思ってんのか精神短小!! おれの器は一人一人がテメーの倍だ。ここまで来たら物理以外で退けられるとか、気弱なアテなんざ考えてんな小悪党。情けねーぞラスボスだろが?!」

『……ッ』

 立て板に水とはこのことか。

「そうそう、フォローさんきゅねカルロス。今彼が言ってくれたけどさ、ファングがそんな簡単に負ける訳がないんだよ。1回負けてもまた立ち上がって次に勝つ。オレたち【仲間】はしぶといよ?」

『なん……』

 人間止めた存在を前にして、年少組は反論させる間すら無く、立て続けに、打ち合せすらしていなかったはずなのに見事な会話の連携を見せつけ続ける。

「そーそーカルロスはともかくナハトさまの言うとおり! あたしたちは前向きなの! 前向きだから学習することができるのよ! 後ろを向いてちゃできないことよ! あんましバカにしないことね? い~ぃ?分かったらちゃんと返事しなさいよカルロス以下なのこのドロは!?」

「ホントだよね、そのとおり」

『キサ、マ……ら……』

「オマエラ敵より心にくんぞ?! 容赦なさ過ぎんだろ泣かす気かコラ!!?」

「まあまあカルロス。それより、やるべきことは分かってるよね?」

「それよりとか言うな。ファングが来るまで、ここしのぎきれば良いんだろ? わあってるってナハト。そんじゃ、ヘドロ掃除といきますか。終わったら昼飯くらい出んだろな、この清掃?」

「君も、たいがいみみっちいと思うんだけど」

「お、来たな。お前も参加志望かカルナ? 腹減ってんだからしょうがねェだろ! じゃあ、さっさと終わらせてメシ食いに行こーぜ、全員で」

「「「大賛成」」」

『いつまで【我】を無視しておるか!』

「「「「うるせー!よ」のよ」ですよ」よね」

「黙れやこのエセドロタボウ! いくぞオラァ!」

 少年少女が武器を構えた。


「仕切られちゃったね?完全に。アタシらお株を奪われてるよ?」

「成長したものですなあ」

『そうだね、本当に』

「不覚にも録音機械を忘れてしまいましたので、坊っちゃんには記念に後でもう一度同じ台詞を繰り返していただきましょう!」

「……やめてやれ、さすがに可哀想だから」

「しかしまぁ……頼もしくなってくれたじゃねぇか。なあ?」

 大人組も兵士たちも頷いて、ヘドロの山へと笑顔で進む。

『どこまでも【我】を愚弄してくれるものだ』

 わずかに広がる爽やかな気分を台無しにする乾いた声が巨大なホールに響いていた。

 だが、もう二度と気圧されることもなく。全ての仲間と兵士たちが武器を構える。

『それほどまでに死に急ぎたいか。ならばその望み、叶えてやろう』

 祭壇の人物が、腕を広げて静かに回す。

 ガタリ。広間全体で音がした。

『ではさらばだお前たち。征くがよい』

【ガイア】が腕を静かに振った。カーテンのように折り畳まれた空間の幕が翻りながらまくられた。

 皆の視界に、赤黒い瞳を持ったもの達の姿があふれる。誰も居ないと思われていた広大な広間の中に、ひしめく程のぎゅう詰めに機械の獣の群れが湧く。

 祭壇上の【ガイア】の前方、1.5km近い長さに広がる大広間。いつかの過去に何万人もの人々を受け入れて、パーティーや集会をしたであろうその場所に、数万どころか数十万体にも及ぶ機械体が所狭しとひしめいていた。

 できることなら単なるオブジェだと思いたかったそれらだが、残念にも動き出しては震え出す。唸りを上げて吠え出した。

 小型のものは人の形の半分以下で、大型のものはビルと見紛う十数mの大きさで。これまで見てきた全ての型と、未だ見た事もない未知のタイプと。

 整然とは言い難いそれら全ての機械の敵が、【ガイア】の一言の後の腕のひと振りのみで一斉に起動する。

 恐ろしい音の群れがこだました。

 巨大な滝の真下のごとく、おびただしい数の同系音が響き渡る。さみだれの嵐の雫の乱れと同じ、ノイズ交じりのオーケストラが、巨大なホールを震わせながら凶獣の吼え声で奏でられた。

 カルロスたちも同時に軽口をつぐみ、おのおのの武器を静かに構えた。


 と、その時、

「クローノ……あの目……!」

 居並ぶ金属の敵達を見て、アーシアがクローノに確認する。機械体全ての瞳が赤く赤く光っている。蓮姫も二人と目を合わせ、小さく一つ頷いた。

「何かあるのか?」

 目敏めざとく見留めたアリアムが訊く。

「ええ、ひとつ、約束した事があるのですよ」

「……約束? 何を……誰と、だ?」

「……さすが、正確に質問される方ですね」

「……なんとなく、想像がつくが……まさか、だよな?」

「いいえそのまさか、です」

「オイ」

おっしゃりたい事は理解できます。とても、ね。ですが、必要な事なのですよ、アリアム王」

「…………ッ」

 アリアムが、苦虫を噛み潰した顔でクローノを睨む。

『何の事だい、クローノ君』

「貴方にも関係のある話なのですよ、ナーガ。そう、ヘイムダル君と共に在る貴方にも、ね」

『……?』

「私たちが頼まれた内容は、救助依頼。依頼主は【祝融】……ヘイムダル君の【友】だった、東大陸統括基地の電子頭脳」

『!?』

「そして今【彼】は、ヘイムダル君と同じ状態にある。ヘイムダル君やファング君をも心の内で長年憎み、全ての機械を葬ろうとしていた我が友人、アベルと共に存在します。今の貴方と、同じように」

『!!』

 ナーガが瞳を見開いて、そして、全てを呑み込み大きく一つ頷いた。


 その頃、遥か彼方の宙空で、微かに動き出すもの共がいた。

 その山のごときもの達は、はたからみている限りでは、分からぬ程にわずかであったが。確かに移動を始めていた。

 それら天使の名を持つ大槌の群れの重心が、とある場所に向かい少しずつ、少しずつだがズレの幅を広げ始めた。



    第 五話  『“こどく”の船 〜惑い②〜』 了.

    第 六話  『“こどく”の船 〜惑い③〜』 に続きます。

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