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※ 拍手お礼に載せた番外編です。
イーザ国王城の一室、執務室の大きな窓の前に置かれた黒檀の机と対の椅子に腰かけたジークベルトはぱらぱらと数枚の書類をめくって、視線を手元から前方に向けた。
「北の大国の王子と東の砂漠国の皇帝か……」
ジークベルトの視線の先には簡素な椅子が二つあり、それぞれにレオンハルトとダリオが供を壁際に控えさせて座っている。
「王子とスルタンならば、スルタンの方が地位は上だな」
言いながらジークベルトは手元の書類――レオンハルトとダリオの釣書――のうち、ダリオの書類の方へ赤いペンを走らせるが、文字を先に読み進めていくうちに、ぎゅっと眉間にしわが寄って渋い表情になる。
「……スルタンは後宮に五万と女を囲っているのか? ティアナだけを大事にできないような男には嫁がせられないな」
キッと鋭い光を宿した瞳で睨まれ、氷のスルタンの異名を持つダリオは不覚にもたじろぐ。
五万はいない――と心の中で一人ごちるが、そこじゃないですよと、後ろに控えるエマも突っ込みたくてぎゅっと眉間にしわを刻む。
「――分かった。私も常々あんなものはいらないと思っていた、後宮制度は即刻廃止しよう」
きっぱりと言い切ったダリオに、壁際で姿勢よく控えていたエマが慌てて口を挟む。
「なっ、なにを仰っているのですかダリオ様、そのような――」
だが、なにか言おうとしたエマに氷の瞳を投げつけ、一瞬で黙らせる。エマはぐっと唇をかみしめると、諦めたように小さな吐息を漏らし、律儀に一礼して壁際まで後退した。
後宮制度を廃止したい思いに偽りはない。しかし、それがどれほど大変なことはダリオ自身が身をもって知っている。だからとりあえず、ここさえやり過ごせればいいと思ったのだが。
「却下だな。後宮をぶっつぶしてから出直してくるんだな」
ばっさりとダリオの提案を切り捨てたジークベルトは、ダリオの釣書さえ、もう用済みだと言わんばかりに机の横のゴミ箱へ投げ捨てた。
その一連の動作を目撃して、ダリオは唖然とする。
そんなジークベルトとダリオの攻防を見守っていたレオンハルトは口を開こうとすると、背後に近づいてきたレオンハルト王子付き侍従武官長のフェルディナントがそっと耳元で囁く。
「王子、こちらは王に刺客でも放ちましょうか? さすれば、王位継承権第一位の王子はすぐにも王になれる。スルタンに負けない地位をすぐ手にするには」
とんでもないことを耳打ちしてくるフェルディナントにレオンハルトは、きつめの視線を向け、それから嘆息する。
「そんなことしなくていい。私はまだ王子の立場で相応だ」
「しかし……」
渋るフェルディナントを無言の威圧で下がらせ、ジークベルトに反論しようとしたダリオより先に、レオンハルトは声を張りあげる。
「ジークベルト殿。確かに私は王子という地位ではありますが、肩書で判断していただきたくはありません」
椅子から立ち上がり、真摯な眼差しを向けるレオンハルトに、ジークベルトは僅かに興味を惹かれて不敵な笑みを浮かべる。
「ほぉ……、では、あなたが誇れるものを見せてもらいましょうか?」
何と答えるのか、期待を膨らませて待っていたジークベルトだが。
「それは――、ティアナ様への愛です!」
誇らしげに胸を張って答えるレオンハルトに肩透かしを食らう。
愛って……
そんな目でみて計れないものを持ち出されてもなぁ……
レオンハルト王子は、ロマンチストか。
そんなことを考えて、ジークベルトは苦笑する。
そういえば、猫の姿にされた時も、案外、猫の生活を満喫していたな。順応能力は二重丸、と――
ペンを走らせるジークベルトを見て、ダリオも勢いよく立ち上がる。
「それならば、私もティアナに対する想いなら負けまい」
レオンハルトに対抗するように言い、鋭い眼差しでレオンハルトを睨み付けるダリオ。
「私はティアナ様をいついかなる時でも守ってみせます」
「私だとて、ティアナのためならばどこにでも駆け付けることができる」
「私なんてティアナ様に膝枕をしてもらったことがあります」
……それって、猫の姿の時のことだろ。ってか、王子だって気づかれもしてなかったんじゃないか?
レオンハルトの言葉に心の中で突っ込みをいれるジークベルトは、くるくるとペンを回し始める。
「私など、一緒のベッドで一夜を明かしたことがあるのだぞ……っ」
「なっ……」
ダリオの言葉に顔を真っ赤にして絶句したレオンハルト。ダリオもなぜか頬を染めて、視線をそらす。
その様子を見たジークベルトは小さな吐息を漏らす。
それって、ただ一緒の布団で寝たってだけの話なんじゃないか……?
ってか、なんでスルタンは恥らってんだよ……
「なー、どうでもいいけど、俺はティアと一緒に風呂に入ったこともあるし、ジークがいないと死んじゃう、お願いだから一緒にいてって涙ながらにすがられたこともあるんだけど――」
そう言ったジークベルトは、机に肩肘をつき、その上に頬を載せて勝気な眼差しを二人に向けた。
「なんということでしょう……、一緒にお風呂など……」
「お前がいなければ死ぬだと、なんだその殺し文句は……」
ジークベルトの言葉に呻き、絶句するレオンハルトとダリオは、扉が開いた音には気づかなかった。
「まっ、というわけで二人とも、俺がもっとティアナの嫁ぎ先として納得できるような男になってから出直してきてくれ」
そう言ってにやりと笑ったジークベルトを、やわらかい口調が窘める。
「ジーク、そう言って誰が来ても認めないつもりなのでしょう?」
声のする方に視線を向けたジークベルトは、その水色の瞳が大きく揺れる。
「……っ、エリク! いつ戻ってきたんだ……!?」
「たった今さ。なんだかティアが大変な時に側にいてやれなくて、知らせを受けてとるものもとりあえず急いで帰ってきたんだよ」
そう言って微笑んだのは、青年としては高すぎない身長、優しげな目元、耳が隠れるほどの長さで切りそろえられた髪は鮮やかな銀色。
「エリク様」
以前、ドルデスハンテ国に遊学できたエリクと会っていたレオンハルトは親しみを込めてその名を呼び、ダリオは、その名と雰囲気からティアナの兄君かと呟く。
「レオンハルト様、お久しぶりです。妹が大変お世話になったようで」
「いえ、むしろ私の方が助けられてばかりで……」
恐縮するように言うレオンハルトから、エリクはすっと視線をジークベルトに向ける。
「ところでジークベルト。なにやらここで面白いことをやっているそうじゃないか」
にこにこと表情は笑っているのに、エリクがどことなく冷たい空気を纏っているように感じたのはレオンハルトとダリオの気のせいか。
「遊学だ、外交だといってあちこち飛び回っている本物の兄様がいないんで、俺が代わりにティアナの虫除けをしてやってるんだ」
「ふ~ん、でもさ、さっきのあれって、ただの自慢だよね? 俺が一番ティアに愛されてるぞ――みたいな?」
エリクを纏う冷気に気づいていないのか、気付いていて無視しているのか、ジークベルトは飄々とした口調で答える。その表情は相変わらず不敵な笑みをたたえている。
「別にそう言ったつもりはないけど? くだらないことで自慢してるやつらいたから返り討ちにしてやっただけだ」
その瞬間、向かい合って話していたジークベルトとエリクが同時にレオンハルトとダリオの方を振り向く。その表情は笑顔の仮面をつけ、敵を威嚇するような威圧感たっぷりで。
「ふ~ん、じゃ、僕も兄らしく、ティアに相応しいかどうか試させてもらおうかな~。そうだな――、私を倒せる男にならティアを上げてもいいかな。どう?」
そう言って微笑んだ顔は春の日差しを思わせるぽかぽかなのに、レオンハルトもダリオもエリクに挑もうなどという気は起きない。
どんなにティアナを愛していて、欲していても。
魔法使い達が姿を消し始めたこの時世に魔法使いほどの強力な魔力を持つ優秀な魔導師としてエリクの名は各地に知れ渡っている。それが魔力とは無関係のロ国でさえも。
常々、エリクの代わりにティアナを守ると兄貴風を吹かせているジークベルトでさえ思う。
それこそ無茶だろう――?
えーっと、ジークベルトの妹バカな話を書いてみたくて思いついた話です。
本編ではついに出てこなかった兄エリクにも登場していただきました。
それでもって、実は一番最強なのはエリクという落ち。




