第27話 再びの試練
思いもよらない形で試練を言い渡され、ティアナは驚愕して声も出ない。
『わしら三人の中から“風の鍵”を所持している守護者を選ぶのじゃ』
思いもよらなかった、だけど試練を言われることを予想していなかったわけではない。
“時の鍵”の時のことを思えば、三択または二択ならば、それほど難しくはなさそうだ。
そういえば――
長老ダミアンの言葉に「これが試練?」と首を傾げてしまいそうだったが、思い返してみれば、時空石の時も似たような内容だったなと北欧の森で出会ったヘンリーとメアリアの言葉を思い出す。
『試練とは――九十九の中からたった一つの本物を見つけること』
いくつかの中から一つを選ぶという形式は一緒のようだ。簡単のようで難解な試練。間違えば罰が科せられる。
北欧の森の奥深くの洞窟に案内された時も、こんな無数の数から本物を一つ選ぶなんて至難なことだとジークベルト嘆いていたことを思い出して、ティアナは苦笑いを浮かべる。
そうなのよね、簡単そうで実は……
思考に浸りながら、ティアナは「でも」と心の中で呟く。
あの時、私は一目見ただけで時空石がこれなのだと分かった。
紫色の輝きの丸い石。とげとげしい形の石。抱えきれない程大きなブルーの石。灰色でごつごつした石。まばゆい虹色の輝きを見せる石。
その中で、周りの石の輝きに埋もれるように並ぶ瓢箪型の淡い翠色の石に一瞬にして心を奪われていた。九十九の石のほとんどが冴え冴えと鮮やかな色をしている中で、ぱっとしない色、輝きもなく、どちらかといえば地味な石だったにも関わらず。
そう考えて、つい最近、同じ気持ちになったことを思い出す。
見た瞬間、心を奪われた。懐かしいような切ないような複雑な感情をティアナは経験していた。
思考を巡らせて、それがいつなのか思い出す。
あ――っ!!
上空を霧に囲われた森と草原に立つユリアン。その額に揺れる水色のアクセサリー。
確信はないが、自分の勘を信じて見たいと思った。
ティアナは口を開きかけ、思いとどまって言葉がつまる。ちらっと横を見やれば、そんなティアナの様子に気づいたジークベルトが勇気を後押しするように水色の瞳を強くきらめかせてティアナの視線に頷き返してくれた。
「風の鍵は、ユリアン様が持っています。その額につけた石が風の鍵です」
わずかに迷いをにじませて、しかしはっきりした口調で言ったティアナに、無表情のユリアンの口元がほんのわずか微笑んだように見えた。
「正解です。私が持っていることだけでなく、これがそうなのだとまで分かるのなら、あなた様は真に世界の鍵に選ばれし者なのでしょう」
相変わらずざっくりと濁した喋り方をされて、緊迫した空気を壊されて肩透かしを食うが、自分の勘が間違っていなかったことにティアンはほっと安堵のため息をつく。
「まぁ、これだけ目立つように付けているんだから、誰でも分かるでしょうけどぉ~」
うふふっと笑って言うミュリエラの言葉も緊張感をどこかへと吹き飛ばしてしまう。
それならば、試練をする意味はあったのでしょうか――? とか、聞きたい気持ちもやまやまだが、ここはあえて突っ込まないことにしようと、ティアナは決める。
「そんなふうに言っては身も蓋もないが、おまえさんが世界の鍵を持っているからわかったことじゃ、自信をもて」
ふっふぉっふぉっと白髪交じりの髭を撫でながらダミアンが豪快に笑う。
「実は私にもわかっておりました。谷でお会いした時から、あなた様が世界の鍵を持っていることは。この風虎石が囁いていましたから」
言いながらユリアンは額にさげた水色の石に触れ、そっと額から外すと、ティアナの側に寄り、手のひらにそっと握らせた。
「どうぞ、私の代わりに風虎石のご加護があなた様に降り注ぎますように――」
祈りを込めた言葉と共に託された風の鍵を、ティアナは大事に握りしめた。
※
「これで集まった鍵は三つということじゃな?」
無事に風の鍵を守護者であるユリアンから受け取ったティアナ達は、これからのことについてダリアン達と話しあっていた。
「はい。水の鍵はジーナ――守護者である魔女がこの土地まで持ってきてくれることになってます。土の鍵は情報がなく、木と影と光の鍵は魔界にあるんですよね?」
「ええ、木と影と光の鍵については私達もそう把握しています」
「土についてはちと、わしらも情報がなくて困っているんじゃよ」
「ジーナが土の鍵の情報を集めながらこっちに向かってくれると言うので、それでもダメなら魔界にあると考えるべきでしょうね」
ミュリエナが退出し、ジークベルトとユリアンとダミアンの三人の会話が広げられる。魔界がらみの話ではティアナ達に口を挟むことはできず、黙って情報整理するだけだった。
ジーナが持ってくる“水の鍵”を入れても世界の鍵はやっと四つ、まだ半分にしかならないのだと考えると、気分が重くなってしまう。
「しかし、こうして見ても鍵に特徴はありませんね。それぞれ形はバラバラですし……」
瓢箪型の淡翠色の時空石。三角型の水色の風虎石。涙型のルビーの火の鍵。
何か手掛かりはないかと、揃った三つの鍵を眺めてユリアンが呟く。
「一つ、聞いてもいいだろうか?」
ユリアンと同じく鍵を眺めていたティアナは、ダミアンの問いかけが自分に向けられていると気づいて、ぱっと顔をあげる。
「はい、私で答えられることでしたら」
「わしが知る限り、これはアヤツが持っておったはずのものじゃ。じゃがアヤツは失くしたと言い張っておった。ここにあることも不思議だし、お前さんが持っている経緯も解せんな」
眉間に深い皺を刻んだダミアンがティアナを見つめる。肝心なところをぼかしているが、ダミアンが言う“アヤツ”が誰なのか、この場の誰もが理解していた。
森の魔法使いルードウィヒ――
彼が持っているはずの火の鍵をなぜティアナが持っているのか――
ティアナ自身も謎である。
「すべてをお話しするのはとても長い時間がかかってしまいますし、私にも正直分からないのです。ただ、彼はこうなることを予見していたのではないでしょうか」
率直な気持ちを言ったティアナに、ダミアンとユリアンは同時に頷く。
「そうですね……、あのお方は我々魔法使いよりも強力な魔力を持っています。そう考えて間違いないでしょう。それに、あなた様が火の鍵を持っていなければこうしてここに三つの鍵が揃うこともなかったでしょう」
ユリアンの意味深な言葉のすべてはティアナには理解できなかったが、これがルードウィヒの思惑通りなのかもしれないと感じた。
ジークベルトも同じように感じ、ルードウィヒの手のひらで転がされているようで気分は良くなかったが、火の鍵が駒として手元にあることはこの上もなく安心できることだった。
あのひねくれ者の魔法使いは、話しても一筋縄ではいかないと思っていたからな。どうやって火の鍵を出させるか悩んでいたが、その手間が省けたのはよしとするか……
魔法使い達の会話の中に、魔法使い同士にも繋がりや上下関係、相対する関係があることを垣間見たレオンハルトとダリオは胸のつまる思いだった。
「おまえさんはアヤツの持ち駒ということか……じゃが、アヤツの気配がここしばらく前から薄れておるのは、気がかりじゃ……」
ぼそっともらされたダミアンの言葉は、それぞれ自分の思考に入り込んでいたジークベルト達には聞こえなかったが、すぐ側に座っていたティアナだけには聞こえていた。
ルードウィヒの気配が薄れている……?
それはどういうこと……?
世界の鍵がもうすぐ半分揃い、世界の危機を打開することが出来ると思った矢先。
ティアナは胸騒ぎを抱えて、ぎゅっと強く拳を握りしめた。




