第9話 混血の皇子の闇
「バノーファの砦の森で指導が行われるようになって、徐々に魔導師候補生達は微力ながら魔力を使えるようになった。その時を境に、ルードウィヒ自身、張りつめていた空気が解けたように穏やかな表情を見せることが増えて――わしとよく話すようになったのもその頃からじゃった……」
そう言ってニクラウスは膝の上で組んだ両手に視線を落とし、長い吐息をもらした。
※
ニクラウスから届いた手紙にはルードウィヒの母国ホードランドが滅び、ドルデスハンテ国に魔法指南役としてやってきた頃のことが書かれ、彼の父である魔王が光の王と呼ばれていた事が書かれていた。そしてドルデスハンテ国を憎み、ティルラを恨んでいること、だがその理由は書かれていなかった。
手紙を読んだティアナとジークベルトは、ニクラウスがまだ何かルードウィヒについて知っていると思い、すぐにドルデスハンテ国へと馬を駆った。
ティアナがルードウィヒの過去について知っているのは、ティルラとの別れの時までで、その後、ドルデスハンテ国でどのように過ごしたのか、なぜ、いま砦の森に住んでいるのかは知らなかった。だから、ルードウィヒのティルラに対する誤解を解く前に、ニクラウスからルードウィヒの過去に何があったのか、聞く必要があると感じた。
馬で一気にビュ=レメンまで行った二人は、すぐにニクラウスに取り次いでもらうように頼み、現在、ニクラウスの部屋でルードウィヒがドルデスハンテ国の王城に来たばかりの頃の話を聞いていた。
備え付けの本棚がぐるりと壁を囲む円形の室内には入り口と奥へと続く二つの扉があり、中央にはなにかの魔法陣が描かれている。部屋の奥には黒檀の机と椅子、ソファーが置かれ、机の上や床の至る所には足の踏み場もないほど本が無造作に積み上げられ、得体の知れない機械や瓶も並べられている。壁に吊るされた角灯の明かりによって照らされた室内の片隅に押し込まれるように置かれた長ソファーに座ったニクラウスの向かいに、机を挟んでティアナとレオンハルトが座り、その後ろにジークベルトが立っていた。
ティアナ達が城に駆けつけてきた事を聞いて、レオンハルトも同席を願い出た。
手紙の文面から、ニクラウスがルードウィヒと親しくしていたことは伺えたが、まさかドルデスハンテ国に魔法指南役として来た時に知り合った旧知の仲だとは思いもしなかった。
ティアナがそう言うと、ニクラウスは白い眉に隠された瞳に、一瞬、儚げな光を宿して、切なげに笑った。
「親しいと思っていたのは、わしだけじゃったようだがな……」
※
特訓といっては、ニクラウスはルードウィヒをせっついて二人きりでよく砦の森へとやってきた。
ここにくると、ルードウィヒの表情が柔らかくなることに気づいていたニクラウスは、王城でのルードウィヒの空気がどんどん張りつめていくのを感じては、こうして森へと連れ出した。
そして、世間話のつもりで、自分のことや家族のことを話すニクラウスの話の合間に、ぽつぽつとルードウィヒのことを話して聞かせてくれた――
旧ホードランド国は魔法に縁遠い北に位置するが、国の宝である時空石を守る魔法使いの家系が存在していた。
しかし、年々魔法使いの誕生が減少し、和親同盟を結ぶ隣国ドルデスハンテ国は周辺小国を吸収し大国になりつつあり、いつ戦になるかも分からない状況を懸念した国王が、魔王に願い出て生まれたのが自分だと話したルードウィヒは、皮肉気な笑みを浮かべる。
「こんな話――ドルデスハンテの人間に話すことになるとは思いもしなかった……、まして、国が滅ぶことも考えにも及ばなかった……ニクラウス、なぜ、人は人を裏切る――? お前もいつか、私を裏切る時が来るのか――?」
闇よりも闇色の瞳に悲しみを帯びたルードウィヒは儚い笑みを浮かべる。
ニコラウスはその問いに答えることが出来なかった。
ホードランド国国王には娘は恵まれず、魔王の申し出で国王の妹皇女と魔王の間にルードウィヒは生を受けた。
『そなたの娘ではなく、そなたの妹君と契りを結ぼうぞ。代価は魔界と人間界の結束。生まれた皇子は、そなたの息子として育て、立派な皇子にするのだぞ』
その言葉は、義理の父である国王から教えられた言葉だった。
生まれてすぐに母を失くし、魔界からすぐにホードランド国王城に連れて来られたルードウィヒは、国王が選りすぐった乳母と教育係、教師人に囲まれ、皇子教育を受けた。
“立派な皇子に――”
会ったこともない実父であり、魔王の言葉を胸に刻み、二人の父に恥じない皇子になるよう、ルードウィヒは必死に努力をした。
ルードウィヒは己の身を犠牲にしても国を守るという使命感に燃え、誰よりも己自身に皇子らしい皇子であることを課し、そうあろうと心掛けた。
初めて実父である魔王に会ったのは十二歳の時、魔界でだとルードウィヒはニクラウスに語った。
魔王はユーリウスと名乗り、かつて光の王と呼ばれることを知った。だが、会ったのはその一度きりだという。
そう語った時のルードウィヒの瞳は深く陰り、ニクラウスは胸が痛くなった。
時折見せるルードウィヒの陰りの根が深い事に気づいてしまい、自分ではなんの役にも立てないと思い知って――やるせなかった。