第26話 静けさのむこう
ユリアンの案内で森を進み、開けた場所に魔法使い達の隠れ里はあった。
地図にも載らない国境の険しい山々に囲まれた霧の濃い谷間、そのさらに森の奥にあるのでは、簡単に人が立ち入ることはできない。まさか、こんな場所に人が住んでいるなど思いもしないだろう。
ティアナ達が里に足を踏み入れると、どこからともなく里人が現れ、先頭を歩くユリアンに皆が気さくに声をかけていく。
「おかえりなさいませ、ユリアン様」
「おかえり、若長。その方達がお客人かい?」
「ええ、歓待してさしあげて下さい」
無表情だが澄んだ瞳をわずかに和ませ、落ち着いた口調で言うユリアンに里人は笑顔で頷き返す。
里に足を踏み入れたことに警戒されるよりはましだが、好奇の視線であちこちから見られるのは少しいたたまれなかった。
長老の待つ部屋へと案内されたティアナ達は、見た目九十歳ほどの魔法使いと三十代程の美人魔女とユリアンの三人と向かいあって座った。
「こちらは長老のダミアン様、私の叔父にあたります。彼女はミュリエナです」
長老と紹介されて、ユリアンが若長と呼ばれていたのに納得する。
紹介されたダミアンは白髪交じりの顎髭を揺らして微笑み、叔父というだけあってどこかユリアンと似ている。
「あなたが……」
意味深に口を開いたのは、ミュリエナだった。うっとりとするような妖艶な笑みを浮かべて向かいに座るジークベルトに好奇に満ちた瞳を向ける。
「ジークベルトね?」
にんまりと浮かべた笑みは美しいのに、なぜかジークベルトはこめかみを引きつらせて答える。
「どこにでもいるような魔導師のジークベルトです。あなたですね、手紙に書かれていたジーナの知り合いの魔女というのは」
「うふふ、そうよぉ~。ジーナにはとてもお世話になったけど、久しぶりの手紙だったし、その内容には驚いたわぁ~」
親しげに話すジークベルトとミュリエナを周りの五人は呆然と見つめ、会話を打ち切るようにコホンっとユリアンが咳払いを一つする。
「昔話に花が咲いているとこを申し訳ないが、早速本題に入らせて頂きたいのだが……」
穏やかだが無表情のユリアンがそう提案し、ジークベルトがうっと言葉に詰まる。
ユリアンとミュリエナの言葉にいろいろ言い訳と訂正をしたいところだが、あえて突っ込まないことにした。横で何か言いたげに自分を見つめてくるティアナの視線には気づいていたが、気づかないふりをしてユリアンに向き直る。
「そうして下さい……」
ふぅーっと細い吐息をもらし、ジークベルトの湖面を思わせる水色の瞳に鋭い輝きが宿る。
「手紙を読み、こうして俺達を里に招いて頂いたのならだいたいの事情は分かっているということですよね? 単刀直入に言います。いま、光の王の力が弱まり世界終焉の危機にあります。それを回避するために俺達は世界の鍵を探し、ここに“風の鍵”があると知人の魔女から情報を得て来ました」
それまで静かにジークベルトの話を聞いていた三人の表情が“風の鍵”という単語を聞いてわずかに顰められる。
「鍵を――渡していただけますか?」
横で聞いていたティアナもレオンハルトもダリオも、ジークベルトの話した内容は本当に単刀直入に用件だけをずばりと言っていて、そんな言い方で鍵を渡してもらえるのかとも不安に思ったが、自分たちよりも魔法使いや魔女が現状を理解していると予めジークベルトやニクラウスに言い含められていたので、これでいいのだろうとどこかで納得する。
ジークベルトの話に度々出てくる知人の魔女ジーナとミュリエナが知り合いのようなので、ジークベルトからジーナに、ジーナからミュリエナへと話が伝わっているのだろう。
「確かに、魔法使いや魔女が人間よりも事情は理解しているわぁ~」
「我々もこのところの異常気象には何かしらの対策をと考えています」
「魔界にもたびたび足を運んで状況を逐一掴んではいるしね」
ユリアンの言葉に付け加えるようにミュリエナが言い、ユリアンは静かに頷く。
「この状況で、なにが必要なのかは分かっているつもりです、あなた方が探しているものも――この里にあります」
言葉を濁しつつも、ユリアンははっきりと“風の鍵”がここにあると断言した。
ジークベルトが予想した通り、“時の鍵”を守護する魔法使い達がいたように、他の鍵にも――“風の鍵”にも守護者がいて、この里人達がそうなのだ。
そう確信を得たティアナはジークベルトに視線を向け、その視線を受けてジークベルトは力強く頷く。だが。
「でもね、だからと言ってはいそうですかって渡すわけにはいかないのよねぇ~」
口調は明るいのに一線を引くようなミュリアンの言葉に、ダリオが怒気に瞳を揺らす。
「なっ……」
怒りに任せて口を開こうとしたダリオをティアナが制し、ダリオはぐっと拳を握って舌打ちした。
そう簡単にはいかないか――
“時の鍵”であった時空石を手に入れる時、無理難題な試練を受けさせられたジークベルトとティアナは心の中でこの展開を予想していて、それほど落胆の色を見せなかった。レオンハルトも記憶はないが、アウトゥルとフェルディナントからさんざん話を聞かされていたので、そういうものなのだろうと理解できた。
今度はどんな試練を言い渡されるのだろうと、恐々と想像して自分の思考に入り込んだティアナ。どう取引しようかと考えあぐねるジークベルト。成り行きを見守るレオンハルトとダリオ。
広がった沈黙を破ったのはそれまで一言も口を開いていないダミアンの言葉だった。
「そう身構えなさんな。なに、簡単なことさ。わしら三人の中から“風の鍵”を所持している守護者を選ぶのじゃ」
“風の鍵”を誰が所持しているか、それを当てるだけでいいと言われて誰しもが面食らう。
おまけに、この里の中からではなく三人と人数まで限定され、三択――否。
この場合、一魔女が持っていると考えるよりも、長老か若長が持っていると考えるのが妥当だろう。 それならば二択、か……
ぼんやりそんなことを考えていたティアナは。
「おまえさんが選ぶのじゃ」
穏やかな口調で言ったダミアンの皺の刻まれた指でびしっと指される。それが自分の体にまっすぐ向いていることに気づいて、ティアナは驚愕した。




