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第40話  闇の囚人 2



 嘲るような笑い声に、ティアナはさぁーっと自分の血が引いていくのが耳の奥に聞いてしまう。


『この者はいまや器だけの存在。ずっと抗ていたが、所詮は人の血の混じった異端児。心の弱い部分を突けば、肉体を明け渡すなど造作もないこと』


 感情のないルードウィヒの姿に、たった一度だけ見たメフィストセレスの姿が重なる。

 全身黒づくめの衣装をまとい、漆黒の中でも輝く艶やかな長い黒髪を背中に流した二十代後半くらいの青年――闇の王が、ルードウィヒの精神を乗っ取り、彼の体を支配していると語る。


「どうしてそんなこと……」


 思わずでてしまった非難の言葉に、闇の王は気分を害した様子もなく、にぃーっと口角をつり上げて笑う。その唇の赤が禍々しさを与える。


『理由などない。この者がただあの者の血をひくから、なにか役に立つかと思っただけだ』


 甘いバリトンが、一瞬、凝るように低くなる。が、次の瞬間、それが錯覚だったのかと思うほど艶やかな声が囁く。


『しかし、それもあまり意味をなさなかった。あの者はあっけなく逝きおった』


 口角をつり上げ笑った顔は優美で、その癖、畏怖の念を与える闇の様な笑顔。


「魔王を――光の王を追いやったのはあなたなのですね」


 静かだが、咎める口調でジーナが言う。ぴんと伸ばした姿勢、体の前で合わせた手

をぎゅっと握り合わせている。

 脳に直接響いていた声が、ティアナだけではなく他の人にも聞こえていたのだとわかる一方、ジーナの言葉に心を震わせる。

 風の谷で、光の王の気配が消えたと言ったジークベルトの言葉を思い出す。

 あの時は、ことの重大さに何が起きたのか、その原因はなんなのか考える余裕もなかったが、マグダレーナの手記の記述を思い出し、これまでの出来事のかけらがすべてつながる。


“一人の王は倒れ、世界は終焉をむかえるだろう――”


 世界終焉伝説の最後の一文。

 どちらが倒れると明記されていなかったことで、現実味がなかった伝説が、ティアナの目の前で現実になりつつある。

 ティアナは翠の瞳を眇めて、ルードウィヒの姿をした魔王を見やる。

 少し離れた場所に立つジークベルトも、うずくまるエーリカも、警戒心を露わにしているレオンハルトとダリオも、その視線は魔王へと向けられている。

 だが、そんな非難の視線など痛くもないというように、魔王はふっと鼻で笑い飛ばす。


『あれは、勝手に弱っていっただけ。私が手出しするまでもなかった』

「なにをっ――」


 光の王が倒れたことなど些末な出来事だとでも言うような尊大な物言いに、ジーナが敵意をむき出しに憤るが、そんな言葉すら見下す魔王。


『とるに足りない魔法使い風情の戯言などどうでもよいが、ぐだぐだ言われるのは好かぬ。悪いが、私はいま気分があまり良くない。そんな時に居合わせた不運を呪うのだな』


 悪いとも思っていない口調で言った魔王は、ほんの少し口角を上げて笑ったと思った次の瞬間、ジーナめがけて攻撃を仕掛けてくる。

 ジーナもすばやく反応し、短い詠唱で体の前面に水の膜のようなものが現れ攻撃を遮った。しかし、魔王の攻撃力に押され、水の膜は水滴を飛ばして壊されてしまう。

 小さな舌打ちがティアナの耳に聞こえる。ジーナは体制を立て直し、更なる魔法を繰り出そうとするが、ジーナの前から飛び退りながら魔王はレオンハルトに、ダリオに、ジークベルトへと目にもとまらぬ速さで攻撃を仕掛けていく。

 レオンハルトは腰の剣をひく抜き剣を交えるが、ほんの少しルードウィヒの唇が動いた瞬間、剣から噴き出した炎にまかれた。レオンハルトを援護するように魔王に切りかかったダリオの足元から意志を持ったように盛り上がった土がダリオに襲い掛かり、頭上から覆いかぶさってくる。


「レオンハルト様……っ! ダリオ様っ!?」


 ティアナが悲鳴を上げた瞬間、振り返ったルードウィヒと視線が合った気がした。

 来る――っ!?

 そう思ったが、ルードウィヒはすぐ側にいるティアナではなく、ジークベルトめがけて炎の魔法をぶつける。

 ジークベルトはとっさに魔法石の腕輪をはめた左手を魔王に向けて、水の渦と炎の渦が二人の中間地点でぶつかりあう。じりじりと揺れる炎を水がおしやるが、前方に注意を向けているジークベルトの足元から、小さな芽が芽吹き蔦が伸びていく。

 それにいち早く気づいたティアナは、無意識に胸元にしのばせた石に触れていた。瞬間。

 ティアナの胸元から、風と水と火が渦を巻いて飛び出した。

 水は地をうねる蛇となり、ジークベルトの足元で襲いかかろうとしている蔦に。

 風は空をかける虎の姿となり、炎は空をはばたく鳥となりルードウィヒに襲い掛かる。


『…………っ!?』


 予想外の場所からの攻撃にうめき声をあげた魔王は、それまで凝っていた瞳にありありと苛立ちの色を見せる。


『小娘が……、ふざけた真似を……』


 忌々しげに吐き出すと同時に、詠唱もなしに魔王の元から蔦を纏った土龍がティアナに襲い掛かった。


「ティア……っ!?」


 突然のことに、ジークベルトは慌ててティアナに駆け付けようとするが間に合わず、絶叫するようにティアナの名前を呼んだ。

 が、蔦の鎧をまとった土龍がティアナに襲い掛かる瞬間、ティアナの体を守るように銀色の光がほとばしり、その光を受けて土龍は悲鳴のような咆哮をあげて体を苦痛にうねらせる。


『なにをやっているっ!? 人間の小娘など捻り潰してしまえ――』


 忌々しげに吐き捨てる魔王の言葉に、抗うように土龍は地面に吸い込まれていく。


『なっ……!?』


 悔しげに唇をかみしめ、目を怒りに揺らしている。その姿はすでにルードウィヒのものではなく、魔王の姿になっていた。

 ティアナの元に駆け付けてきたジークベルトは、ティアナの無事を確かめる。


「大丈夫か……?」

「ええ……、ジークは……?」


 その問いに答えようとした時、再び魔王がティアナに襲い掛かってきた。しかし、その攻撃はティアナに触れることはなく、体から放たれる銀色の光に包まれて剣先がゆがんでいく。


『なぜだ……、どうして攻撃が利かぬ……!? たかが人間の娘の分際で』


 分からないというように顔を歪め、初めて魔王が動揺する。

 しかし、ティアナとジークベルトには魔王の攻撃が届かなかった理由が分かっていた。


“汝、我の助けを求めん時、我の力を欲する時、メフィストセレスより加護し、権威を持ってすべての願いを叶えるだろう”


 ルードウィヒが砦の森でティアナに刻み付けた契約の刻印。それが効力をはっきしたのだと――

 視線を交わしあったティアナとルードウィヒ。

 すっと顎を引いて、背筋を伸ばしたティアナは小さく深呼吸をし、一歩前へと踏み出す。


「闇の王。私はルードウィヒと契約を交わし、それによってあなたの攻撃は私にはききません。だからどうか、無益なことはやめていただきましょう」


 魔王相手に諭すように語るティアナの姿は一国の王女らしく、凛々しく威厳に溢れている。


『この者と契約だと……? 信じられない、だが、それで辻褄が合うのだな。しかし、だからといってお前達を倒すことをあきらめるかと言えば、諦めたりしない。なにより――そなたが世界の鍵を持っていると分かった今なら、尚更な――』


 言うと同時に、魔王は右手に持っていた剣を勢いよく投げつける。ティアナではなく、横に立つジークベルトめがけて。

 とっさに剣をよけようとしたが、肩をかすめ、ジークベルトはうめき声とともに地面に頽れる。


「……っ!? ジーク!」

『そなたを傷つけられるなら、周りの者から始末していこう。さぁ、仲間を見殺しにしたくなくば、大人しく世界の鍵を渡すのだな――』


 にやりと口角を上げて笑う魔王は勝ち誇ったように妖艶な笑みを浮かべている。

 ティアナは眉根を寄せ、頭の中で急速に考えをひねり出す。

 なにか、なにかないの――? 魔王の攻撃をやめさせる方法は――

 考えても、解決できる方法は思いつかない。


『さぁ、どうする?』


 じりじりと魔王が近づいてくる。

 横に視線を向ければ、苦痛に顔を歪めて片膝をつくジークベルト。攻撃を受けて床に倒れるレオンハルトとエーリカ。土砂の下敷きになっているダリオとそれを助けようとしているジーナも満身創痍だ。

 こんな状況で、これ以上皆が傷つけられるのを見ていたくない――

 ティアナは決心して、魔王に向かって一歩を踏み出した。




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