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第4話  閉ざされた扉



 王城を抜け、森の中に続く一本道を進む。しばらく歩き辿り着いた開けた場所には、小さな湖と小さな小屋がひっそりと建っている。鳶色の屋根についた煙突から煙が上がらなくなって、もう何年も経っている。綺麗好きなマグダレーナが丁寧に掃除していた小屋は、今は苔が生え、壁蔦が半分ほど覆っていた。

 ティアナ自身、マグダレーナが亡くなってからこの場所に近づくことは一度もなかった。

 マグダレーナのことを忘れたことはなかったが、ここには温かい思い出がたくさんあり過ぎて、そのことを思い出すと同時にもうマグダレーナはいないのだと思い知らされるのが寂しくて、近寄ることが出来なかった。

 六年ぶりに足を踏み入れるマグダレーナの館の中は埃がすごいのだろうと覚悟していたが、扉を開けたその中は埃一つなく、マグダレーナが存命の頃と何一つ変わらず、整頓された綺麗な室内だった。

 ティアナはぱっと振り返り、後ろを歩くジークベルトを振り返る。

 もしかして、ジークが掃除しにきているの――?

 一つの確信が生まれ、そこに温かな気持ちが溢れてきて、不意に泣きそうになる。

ジークベルトは階段の方を向けていて、ティアナの視線には気づいていない。


「ティア、こっちだ」


 呼ばれたティアナは慌ててにじんだ瞳を拭い、ぱっと顔を上げる。ジークベルトはすでに階段を中ほどまで登っていて、階下にいるティアナを手招きした。

 マグダレーナの館は二階建てだが、ティアナが足を踏み入れたことがあるのは一階だけだった。ティアナは恐る恐る階段の手すりに手をかけて、ジークベルトの後を追った。

 二階に上がると、ジークベルトは廊下の突き当たりにある扉の前で立ち止まっていた。


「ジーク……?」


 険しい顔つきで睨むように扉を見つめているジークベルトに、ティアナは怪訝そうに声をかける。


「あっ、ああ……」


 ティアナの声にはっとしたように肩を揺らしたジークベルトは、ふっとその瞳に憂いを帯びて、誤魔化すように皮肉気な笑みを浮かべた。


「この部屋はマグダレーナの知識がすべて詰まっている書斎だ。おそらく日記があるはずだから、過去のものを見れば何か手掛かりがつかめるはずだ」


 そう言って、ジークベルトは重たい取っ手を回して扉を押しあけた。

 室内は薄暗く、左右の壁に置かれた本棚には本がずらりと並び、部屋の中央に置かれた円卓や床にも本がところ狭しと積まれ足の踏み場がないくらいだった。そして、本や床の上にはこんもりと埃が積っていて、違和感を覚える。

 階段も二階の廊下も綺麗に埃が取り除かれていた。それなのに書斎だけが埃をかぶっているなんて。

 ジークはこの部屋だけ、足を踏み入れていない? なぜ――?

 疑問を抱いたけれど、慣れたふうに本を倒さないように部屋を横切り、窓側に置かれた書斎机の上の灯りをつけたジークベルトはどこか緊張した面持ちで、なんとなく聞くことが出来なかった。


「ティアはそっちの棚から見てくれ。俺はこっちから調べていく」


 ジークベルトに的確な指示を受け、ティアナは扉から向かって左側の本棚へと近づいた。

 まずは、一番上の段の右端の本に手を伸ばし、背表紙を引いて本をとりあげた。それは分厚い背表紙の本で、ティアナには読めない文字で何かを書かれていた。本を閉じて戻したティアナは隣の本を手にとり参考にならないと判断してまた戻す。

 取っては戻しをひたすら繰り返したティアナは、三段目の本に手をかけながら首を傾げた。

 綺麗に整頓された本棚の中、その本だけが横に寝かせて置かれていた。いや――三段目の左側にはあったであろう本がごっそりと抜かれ、端の本が倒れてしまったようだった。

 ティアナは胸騒ぎを感じながら本を開き、ぱらぱらとページをめくっていく。

 一段目の本はすべて古代魔法文字で書かれ、二段目はマグダレーナの手のものではなく、誰か別の人が書いた本のようだった。そうして三段目は、およそ六十年前の日付が書かれた手記のようなものだった。

 ティルラとマグダレーナが出会ったのは七十七年前だから、ティアナが探しているピアスの手がかりになるようなことは書かれていないだろうと思いながらも、ページをめくる手はどんどん速くなり、ティアナはあるページでぴたりと動きを止める。

 そこに挟まれた紙切れを見て、ティアナは翠の瞳を大きく揺らした。



  ※



 ジークベルトは季節が移り変わるたびに、一人マグダレーナの館に足を運んでいた。

 目的は思い出の詰まったこの場所で、マグダレーナと時を過ごすため。

 一緒に過ごすことの出来なかった日々を取り戻すために――

 忘れることのない純粋な愛に満たされるために――

 もちろん、ここに来てもマグダレーナがいるわけではない。昔のように、笑顔で迎えてくれる彼女はいない。それでもこの場所がある限り、自分の命続く限り、この場所を大切にしたいと思った。

 綺麗好きの彼女のために掃除をしたのはそのついでで、外観に手をつけるのは不自然な気がしたから室内だけを掃除した。

 ただ、この部屋に足を踏み入れることだけは出来なかった。

 マグダレーナの人生が詰まった書斎――

 彼女が日記をつけるのが趣味だと知っているジークベルトは、ここに百年前の疫病について書かれた日記もあるだろうと思っていた。だから、生まれ変わってからこの部屋には一度も足を踏み入れたことはない。その日記を、自分がいなくなってからのマグダレーナの想いを知るのが怖くて、決して踏み込むことが出来なかった。

 だが、ティアナの話を聞いたジークベルトは、マグダレーナが大事なものを置くとしたらこの部屋しか考えられなかった。この部屋になくても手がかりは必ずあると確信していた。

 そして、百年前の記憶では、マグダレーナの日記が右の棚にしまわれていたことを覚えているジークベルトは、あえて自分が右の棚を調べることにした。

 マグダレーナの昔の日記に自分の名前を見つけてティアナを動揺させたくないという思いと、百年経った今、覚悟を決めなければいけないという思いに突き動かされて――

 手際良く七十七年前の日記、それからティルラの亡くなった五十三年前の日記を探しだし、形見のピアスの行方が書かれた記述を見つけた。

 だが、その横でティアナがとんでもないものを見つけているとは、ジークベルトには想像もつかなかった。




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