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第3話  胸さわぎ



「わかった、話を聞こう。コルネリウス、この件はこれで良いと大臣に伝えてくれ」

「はい、畏まりました」


 書類を受け取ったコルネリウスは一礼すると、国王の執務室を退室した。後に残されたのはノルベルトとティアナの二人。

 ノルベルトは、ティアナの翠色の瞳にあざやかに輝く強い光を見て、ふぅーっと小さな吐息をもらして立ち上がる。


「そこに、座りなさい」


 言いながらソファーを指し示し、ノルベルトもティアナの向かいのソファーにゆったりと腰掛けた。

 ティアナはどこから話したらいいだろうかと一瞬、逡巡し、隠し事せずにすべてのことを順を追って話すことにした。

 ドルデスハンテ国で出会った森の魔法使いのこと。契約の刻印を押されたこと。自分をかばって時空の裂け目に触れてしまったレオンハルトを助けるために時空石を探し、魂だけが過去に飛ばされてしまったこと。森の魔法使いはホードランド国の皇子で、彼と自分の高祖母にあたる女性が恋人同士だったこと。ドルデスハンテ国との戦に敗れ、魔法使いの力で高祖母がイーザに亡命したこと。そして、魔法使いがドルデスハンテ国と恋人に強い恨みを抱いていること。恋人の形見であるピアスを探していること――

 すべてを話し終えたティアナは、ルードウィヒとティルラのすれ違いの恋に心が切なく締め付けられて、悲愴に顔を歪めた。


「私は彼のために恋人の形見であるピアスを探さなければならないのです。彼女は確かにここイーザに亡命し、ピアスを身につけていた。そして今もなお、この国のどこかにそのピアスがあるはずなのですが……」


 そこで言葉を切ったティアナは、無言で話を聞いていた父王に視線を向ける。その表情が険しい事に気づいて、わずかに眉根を寄せる。


「お父様は、なにか心当たりがございますか? 雫型のルビーのピアスなのですが……」


 硬い表情のままティアナに視線を向けたノルベルトは、重圧感のある声で話す。


「お前の高祖母にあたるティルラ様の話はマグダレーナ様から聞いたことがある」

「マグダレーナ様……」


 過去に飛ばされティルラの体に入っている時、イーザ国で出会った若いマグダレーナの姿を思い出して、ティアナは掠れた声でつぶやく。


「そうだ、マグダレーナ様はティルラ様の後を引き継いでイーザ国最後の国守の魔女となられたお方。マグダレーナ様の館に、きっとあるはずだ――」


 そう言ったノルベルトの声は、なにかを知っているような陰りを帯びていた。

 そのことには気づかないティアナは、ノルベルトのはっきりと言い切る口調になんの疑問も抱かずに、ピアスの手がかりをつかめた事だけに喜んで執務室を後にした。



  ※



 馬車を降りてからのティアナの様子が気になっていたジークベルトは、国王の執務室の側の廊下の出窓に腰かけてティアナを待っていた。

 はじめはレオンハルトとの別れを惜しんでいるのかとも思ったが、どこか上の空で、それでいて胸の内になにか大きなものを抱えたような決意に満ちた瞳をしていた。

 レオンハルト以外のことでなにかあるのではないかと気づいたジークベルトは、ティアナのことが心配で放っておけなかった。

 ティアナが執務室に入ってからしばらくして、執務室を出てこっちに歩いてきたティアナに気がついたジークベルトは、窓に寄りかかっていた腰を浮かす。


「ティア」


 自分を見つめる翠の瞳には先程までの寂しさや迷いが消え、確かな希望に輝いている。

 だが、ジークベルトに気づいたティアナは足を止めずにわずかに歩く速度を落としただけだった。


「ジーク、どうしたの? 私、少し急いでいるから話なら歩きながら聞くわ」

「おい、ティア。どこに向かっている?」


 ティアナの様子がおかしいことに気づいて、ジークベルトは急くように歩き続けるティアナの腕を掴んだ。


「――っ」


 腕を強く引かれて振り向く形になったティアナはその瞳を大きく見開き、背をあざやかな銀髪がさらさらと波打った。

 ジークベルトに行き先を告げるかどうか一瞬迷い、ティアナは観念したように肩を揺らして吐息をもらす。


「マグダレーナ様の館よ」

「レーナの……?」


 ティアナの言葉にジークベルトが息をのみ、眉根にぎゅっと皺を寄せる。


「探し物があって――」


 そこで言葉を切り、ティアナは思案げに顔を曇らせて、小さな声で言う。


「ルードウィヒが――ロ国にも姿を現したのよ。記憶喪失の私の前に何度ね。そして言ったの、恋人の形見を探している、それを私が持っているって」


 苦しげに顔を歪ませたティアナを、ジークベルトがゆっくりと追い越して歩き出す。


「その形見ってのが、レーナの館にあるのか?」


 肩越しに振り返り尋ねるジークベルトを慌てて追いかけ、ティアナは横に並んで大きく頷いた。


「ええ、お父様に尋ねたら、おそらくマグダレーナ様の館にあるだろうと」

「レーナの館に――俺も一緒に行こう」


 ジークベルトの言葉に強く頷きかえす。横に並んで歩いているだけなのに、背の高いジークベルトとは歩幅の違いでティアナは小走りでジークベルトを追いかけた。



 時空石の試練で飛ばされた七十七年前、そこでの出来事をティアナから聞いた時からずっと、ジークベルトは気がかりがいくつかあった。

 一つは、ティアナの前に現れたという魔王メフィストセレス。滅多に人前に姿を見せない魔王が、なんのために姿を現したのか疑問だった。

 そして思い出したフルフルの言葉。


『魔界は今、混沌と化している。魔界の混乱は、いまに人間界にも影響が出るだろう……』


 短期間の間にいろんな出来事があってすっかり忘れていたが、魔界で何かがおこりつつある。

 そして、ティアナに契約の刻印を押した森の魔法使いは、亡国ホードランドの皇子であり、魔王と人間との混血児だということ。

 魔界の混乱、魔王が姿を現したこと、魔王と人間の息子――魔界に関係したこれらのことが、人間界で起り始めた異常気象となにかしら関係があるように思えて仕方がなかった。

 だからジークベルトはイーザ国に戻り次第、魔界について調べるつもりでいた。

 帰途、ティアナが川に流されると言う事故にあい気が動転してしまったが、ティアナ捜索の手配が整うのを見届けたジークベルトは、すぐに魔界について詳しい知人に手紙を送り、独自に調査を始めた。

 おまけに行方の掴めたティアナから、ルードウィヒがロ国にいるティアナの元に何度も姿を現したと聞いて、彼がそこまでティアナに執着することに疑問を抱く。

 俺は、何かとんでもない勘違いをしているのか――?

 ジークベルトは自分の胸の中に生まれつつある疑念に、ぎゅっと眉根を寄せる。

 情報がすべてそろわないと自分の推測に確信が持てなくて、不確かな情報でティアナを不安にさせたくはなくて、ジークベルトは口をきつく結んだ。




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