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第47話  天壌無窮



 闇の王の放った強大な闇の渦が室内を侵食し、天井が裂け、柱にめきめきと亀裂が走る。

 逃げなければと扉へ向かおうとしたティアナの頭上に崩れた柱が襲い掛かってくる。

 とっさに逃げることもできず、迫りくる衝撃に身構えたティアナは、体を襲う痛みの魔家にぐにゃりと視界が歪み、体もぐにゃぐにゃと曲がりくねる奇妙な感覚に意識を手放すようにまぶたを閉じた。

 遠くの方で、ジークベルトやジーナの叫ぶ声が聞こえたが、その声はどんどん聞こえなくなっていった。



  ※



 しばらくして意識を取り戻したティアナは、ゆっくりと目を開く。

 白濁とした世界に自分が横たわっていることに気づき、そっと床らしきものに手を伸ばすと、そこは固く地面があるようだった。地面に手をつき、ゆっくりと上体を起こしたティアナは、改めて周囲を見回してみる。

 あたりはどこまでも白く、雲のようなものがところどころに浮かんでいる。床は固いが、どこもかしこも白いため、そこが床なのか、まだその下があるのかさえ分からない。

 ぼんやりと辺りを見つめていると、小さな光が一つ寄ってきて、ティアナの目の前でぱっと八つに分裂した。それはそれぞれ、緑、紅、灰色、水色、濃青、白銀色、闇色、虹色に輝き、ティアナの周りを不安定な動きで飛び回る。

 ティアナにはそれが世界の鍵だと直感的に悟る。

 ふわぁ~っとどこからかほの白い光が近づき明滅すると聞き覚えのある声がティアナに話しかけてきた。


「姫」

「……! 光の王なのですか?」

「ええ、そうです」

「ここは……どこですか……?」

「ここは世界の狭間。人間界と魔界と冥界を繋ぐ空間とでも思ってください」

「世界の狭間……」


 繰り返すようにつぶやき、周囲を見回す。ここにティアナ以外の姿がないことに、ここにいる理由はなんとなく察することができる。


「魔王は……、ルードウィヒはどうなったのですか……?」


 問いかけながら不安が押し寄せてきて、ティアナの声はどんどんかすれていく。

 翠の瞳を不安に揺らすティアナを安心させるように、光が優しく瞬く。


「魔王の野望は潰え、すべての至宝がここに揃いました」


 そう言われて、ティアナの周りを囲むように浮かぶ八つの光に視線を向ける。

 すべて揃った、それはつまり――

 苦しくなる胸を押さえて、ティアナは光の王の言葉を聞く。


「あとは、歪んでしまった世界を正すだけです。それは姫、あなたの役目です」

「でも、私には……」


 光の王に促され、ティアナは戸惑いの声を上げる。

 最初に時空の鍵を手に入れたのはレオンハルトのためだった。

 世界の鍵を集めることになったのは半ば成り行きで、他の鍵が手元に来たのは自分一人の力ではなく、周りの協力あってこそだった。

 なぜ自分だったのか――

 魔女の建国した国の姫に生まれながら、魔力をわずかにしか持たず、今まで精霊の声も聞こえなければ魔法も使えなかった。

 そんな自分が、自然の力の源である世界の至宝を使って、世界の均衡を取り戻すことができるのだろうか――

 ここに来て弱気になり、俯いたティアナに、光の王は白い光を膨れさせティアナを包み込むようにする。


「大丈夫ですよ、あなたにならできます。さあ、私が導きましょう、心に強く思い描くのです、あなたの愛する穏やかな世界を――」


 そよぐ風。におう新緑。ほころぶ色とりどりの花。虫の羽音。流れる水音。揺れる炎。鼓動する大地。音もなく忍び寄る闇。きらめく月光。包み込む笑い声。

 ティアナは言われた通り、大好きな世界を胸いっぱいに思い描いた――

 再び、ぐにゃりと視界が歪み、それと同時に体もぐにゃぐにゃされる感覚に、ティアナは意識を手放していた。



  ※



 ぱっと開いた視界の先には、見覚えのある白い天井。首だけを動かして横を向けば薄い紗がかかっていて、自分がベッドに寝ているのだとティアナは分かる。

 目覚めたティアナは記憶があいまいで、ここがドルデスハンテ国の客室だということは分かるのに、どうしてここにいるのか、直前まで何をしていたのか思い出せずにぼんやりと紗の向こうの室内に視線を向けていたが、徐々に頭が覚醒していく。魔界へ行き、魔王の城で柱の下敷きになりかけた直前の記憶を思い出し、がばっと勢いよく上体を起き上がらせたティアナは、ベッドから降りようとしてぐらりと眩暈に襲われて床にくずおれてしまった。

 そうだ……、私、柱の下敷きに……?

 でも、特に痛むところはなさそう……

 床に座り込んだまま、自分の体を見下ろして、軽く腕や足を動かして怪我の有無を確かめる。目立つ傷もなく、少し体がだるい以外は、至って元気だった。

 キィと扉の軋む音がして顔を上げると、扉を開けたジーナがその隙間から体をすべりこませる。ゆっくりとこちらに近づいてきていたが、ベッドの横で床に座り込んでいるティアナを見て、慌てて駆けてくる。


「ティアナ姫、気付かれたのですね?」

「ええ、私……」


 戸惑いがちに答えたティアナは、ふわりと優しくジーナに抱きしめられていた。


「よかった……、あなたが無事で……」


 抱きしめられていて顔は見えないけど、そう言ったジーナの声は僅かに嗚咽交じりで、ティアナに胸は暖かいもので満たされる。


「ジーナも無事でよかったわ」


 緩められた腕が下されて、ティアナはジーナに微笑みながら言い、ジーナは頷き返す。

 ティアナは改めて室内を見回して、首をかしげる。


「どうして、ここに……」


 ドルデスハンテの客室だとは分かるが、ティアナの最後の記憶は魔王の城で途切れていて、どうやってここまで帰ってきたのかが不思議だった。

 ジーナはティアナの手を引いて立ち上がらせると、むこうで話しましょうと言って寝室を出ていく。

 扉を出たそこは、見慣れたメインサロン。世界の鍵を探しに行く前に、ジークベルトと何度もここで話し合いをしたことを思い出して、つい最近の出来事なのにもう何ヵ月も前のような気がして苦笑する。


「さあ、ここにお座りなさい。いま、女官に言って暖かいお茶でも持ってこさせましょう」


 そう言ってジーナは部屋を出て行ってしまった。

 部屋に残されたティアナは窓辺に置かれたソファーに深く腰掛け、体重を預けるように背もたれに寄りかかる。

 まぶたを閉じて、落ち着いて記憶を整理して待つこと数分。

 ティーセットの乗ったワゴンを押したジーナと一緒に室内に入ってきたのはジークベルトで、ティアナは勢いよく立ち上がりジークベルトに駆け寄った。


「ジーク、体は大丈夫なの……?」

「ああ、俺は大したことない。それよりもティア、お前の方が――」


 自分のことはどうでもいいというように、ティアナを気遣わしげに尋ねるルードウィヒの胸をジーナがどんと叩いて、途中で言葉を遮る。


「ジークベルト、少しお黙りなさいな。ティアナ姫が目覚めたらすぐに知らせると言いましたが、あなただってまだ寝ていなければならない状態なのですから。無駄口をたたくのなら、今すぐ私の魔法で病室まで飛ばしますからね」


 びしっと叱りつけるような口調のジーナに、ジークベルトはぐっと唇をかみしめ、渋々といった様子で押し黙る。

 ジークベルトが寝ていなければならないと聞いて心配そうに瞳を揺らすティアナに気づいたジーナは、ふわりと優しい笑みを浮かべる。


「心配はいりませんよ。ジークベルトは外傷はほとんどありませんんから、ただ魔力の消耗が激しく、しばらくは安静にしていなければならないのです。それでも、ティアナ姫のことが心配で、そばで話を聞くだけだからとしつこく言うものだから連れてきたのですよ」


 そう言ったジーナはちゃめっけたっぷりに片目をつぶって見せる。

 ティアナは完全にジーナに首根っこつかまれているジークベルトを見て、可笑しくなってしまう。いつも勝気で余裕しゃくしゃくのジークベルトを言い負かせる人はジーナくらいだと思う。


「さあ、立ち話もなんですから、話は座ってお茶を飲んでからにしましょう」


 微笑んだジーナに促され、二人掛けソファーに向かい合うようにティアナとジーナが座り、横の一人掛けソファーにジークベルトが腰を下ろす。

 ジーナが踊るようにすっと腕を動かせば、ワゴンに乗っていたティーカップが宙に浮かび、軽やかな音楽を奏でるようにポットからお茶が注がれ、それぞれの前へと静かに下りてくる。最後に、中央にお茶菓子の入った三段トレースタンドが移動し、ジーナがその中のオレンジ色のマカロンを一つつまんで話し始めた。


「――魔王の放った力が抑制力を失い、城を襲い、逃げようとしたティアナ姫の上に崩れた柱が落ちてきて、咄嗟にそばにいたレオンハルト王子がティアナ姫を庇い柱の下敷きに……」

「レオンハルト様が……」


 自分の覚えていない記憶が上書きされ、ティアナはただ驚くことしかできない。

 ジーナの口調は冷静だが、その場を鮮明に思い出したのだろう、水色の瞳が沈痛な影を宿し、長い睫毛で隠される。


「柱の下敷きになってしまった王子は意識を失い、その瞬間、姫は謎の光に包まれて――」


 天井が崩れ、軋む壁や床。このままでは城の外に出る前に全員が城の下敷きになってしまうという壮絶な状況で、ジーナとエーリカが慌ててその場で全員を魔界から人間界へと移動させる判断をとったという。


「私達が戻ってきた時、人間界はまだ闇に包まれたままでしたが、ティアナ姫を包む光から八つの光が絡んで螺旋を描きながら天に向かいそれが闇を溶かしていったのです。一瞬後には、何事もなかったように空からは日が照りつけ、風がそよいで。すべてが元通りになっていたのです。

 運よく、北欧の森に戻ってくることができたので、近場のドルデスハンテ城に駆け込んだというわけです。エーリカとスルタンは魔王の直接的な攻撃を受けているので外傷も酷く、別室で安静にしています。レオンハルト王子も、すぐに王城お抱えの侍医が診察し、命には別状はないということなので、安心なさいな」

「はい……」

「王子は自室でまだ眠り続けているようですが、じきに目覚めるでしょう」


 瞳にいっぱいの涙を浮かべたティアナを安心させるようにジーナが言い、ティアナはただこくんと首を振った。

 そうしてティアナもまた、世界の狭間での出来事を思い出しながら語る。光の王の導きで世界の鍵を開けたことを。




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