第6話 光の王、闇の王
闇の王――
ずっと調べていた魔界関係で、その名をジークベルトは知っていた。
ティアナの刻印にでてくるメフィストセレスという魔王が、闇の魔王と呼ばれていることを――
だから、マグダレーナの手記を見て、世界終焉伝説に出てくる闇の王というのがメフィストセレスを指していると確信を持った。
魔界が混沌と化していると言ったフルフルの言葉に、魔界で何か起りつつあることに気づいたジークベルトは、イーザ国に戻って来てすぐに知り合いの魔女に手紙をだした。
今はイーザ国にはいないが、数十年前まではイーザにいた魔女――前世のジークベルトの知り合いである。
世界が人間界と魔界に分離した後も、魔界の情報を得ているのは魔法使いと魔女だけだった。
ジークベルトは魔界の混乱の事について調べるように依頼した。
知人の魔女はすぐに魔界へ飛び、魔界の秩序が乱れ始めていることを教えてくれた。その原因に、闇の魔王であるメフィストセレスの力が強まっていると言っていた。
その時点で、世界終焉伝説の知識のなかったジークベルトは、メフィストセレスが何を望んでいるのか予想もつかなかった。
だが、ティアナの胸に刻まれた契約の刻印には、『メフィストセレスの加護』とあった。それはつまり、ルードウィヒは魔法使いとしてメフィストセレスの恩恵を受けているわけで、ルードウィヒが魔王との混血児という事実を知った今、二人が親子だと推測する。
メフィストセレスは息子のルードウィヒをも利用して、何かを企てているのか?
そう考えるが、情報がまだそろわず確信は持てなかった。それに、ジークベルトの中にある元魔法使いとしての勘が、何かが間違っていることを訴えていた。
その違和感の正体を知るのはすぐ後のことなのだが、世界の危機が迫っていると知ったジークベルトは、マグダレーナの館で話し会っていてもらちが明かないと思い、ティアナを引っ張って国王の執務室を目指した。
鋭い緊迫感を放ちながらティアナを連れたジークベルトに声を掛けたつわものは、郵便係の少年だった。
普段は王城にいないジークベルトだが、ティアナが行方不明になってからずっと王城の一室に寝泊まり、郵便係の少年とも顔見知りになっていた。
「ジークベルトさん!」
少年らしい高めの声に、歩みを止められたくないというようにジークベルトが一瞬殺気だったが。
「手紙が届いてましたよ」
続く言葉に、ぴたりと足を止める。
「ありがとう」
「いっ、いえ……」
言葉は丁重なのに、あまりにも表情が強張っていて、さすがの少年も驚きに動きを止める。だが、彼が配らなければならない手紙はまだたくさんあり、ぺこりと一礼してその場を立ち去って行った。
ジークベルトは繋いだままのティアナの手を解き、差出人を見て、湖面のような水色の瞳を大きく揺らす。じれるように封を切り、さっと手紙に目を通したジークベルトの表情が、どんどん険しいものになっていく。
「ジーク……?」
不安げに見つめるティアナに気づき、ジークベルトがきゅっと強く唇をかみしめる。
「一刻も早く、国王にお話しなければ――」
ジークベルトの危機迫る様子に、二人は再び歩きだした。
※
国王の執務室。部屋の中央に置かれた応接セットの長ソファーに腰掛けたティアナ、その向かいに国王ノルベルト、横の一人掛けソファーにジークベルトが腰を掛ける。
「お時間を頂き、感謝しています。時間がおしいので、本題から入らせて頂きます。国王もご存じのように、各地で異常気象が発生しています、その原因は魔界にあると思われます――」
静かに、だが水色の瞳に危機感を帯びて、要点だけを話していく。
「魔界、だと――!?」
思いもよらない言葉に、ノルベルトは驚きとは少し違う重々しい響きで言葉を紡ぐ。
「はい。ここから話すことは、あくまで俺の推測でしかありませんが、たぶん現状と相違はないと思います」
「分かった、聞かせて貰おう」
「レーナの手記にあった世界終焉伝説の解釈と俺の調べた事をまとめると、光の王を疎ましく思った闇の王がなんらかの方法で、力を増幅させています。現に魔界ではすでに秩序が乱れて、その影響が人間界に異常気象として現れています。他国と協定を結んで事態の収拾を図ろうとすることは、以前の時点では最善の解決策だと思いました。でも、これは人間界だけの問題ではない、俺達だけではどうしようもできないことなんです。いまこそ、分離した魔界と人間界の者達が手を取り合わなければならない――」
「魔界と……?」
不安げな声をティアナがこぼし、ノルベルトはぎゅっと眉根を寄せる。
「魔界といっても、魔族は闇の王の眷族、あちら側につくでしょう。俺が言ったのは各地に残る魔法使いや魔女のことです。俺の知り合いにも何人かいて、連絡を取れた者がすでに数人います」
「魔法使いや魔女が、まだそんなにいるの……?」
数十年前までは、イーザ国も魔法使いや魔女がほとんどを占めていたということを、ティアナも知っている。だが、ティアナが実際にあったことがあるのは、マグダレーナとルードウィヒだけだった。
「イーザの魔法使いや魔女は、姿は隠しているが、まだそのほとんどが存在するよ」
片眼を瞑ってティアナをみたジークベルトはなんだか儚くて、ティアナは胸がつぶれる思いだった。
自分が知らなかっただけで、魔法使いや魔女はこの世に多く存在している。見えないからと言って、その存在を否定していた自分が恥ずかしくなる。
「それで、話は少しずれますが、一人――ティアナに執着している魔法使いがいるんですよ」
その言葉が誰を示しているのかすぐに気がついたティアナは、ビクンっと肩を震わす。
「その魔法使いは魔王と人間の混血児で、その父である魔王っていうのが――光の王らしいんです」
「それは本当か!? その魔法使いを味方にできれば、我々に勝算はあるのだな?」
ジークベルトの言わんとすることを素早く汲み取ったノルベルトは、前のめりにジークベルトに尋ねたが、ジークベルトは複雑な表情をしてティアナに視線を向ける。そうして、一通の手紙をテーブルの上にすっと置く。
「これは先程届いた、ドルデスハンテ国王宮お抱え魔導師長のニクラウス殿からの手紙です。ここに書かれていることが事実ならば、この魔法使いを味方につけることができれば、世界の均衡を取り戻すことができるとは思いますが……」
そう言って言葉を濁す。
手紙を受け取ったノルベルトは目を通し、それからティアナへと渡した。
ニクラウスの流麗な文字を読み、ティアナは目を見張る。そこには七十七年前のルードウィヒの事が書かれていた――
第1章完結です。
次話は77年前のルードウィヒ視点となります。