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第34話  動き出す時代



「そうか、やっと老いぼれらしく引退する気になったのか」

「老いぼれ……ってその話はいいですけどね、あなた……本当に性格がひねくれましたよね」

「…………」


 ちらっとニクラウスを見たルードウィヒの漆黒の瞳が翠を帯びて揺れる。

 ひねくれたと認めるつもりはないが、あえて否定もしない。


「先月、王が崩御しました……」


 押し黙ったニクラウスの薄茶の瞳が、何かを言いたそうにルードウィヒを見つめている。


「わざわざ知らせなくともあなたならご存じとは思いますが、王に死の兆しは見えていませんでした。つい先ごろも国内の視察をしたくらいお元気で……」


 返事をしないルードウィヒに鋭い眼差しを向けたまま、感情の読みとれない静かな声音でニクラウスは言う。

 そんなニクラウスを、ルードウィヒはふっと鼻で笑い、皮肉気な笑みを浮かべる。その瞳は氷のように冷たく、ニクラウスはその様子を非難するように眉根を寄せる。


「死の兆しは見えていなかった、だと? 王ももういい歳だろう、いつ死期がきてもおかしくないはずだが?」

「それでも、王の死は突然過ぎた……っ」


 哀しみを帯びた悲痛な叫びに、ルードウィヒは嫌なものでも見るように顔を歪める。


「それで――?」


 静かな、だが凍てつくような殺気を放つ声音に、ニクラウスははっとする。


「お前は、なにが言いたい――?」


 王城にいる時、ルードウィヒがライナルトに純粋に従っているのではないことに気づいていた。すべてがライナルトのせいではないが、故国を滅ぼす要因となったドルデスハンテの王族、その筆頭のラインルトを心の奥底では憎んでいたことを知っている。

 だが、それはあくまでもニクラウスの考えでしかない。

 ライナルトの死の原因がルードウィヒではないのかと疑うような発言をしてしまったことをひどく後悔する。


『お前もいつか、私を裏切る時が来るのか――?』


 昔、自分に過去を語り、闇よりも闇色の瞳に悲しみを帯びたルードウィヒにそう問いかけられた時、ニコラウスは答えることが出来なかった。

 そのことが脳裏をよぎり、言いようもない罪悪感が胸を締める。


「――すみません、私の言い方が悪かったです。公表はされていませんが、王は毒死でした。あなたならばこんな回りくどいことはしませんし、こんなに時期を待つこともなかったでしょうね……」

「その理解の仕方はどうなんだ……」


 一瞬でも疑ったことを認め、その上で自分を信じると言ったニクラウスの潔さに呆れ、ルードウィヒはぼやく。


「後継にはライナルト陛下の弟君のローデリヒ様がつきました、ライナルト陛下には王子がいませんから……」


 哀しみをにじませた目元を細め、ニクラウスは誰にともなく言う。

 ローデリヒ――、確か前王の三番目の王子で、ライナルトとは五つ年が離れていた。二番目の王子が生まれながらに病弱だったために、なにかとライナルトと比べられては、優秀なライナルトに劣等感を抱いていた王子。

 ルードウィヒは自分の中でのローデリヒの印象を思い浮かべて、苦々しい表情を浮かべる。


「ライナルトは野心家過ぎるところが危なく感じたが、それでも王としては優秀だった、だが……」


 認めているわけではない。だが、ライナルトの数々の功績を思い返し、民が豊かな生活をおくれていたことには違いない。だが……

 ルードウィヒがあえて言葉を濁したのは、ローデリヒの治世が良いものにならない予感がしつつも、それを言葉にするのは不吉すぎて躊躇った。

 ニクラウスも、ルードウィヒが言おうとすることを理解し、無言で頷く。

 どんなにローデリヒが無能でも、ライナルトの毒殺に関与している可能性が当ても、口にできることではない。疑わしきは罰せず。すでにローデリヒは王座についてしまった。

 元王軍騎士でありながら争いを好まず平和主義なニクラウスは、ここでローデリヒに逆らって事を荒立てることを望まない。


「それでいろいろと人事が動きましてね、そのついでに西に視察団が派遣されることになりました。私は……魔導師筆頭位としてその視察団に加わって西に赴きます」


 加わって――といっても、ニクラウスの意志ではないことをルードウィヒには手に取るように分かる。元騎士でありながら平和を好み、魔術と出会ってからは研究に没頭するような人物だ。

 おそらく、ライナルトの息のかかった魔導師が邪魔で、だが魔導師は今では国にはなくてはならない存在だ。西に視察に行かせている間に、自分の有利になる魔導師を揃えようという魂胆だろう。


「お前みたいな老いぼれを視察に行かすとは、相変わらずドルデスハンテは軟弱だな……」


 ニクラウスが視察団を辞退するという選択肢を持たないことを分かっていて、茶化してみせる。そんなやるせないルードウィヒの気持ちを察してか、ニクラウスはゆっくりと視線を落とし、それから澄んだ薄茶の瞳を向ける。


「それでも――私が筆頭位です、あなたのめくらましの魔法くらいは打ち破れる程度の力を持ったね」


 勝ち気に言ったニクラウスは、無邪気に片目をつぶってみせる。


「まぁなんでもいいさ……、お前が来なくなれば、私はようやっと静かな暮らしを満喫できる」

「充分満喫しているように見えますが……?」

「…………」


 間髪いれずに即答され、ルードウィヒは押し黙る。

 ルードウィヒのめくらましの魔法だけではなく、変な噂のおかげか砦の森に足を踏み入れるものはニクラウス以外にはいなかった。

 一人でいるのは慣れているし、誰も訪れる者がいないことはいいことのはずなのに、こうやってニクラウスが時たま来ては、淀んだ空気を晴らしていくから、もう来ないと思うと寂しく感じる。


「ならば、筆頭位らしく西で成功をあげて帰ってくるんだな。さすれば、今度は私から出向いてやろう」


 少しは嬉しそうな顔をするかと思えば。


「それはそれで、困るんですが……」


 ニクラウスに渋い顔で返されて、ルードウィヒはぎりっと奥歯を噛みしめる。


「…………っ、もう用は済んだだろう、さっさと帰れっ」


 荒々しく言い放ち、ふいっとそっぽを向いたルードウィヒの背中にニクラウスは深々と頭を下げ、以降、砦の森に足を踏み入れることはなかった。




ツンデレなルードウィヒはいかがだったでしょうか?

シリーズ1の時はこんなにニクラウスが登場することになるとは思いもせず……

だけどルードとニクラウスの会話は楽しいです!

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