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第39話  闇の囚人 1



 突然、目の前に現れたルードウィヒに、ティアナは驚きを通り越して瞠目する。

 なぜ、とういう気持ちと、やっぱり、という気持ちが胸に押し寄せて言いようのないほど、胸が苦しくなる。

 無造作に後ろに流された長い黒髪、闇のように黒いルードウィヒの瞳はティアナを見つめているが、その瞳はどこか精細に欠け虚ろに見えた。

 何よりも、常に自信に溢れた不敵な笑みを浮かべている表情が、いまは氷のように冷たく凝っている。

 無表情――

 それともまた違った、陰湿な表情に、ティアナは不快そうにぎゅっと眉根を寄せる。


「森の魔法使い……っ」


 ぼそっと洩らされたのはジークベルトの声で、その声は驚きに彩られている。

 一度だけとはいえ、ルードウィヒに対面しているジークベルトは彼の様子が明らかにおかしいことに気づいて戸惑っているのだろう。

 横に立つレオンハルトさえその異質さに、綺麗な眉を顰める。

 ルードウィヒを纏う異様な雰囲気に、ジーナとエーリカが額がつくほど顔を寄せて囁きあう。その表情は困惑と警戒の表情。なにかがおかしいと訴えている。

 目の前にいるルードウィヒのことを考えつつも、周りの状況を視界の端で確認していたティアナは、ふっとこれまでの違和感に気づく。

 それは、ここにたどり着くまで本当に誰にも会わなかったということ。

 魔族がいそうな場所を避けてきたとはいえ、魔族の住む集落よりもティアナ達が通った魔森の方を魔族が好みそうで、そんな魔森を通ってきたにもかかわらず全く魔族に出くわさなかったことが不思議でならない。

 ジーナとエーリカがなにか魔族除けのような魔法でも使ったのかと考えるが、それならそうと説明されていそうで。

 その違和感に胸の奥から荒波のように不安が押し寄せ、それを声にしようとした瞬間。

 瞳を留め置いていた視線の先。ルードウィヒの体がスローモーションでゆらり地面に倒れるように傾ぎ、次の瞬間には腰に帯びていた長剣を抜き放ち、ティアナの左横にいたジークベルトに切りかかっていた――

 ティアナは悲鳴にならない叫びをあげて、口元を押さえる。

 魔法でも使ったような速さの攻撃に、ジークベルトはかろうじて鞘のままの剣で応戦するが、力で押されているのか、チリチリという剣のすれる音とジャリっとルードウィヒの足が地面を踏みしだく音がする。


「くっ……」


 苦渋の声が漏れ、それと同時に渾身の力でルードウィヒの剣を弾き返したジークベルトは、ギロリと忌々しそうな瞳をルードウィヒに向ける。


「魔王……なのか……」


 その声は驚愕に満ちて、信じられないとジークベルトの水色の瞳が訴えている。

 ティアナはジークベルトの言った意味が分からず、困惑してジークベルトに近づこうとするが、いつの間にかそばに来ていたジーナとエーリカに腕をつかまれて、首を振って制止される。


「ティアナ姫、危険です」

「でも……」

「ジークベルトなら大丈夫です。あれでも、かなりの魔力を使いこなす魔導師ですからね」


 そう言ったジーナは水色の瞳にほんの一瞬、誇らしげな輝きを宿氏し、すぐに表情を引き締める。


「ジークベルト、大丈夫ですか?」


 ジークベルトに近づき問いかけるエーリカに、ジークベルトは忌々しそうに眉根を寄せて、吐き捨てる。


「ああ……、だが、この鞘はもう使い物にならないだろうな」


 気に入っていたのに、そういうように舌打ちしたジークベルトは、視線を鞘から正面に向ける。その先に、艶やかな黒髪をなびかせて、無表情なのに口元だけをつり上げたルードウィヒが立っている。


「やはり、魔王なのですね」


 そう問いかけたエーリカに、ジークベルトは静かに頷いた。


「だろうな……、これでも老師に作ってもらった特注の魔剣なんだが」


 苦々しげにつぶやいたジークベルトとエーリカはその後、小声でまだ話しているようだった。

 ジーナが横で、老師というのがジーナとエーリカの師にあたる老人で刀づくりの名人だと教えてくれた。

 魔剣というのは対魔族用の特別な剣で、魔導師が自然の力を使うときに媒介にする魔法席がはめられ、特別な魔法がかけられている。つまり、魔法使い達が作るもので、知識としては知っているものの、実物を見るのは初めてのティアナは、驚きを通り越して呆然としてしまう。

 これまでもときどき違和感を覚えた。ジークベルトに魔法使いの知り合いがいることや使役魔がいること。それ以外にも、一介の魔導師としては謎が多かった。

 やっぱり――と、ティアナは自分の中に浮かんだ過程を確信へと近づけるが、ジーナの悲鳴にはっとする。

 いまはそんなことをぼんやり考えている場合ではなかった。

 状況を把握しようと視線を向けると、ジークベルトを庇うように前に出たエーリカがルードウィヒに袈裟懸けに切られ、鮮血が噴き出す。


「エーリカ――っ!?」

「大丈夫……、くっ、浅い傷だから心配いらないわ……」


 地面に片膝をつき、俯いたエーリカは、弱弱しく言う。顔を上げたその表情は微笑んでいるが、痛みを我慢して無理していることは一目瞭然だった。

 ティアナは、自分がぼんやりしている間にエーリカが気付つけられ、自責の念が押し寄せる。

 どうにかしなければと焦る気持ちと、自分になにができるというのかという戸惑いが胸を押しつぶす。

 思いつめた表情で唇をかみしめたティアナに、ジーナがそっと囁く。


「落ち着いて、ティアナ姫」

「ジーナ……、彼はどうしてしまったの……? こんな無暗に人を襲ったりする人じゃ……」


 ないと思いたい。交わした言葉も会った回数も数えられる程度で、ルードウィヒのすべてを知っていると奢っていない。彼の言葉がすべて真実ではなく、その奥に隠された真実をティアナはまだつかみきれていない。それでも、目の前の状況が異様としか思えなくて、訴えるような眼差しをジーナに向けてしまう。


「断定はできないけれど、おそらく……」


 そこで言葉を止め、僅かにためらったジーナは言葉をすべて吐き出す。


「森の魔法使いの中に魔王がいるようです」

「ルードウィヒの中に……?」


 告げられた言葉に、信じられない思いで呟くティアナ。だが、否定したい気持ちを打ち破るように、地を這うような甘ったるい笑い声が直接脳裏に響いた。


『そうだ、気づいたのか――』




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