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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第八章 『Over The【Grand Road】.』
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第 四話  『“こどく”の船 〜惑い①〜』

相変わらず申し訳ありません。

短いですが、少しだけ載せます。

少しでも、少しでも。

ああ…もっと、書きたいなあ……

 わしは、自慢ではないが頭が良かったーーー。


 距離も時間も関係ない、生きる目的も意味も見出せないしかばねの虚空を、永く長く一瞬の永遠を感じながら、駆け抜けながら漂っているものがいた。わずかでも進んでいるのかすら定かでなく、貼り付いたたまま剥がれない価値のない景色をよそに、焦りの無い焦りを胸に期待せずに期待して踊りながら躍っていた。地獄の業火に灼かれながら、極寒の氷にヒビ割れながら、何の感慨も痛みも感じずに、ただただ“それ”は小さく呟く。

 誰かに聞かせるためでなく。己で確かめるためでもなく。ただ淡々と事実と己が信じるままに想いが漏れ出て語っていた。

 小さな、それでいて強烈な光が、赤黒く灼熱の溶岩の流れる地獄の様な吹雪の中を飛びすさっていた。

 惑うように、戸惑うように。“それ”は、永劫に閉じられた全てを諦めた諦観の檻の中で、それでも治ることのなかった純粋過ぎるほどの馬鹿さ加減のせいで、狂った方が楽な世界で純粋な意味で完全に狂うことも出来ずに、中途半端に漂っていた。

 そんな死と大差ない生の狭間で、間違い続けた“彼”の心は、おのれが何を間違えたのかすら理解することもなく久方振りに想いを思う。思い出して、惑っていた。

 

 あの頃儂は、憂いていた。憂いたまま膿んでいた。おのれが何故世界から、他人から浮いているのか分からないまま、ずっと世界を漂っていた。大抵のことは最初からある程度できたし、少し頑張ればすぐ、上から1%未満に簡単に入ることができた。手先の器用さなど、できないことも多かったが、理解度と理解の早さは人一倍で、幼年学校の四学年の頃には街の図書館の全ての本を読み尽くし、漁り尽くし理解していた。

 万有引力も理解した。幾何学も理解した。相対性理論も非線形力学も量子力学も理解した。代数も関数も計算機の必要性を感じなかった。植物の光合成の化学式と組成式がどこにも載っていなくて、教師に聞いても知らなくて困惑した。のちに、当時はまだ解明されていなくてその後解明されたと知って、悔しかった。未解明だと知っていれば、おのれで解明してレポートにまとめたのにと悔しがった。

 運動も体が小さいながら上位をキープし、絵も小論文も賞を取った。工学で、理論値と実践が一致しないと嘆く教授を馬鹿だと思った。極小単位で歪みも揺らぎも捻れも捻りも常時存在する、物質という名のエナジーの煮凝りに、理論の理想値を当てはめてどうするというのだと心底思った。いったい何をどうしたいのかと不思議で疑問で仕方なかった。そこは理想に幅をもたせ、値が分散することが前提で正常な理論を構築し、磨くべきなのだ。世界の中に住んでいて、世界の値を無視して何が正しいものか。

 大抵のものは一瞬だった。だが、一つだけ。心理学だけは理解することができなかった。

 心など、一つ一つが違うクオリアでできているのに、その人の個の内面を見ないで体系化だけしてまともに機能するはずがない。心理工学辺りならまだしも、少なくとも、心理学で人が救えるとは思えなかった。単に分類する事ができるだけだ。

 そう、クオリアだ。クオリアなのだ。

 一人一人同じ赤を見ていても違う赤に見えるのだ。一人一人違う五感で世界を感じ世界を視ていて、全く同じものが見えるはずなどないというのに。

 なのに人は分類したがる。なのに人は区別し差別し見下したがる。

 異端は違うだけで罪なのだそうだ。異端とは一体なんの異端なのだろうな? 鼻で笑えた。世界にはどこにも中心などありはしない。

 儂は幾度も見下された。たくさんの人々に見下された。出会う人出会う人、儂を見下さない人も罵らない人も一人もいない毎日だった。言っている事の殆どの意味が判らないと罵られた。意味の分かる言葉も使えないのかと貶された。誰一人味方も理解者もいなかった。口を開くたびに口がだんだん重くなった。話の通じる人物は一人も現れなかった。期待するのは早々止めた。馬鹿と蔑む様にヒステリックに、何十回も連続で親からすらも連呼された。毎日だった。産まなきゃ良かったという言葉はまだマシで、早く出て行け、見えない所で早く死ね、野垂れ死ねと鬼の形相で言われた。毎日だった。顔を見るたび情けないとこき下ろされた。

 だが、儂は間違ったことは言っていない。単に聞いた者たちが意味が解らず意味を理解できなかっただけだ。儂は故郷を出、儂という個性を隠匿し、封印し、押し込めて、隠し、否定し、日々の暮らしにすら演技に演技を重ねることで、何とか社会にすべりこんだ。時間はかかったが、それでも何とか職にもつけた。めでたしめでたしと思うなら思うがいい。だが、個性とは、どれだけ隠しおおせたとしても、決して消えて無くなるものではない。それを忘れて暮らす事などできはしない。自分を見せないということがどれだけ巨大な、聳え立つ山の様なストレスかなど、誰にも共有できはしない。それはゴールの無い、期限もない延々と続くだけの地獄の苦痛。だが、死ぬことだけは出来なかった。人生は負けでもいい。だが、心で負けを認めることだけは出来なかった。だが、そんな苦痛の中の平穏すらも、この世界は許してくれはしない。そして、忘れてはならないのだ。どれだけ綺麗に隠したとしても、それを嗅ぎつけ舌舐めずりをするハイエナ共も、決してゼロにはならないのだということを。こちらが反撃できないほどの遠くからの遠吠えで、心に傷を与えることを至福と思う生き物たちもいるのだということを。

 人は、どれだけ物理的に間違っていなくても、理解できないことを言う者を馬鹿と思い見下して、前例が無いというだけで差別しバカにする生き物なのだ。

 心底思った。

 儂には、出世欲など欠片もない。人の上になど立ちたくない。面倒臭いだけのことなどしたくない。儂は楽がしたい。一々(いちいち)言葉の意味を説明しながらバカにされながら会話をしたいとは思わない。

 建設的な話がしたい。会話をすればそこから一つは会話の中で新たな理論が生まれるような高度なものをしていたい。

 儂のレベルが最低でいい。一番下で良いのだ。儂のレベルを下げるという意味でなく。世界のレベルの最低ラインが今の儂のレベルが良い。世界の全てが、言ったことの意味を説明せずにスムーズに理解する世界が良い。世界の全ての人々が、今の儂よりレベルが高く、頭が良い世界が良い。会話が、言葉が、意味がちゃんと通じる世界が良い。

 そんな世界に行けたなら、全ての者にバカにされる事も悪くない。実際にそうなのだから受け入れよう。

 だが、今の世界ではそれは無理だ。許せない。受け入れられない。

 世界を壊し、儂より頭の良い者で世界を満たす。それだけで世界が造られる世界を創る。

 そんな妄想を、夢の世界で夢見て漂う。嗤いながら笑って漂う。【我】と名乗る、力がありながら感情もなく陳腐な目的しか存在しないレベルの低い存在の内側で、おのれを、世界を嘲笑いながら夢見ていた。そんな中。

 そして儂は、儂とは違う苦しみを、儂と同じレベルで苦しみ苦悩する、儂より頭の良い子供の心と、煉獄で出会った。

 子供を起こす。起きてくれ。力が欲しいなら力を貸そう。

 やりたいようにしてみるが良い。この世の地獄の泥の中でも、儂と同じく自我を保てる君ならば、力を合わせれば出来ない事など何もない。

 儂はナニール。かつてナニール・オルスリートと呼ばれた個体の、ヘドロに喰われた成れの果ての核の欠片だ。




    第 四話  『“こどく”の船 〜惑い①〜』 了.

    第 五話  『“こどく”の船 〜惑い②〜』 に続きます。



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