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第7話  約束したから



 燃えていく――

 愛した土地も、愛する人と過ごした時間さえも、煉獄の炎に焼かれて消えていってしまったんだ――



  ※



 兄の裏切りで、愛した国が滅んでしまった。

 言うことを聞けば命まではとらないと言った敵国ドルデスハンテのライナルト王子に連れて来られたのは、冷たい大理石の床の王城。

 異端の力を望みながら、俺を見る目は異端の者に対する蔑みと恐怖とで塗り固められていた。

 そんな視線で見られるのは慣れていたからどうってことはなかったが――生きているのに何も感じなくなってしまった心が、なぜだかとても苦しかった。

 あの時――……

 兄を殺してしまった戦場で、死という選択肢もあった。敵国に従順を示してまで、生きながらえたい命などではなかった。

 ただ、約束したから。

 共に生きよう。離れていても心はずっと側にいる、と――

 私とティルラに許された最後の約束。


『君を見つけるために私は生まれ、君に出会って幸せでした。添い遂げることは叶わないけれど、生涯愛しているのは君だけです。遠く離れようと、死して時を廻ろうとも――私の心は君だけのものです』


 ただ、ティルラに生きて貰うためだけにした約束。

 ティルラを無事に南の小国に送り届けさえすれば、生きている必要などなかった。

 それでも――

 姿を見ることが出来なくても、声を聞くことが出来なくても、愛おしいと思う気持ちが体を突き動かす。その気持ちはティルラに対してだけではない。大勢の民、父や兄が生きる為には、自分が魔法指南役として王城に行くという条件が含まれていたから、従う選択肢を選ばざるを得なかった。

 生きていても、生きている心地のしない場所で、ただ、役目を果たし終える日に焦がれて――



  ※



「違う、違うっ! 何度言ったら分かるんだっ! もっと意識を集中して、精霊に心を開くんだっ!」


 怒気をはらんだ鋭い叱責に、部屋にいる十二人の若者がびくりと肩を震わせて縮こまる。


「……なんだか最近の先生は、鬼気迫る勢いだよな」

「ああ、私も感じているよ。初めて会った時はもっとこう、穏やかな口調だったのに、なんだろうな、この変わりようは……」


 二人の男性が背中を丸めてこそこそと声を落として話していたが、ルードウィヒにその声はしっかり聞こえていた。

 ビシッとこめかみに青筋が浮かび、苛立ちを露わに側にあった小卓を手で叩く。


「無駄口叩く暇があったら、もっと集中しろっ」


 そう叫びながら部屋を出て行った。



 魔法指南役として王城に連れて来られたルードウィヒの前には十代から二十代前半の少年と青年、十数人が並んでいた。


「貴殿にはこの者らを指南してほしい」


 目の前に並ぶ者達は、明らかに身分がいいと分かるような服を身にまとっている。ルードウィヒは優雅にマントを払うと、片眉をあげてその場にいる者を一瞥する。


「この者達は、どういう基準で……?」

「貴殿がいかに偉大な魔法使いかということは常々、聞いていましたからね」


 ライナルトの含みのある言い方に、彼に自分のことを話していたのが国を裏切った兄だということをすぐに察して、一瞬、苦渋に顔を歪める。

 兄アロイスがルードウィヒに対して抱いていた憎悪の念も知らずに、ルードウィヒは純粋に兄のことを敬愛していた。国を裏切った兄は許せないが、それ以上に兄の命を奪った自分自身が恨めしく、心に鉛のように重い感情が渦巻いては引いていく。


「貴殿の力は疑っていませんが、それでも魔導師を一から教育するのは大変時間がかかるでしょう。だから若い者の中から、志願者を募りました」

「一部の高位貴族、の中からですか……?」


 隣に立つライナルトだけに聞こえるような小さな声で、だが、棘を含む冷やかさで言う。

 そんなルードウィヒに対して、ライナルトは穏やかな口調で「誤解しないで下さい」と言って肩を落とす。


「魔力を持たないこの国で、魔導師の影響は絶大なものとなるでしょう。だからそういった(・・・・)者の中から志願者を募ったまでです」


 つまり、ここにいるのはライナルトの息がかかった者ばかりだということに、呆れを通り越して、王族として用意周到なライナルトに感服する。


「確かに、殿下のおっしゃることに一理あります。しかし、魔力を使うにはある程度の素質がなければなりません。教えるからには、こちらも人選に口出しさせて頂きたい」

「貴殿がそうおっしゃるのなら、仕方ありませんね」

「ところで、“魔導師”というのは――?」

「ああ、素敵な名でしょう? 魔法使いでも魔女でもないが、魔力を使い導く者」


 ふふっと花が舞うような優美な微笑を浮かべたライナルトに、一瞬、恐れを感じてしまう。その目だけが笑わず鋭さを増したことに、ルードウィヒは気づいていた。

 その名は野望――

 ルードウィヒにはない感情に、ライナルトを珍獣のように眺めて、ふいっと視線を外した。

 その後、ライナルトの了承を得てルードウィヒはいくつかの条件を出し、その中から更に人選し、最終的に残ったのがさきほど部屋にいた十二名だった。

 魔力を扱うには繊細な部分もあり、男性よりも女性の方が素質がある場合が多いが、いかんせん、王城に仕える女性といえば侍女ぐらいで、第一期魔導師候補は男性だけで結成された。

 しかし……

 魔法の魔の字も知らずに生きてきた人間に魔力の使い方を教えるのは、どんなに優れた魔法使いでも難しかった。人選に三ヵ月、教え始めて三ヵ月、すでにドルデスハンテに来てから二つの季節を越していた。

 もちろん、魔力を持たない人間でも魔力を使う方法はいくつかある。出来ない頼みならば、初めから聞きはしなかっただろう。

 だがしかし、ルードウィヒは焦る気持ちばかりが募り、苛立ちを隠せなかった。




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