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第38話  不揃いのジェダイト



 魔界に行く――というのは、想像していたのとはだいぶ違った。

 人間界から魔界へ行くためには、なにか特別な門を開けたり、ここからでしか行けない――というものが存在するのかなとぼんやりと思っていた。

 ちゃんと世界分離説を覚えていればそんなこと考えは持たなかったのかもしれない。

“その昔、魔族、魔法使い、人間の区別はなく世界は一つで――”

 もともと一つだった世界。それが人間界、魔界と呼ばれるようになっただけだとジーナが複雑な表情を浮かべながら言ったのを思い出す。

 水の鍵を守護する姉妹魔女ジーナとエーリカが向かった先は、エリダヌスの国境を越え、シュホルトとイーザの間――どちらの国にも所有されていない森の多く、切り立った崖の上。

 ジーナとエーリカが向かい合って立ち、掌を合わせて詠唱を始める。ここに魔界へつながる扉でも出現するのかと思って息をのんで見守っていれば、一瞬、目も眩むほどの強い光に包まれて眩しさに目を閉じると、目の前に立ちエーリカが「終わりましたよ」と微笑を浮かべた。

 なにが終わったのか分からず首をかしげたティアナは、周りの景色がわずかに変化していることに気付く。

 雲のたれこめた空、じっとりとした空気、静寂に包まれた森、そして、遠くのほうに見える家屋の屋根。そのどれもが灰色の世界。薄い灰色から濃い灰色まで、すべてが灰色の濃淡でぬりつぶされたそこからは生命力を感じとることはできない。

 ふっと自分を見下ろしたティアナは、身に着けている淡い翠のドレスさえ灰色になっていて、喉の奥からひゅっと冷たいものが込み上げる。今日のドレスは既成のものではなく、動きやすいようにと裾を膝が見え隠れする長さまでばっさりと切り取った意匠で、これもイザベルが作ったものだった。

 胸元と肩口から袖にかけて編みこまれた本来は濃翠色のリボンは、ドレスの生地の灰色よりもわずかに濃い灰色で、ドレスからはみ出た肌さえも灰色になっていることにわずかに眉根を寄せ、ぽつりとひとりごちる。


「ここが魔界……ですか……」


 分かってはいても、そう言葉にしなければあまりにも現実味がなさ過ぎた。

 想像していた魔界とは違いすぎて、世界が灰色に包まれているということ以外あまりにも人間界と変わりがなくて胸の奥が嫌な音を立てて軋む。

 魔力を信じなかったもの――

 そこにあるものを見ようとしなかったこと――

 ちゃんと目を開けば、人間界も魔界も隣合わせ、同じ場所にあるのに、気付かない――否、気づこうとしない愚かな人間だった自分が嫌になる。

 思いつめた表情でどこか遠くを見つめているティアナに気がついたエーリカがティアナに声をかける。


「ティアナ姫、大丈夫?」

「えっ、ええ……」


 胸に渦巻くこの感情をなんと表現していいのか分からないし、余計な心配をさせてはいけないと思って、ティアナはぱっと笑顔を作って頷く。


「……では、行きましょうか」


 少し先まで魔界の様子を見に行っていたジーナとジークベルトが戻ってきて、ティアナとエーリカ、レオンハルトとダリオに視線を向ける。

 皆は無言で頷き返し、先頭を切って歩くジーナが歩き出しながら、思い出したように言葉を付け足す。


「そうそう、ついでにあなた達に簡単な魔法をかけておきましたよ」


 普通の人間は魔界に長い時間留まることができない、せいぜい一、二時間だという。その保険として、通常よりも魔界に長く留まれるように魔法をかけてくれたという。


「これで少しは長く魔界にいることができるでしょう。もしも体に異変を感じた時はすぐに知らせなさい」


 そう言って湖面を思わせる水色の瞳をわずかに細めて笑うジーナ。その表情は妖艶で、その裏に何かを隠していそうな不思議な魅惑を持つ魔女の顔だった。



 先頭を歩くジーナは最初にいた場所から見えた村には向かわず、森の中をひたすら進んでいく。

 最初は、人間界のどこにでもあるような森に見えていたその森は、見知った木々の中に、細い枝を鋭いかぎ爪のようにこちらに向け、鋭い牙と眼差しを持つような異様な木々が立ち並ぶ。その景色が灰色の濃淡だけというのが、一層まがまがしさを感じさせる。

 ティアナははぐれないようにと、前を歩くレオンハルトの背に視線を向ける。

 一刻を争う事態のため本当は村を通る最短距離を進みたいが、魔界に住む魔族に会わないようにするために多少遠回りになるが森の道を選んだジーナとエーリカ。

 魔族――北の魔森で襲いかかってきたフルフルのような妖魔に出くわしてしまえば、人間という理由で襲われる可能性が高い。武器の扱いに慣れているとはいえ、魔力を持たないレオンハルトとダリオ、それに魔導師のジークベルト、ただの姫であるティアナの面子ではその危険を避けるほうがいい。

 ジーナの配慮にありがたく思い、少しでも早く目的地へ着くようにと、黙々と足を動かした。

 ただひたすら足元と前を行くレオンハルトの背中だけを見ていたティアナは、額に浮かぶ汗をぬぐい、はぁはぁと息を切らしながらも無言で歩き続ける。

 目的地がどこなのか、ジーナとエーリカは言わなかったが、魔界に来たのは世界の鍵の残り半分を手に入れるため。魔界にあると情報を得た木の鍵、闇の王に奪われた土の鍵、二人の王を象徴する――世界の根源となる光と闇の鍵がある場所へ向かっていて、それがどこなのか、言われなくてもなんとなく察しはついていた。

 どれくらい歩いたのだろうか。日もなく、灰色の世界では時間の流れが曖昧だった。すでに一時間ほど経った気もするし、まだ五分ほどしか経っていないような気もする。先頭を歩くジーナがゆっくりと歩調を緩め、開けた森の広場にある大きな岩影からその先を見据える。

 視線の先を追うと、森から先は荒れ果てた野原。灰色の砂煙が舞う中に、ところどころの地面には尖った八面体の形をした石が地面から生えたように突き出て、禍々しい気をはっしている。

 そのさらに先、荒野の中の崖に囲まれた場所、細くうねる一本道の先に鋭い尖塔の並ぶ城が見えたその瞬間、言いようのない悪寒に全身を震わせる。

 灰色の世界の中でそこだけが闇よりもさらに深い闇色に包まれ、そこが誰の住処なのかは一目瞭然だった。

 闇の王の住処――

 ティアナの脳裏に、あの笑う優美でいて、その癖、畏怖の念を与える闇のような笑みが浮かび、身震いする。

 それでも、この先に進まなければならないことは言わなくても分かっていて、震える体を叱咤するように拳に力を加える。

 その時。

 ふっと、それまでどんよりと留まっていた空気がわずかに揺れる。

 ぱっと顔を上げたティアナの視線の先に、すらっと背が高く時代錯誤の黒いマントをはおった青年――ルードウィヒが、闇色の瞳に一瞬だけ翠の輝きをきらめかせて立っていた。




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