第22話 旅は道連れ
カチャ、カチャっとティーカップやポットがローテーブルの上に置かれるのを静かに見待っていたティアナは、すべての準備を整えて一礼して下がっていく女官を見送ってからダリオに尋ねた。
「それで、ダリオ様はどのようなご用でドルデスハンテ国へ? 条約のことでレオンハルト様に会いに来たのですか?」
そう尋ねながら、ティアナはダリオがこの部屋に入ってきた時の言葉を思い出す。
そういえば『手紙を読んで』とおっしゃっていたけど、私、ダリオ様に手紙なんて書いたかしら……? ロ国に出したのはニコラへの手紙だけのはずだけど……
そこまで考えて、はっとする。
もしかして――
「ハレムのニコラ宛の手紙を読ませてもらった」
ティアナがニコラへ書いた手紙はエマとダリオが読んだ後、しっかりとニコラへと届けられた。そのため、あえてダリオは謁見でエマの元に手紙が舞い込んだとは説明しなかったが、仮にも一国の姫であるティアナは謁見で手紙がダリオの元にいったことに思い当たっていた。
「そうですか……」
ニコラに宛てた手紙は、今起きている異常気象の原因について、魔界の混乱、世界を救うために必要な“世界の鍵”の行方についてが簡潔に書かれ、鍵探しのための協力を仰ぐ内容だった。
各地の異常気象について各国が協力を仰ぐ中、世界の鍵だけが世界を救えるかもしれないという情報は、まだごく限られた者しか知らない。ウクスであるニコラよりも一国のスルタンであるダリオに知らせるべき内容なのかもしれない。
だが、まだ公にできることではない。これは世界を揺るがす重大な内容であると同時に、有力な手掛かりではあるが信憑性にかける――
世界の鍵がどこにあるかも分からず、必ずしも世界を救うことができるという保証はない。
魔法使いがおらず魔法に縁がなかったが今では魔導師が存在するドルデスハンテ国よりも、更に魔法とは縁のないロ国の者に、魔法うんぬん、魔界うんぬんの話が通用するとは考えにくい。
ダリオに知らせなかったことを申し訳なく思いながらも、自分の判断が間違っていたとは思わないティアナは、複雑な表情でダリオを見つめ、次の言葉を待った。
「……よい、私を一番に頼ってくれたのなら嬉しかったが、話せないお前の立場も理解しよう」
そう言って瞳に甘い輝きを浮かべて不敵に笑ったダリオは、すっと一通の手紙を懐からだし、ティアナに向けて机の上に置いた。
「ニコラからの返事だ」
「まぁ……」
ティアナは小さく呟いて、手紙を受け取って封を切る。
そこには協力を惜しまないという言葉と、各地にいる魔女の情報が書かれていた。これで少しは鍵探しの旅に前進して、ティアナは心から嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます、ダリオ様。わざわざ手紙を届けて下さるなんて」
ニコラに手紙を出してからまだ九日しか経っていない。普通に手紙のやり取りをしていたら、まだこの手紙はティアナの手元には届かなかっただろう。
ダリオが馬を駆ってこうして届けてくれたから、早くに情報を得ることが出来たのだ。
ティアナからニコラの手紙を渡されたジークベルトはざっと手紙に目を通し、いつの間に東の魔女の家系とやりとりをしていたのかと、片目をすがめてティアナを眩しそうに見つめる。
「ティア、こっちにも連絡が届いているかもしれない。ちょっと、行ってくる」
「えっ、ジーク……?」
ティアナの止める声も聞かず、ジークベルトは足早にサロンを飛び出していった。
行く――って、きっとふくろう小屋よね。今度行く時は私も連れて行ってもらおうと思っていたのに……
いまだに本物のふくろうを見たことがないティアナはそんなことを考えて子供のように頬を膨らませる。
その様子を見ていたダリオは、一度はおさまっていた胸のもやもやが再び広がっていく。
“ティア”“ジーク”――
その親しげな呼び名に、心が締め付けられる。
ジークベルトが出ていった扉を頬を膨らませながら見ていたティアナは、ダリオに向き直り、無邪気な笑顔で尋ねる。
「ダリオ様は、この後すぐに国に帰られるのですか? それともレオンハルト様と条約の話をなさるのかしら?」
ティアナに話を振られたダリオは、ぎゅっと眉間に皺を寄せて感情の籠らない冷たい口調で答える。
「私はただ手紙を届けに来たわけではない」
ダリオがただ手紙を届けるためだけに来たのだと思いこんでいるティアナに、ダリオはもどかしくい想いを抱えてしようがなかった。
純粋にまっすぐ向けられるティアナの翠の瞳が今は眩しすぎて、視線をそらす。
「やはり条約の話があるのですね。せっかくいらしたのですからお茶をご一緒に――と誘おうと思ったのですが……」
机の上にはティーカップの他に中央に菓子入れが置かれ、そこにはドルデスハンテ国のお菓子が綺麗に並べられている。
ジークベルトはふくろう小屋へといってしまったが、せっかくだからダリオと一緒ティータイムにしようと思って誘ったティアナだが、不機嫌な様子を露わに手紙を届けに来たわけではないと言うダリオを、お茶に誘うのは失礼なのではないかと、思いとどまる。
一人でティータイムだなんて寂しいけど……
「公務があるのですよね。引き止めようとして申し訳ありません」
寂しげな笑みを浮かべて謝るティアナを横目でちらっと見たダリオは、先ほどよりも冷たい口調で言う。
「公務ではない――」
「えっ、あっ……条約のことでいらしたのではないのですか……?」
ダリオの言葉に困惑を隠せずに、ティアナの言葉はだんだんと小さくなり、ダリオから視線を手元のティーカップに落とす。
触れたティーカップはすっかり冷めてしまい、ダリオのカップに視線を向けるとそこには手つかずのまま冷めてしまったお茶の水面が天井を映している。
せっかく女官が用意してくれたのだから、冷めてしまったがお茶とお菓子を頂こうと思うが、黙り込んでしまったダリオが気になる。
静かな口調とそらされた視線から、ダリオが不機嫌なことをティアナは感じ取っていたが、なぜダリオの機嫌が悪くなったのか分からず、ティアナも黙りこんでしまう。
両手でティーカップを包むように持ち、カップに視線を落とすティアナを、ダリオはもどかしい気持ちで見つめ、ぼそっと呟くように口を開く。
「……も……ために……」
「えっ……?」
あまりに小さな声で聞きとれずティアナは思わず聞き返してしまったが、いまだに横を向いたままのダリオは顎に手を当てて口元を隠し、瞳は不機嫌そうに一点を睨んでいる。
「すみません、よく聞こえなくて。なんとおっしゃったのです……?」
いくら待ってもダリオがなんと言ったか教えてくれそうになく、ティアナは恐る恐る尋ねる。
「あの……ダリオ様……?」
ティアナの質問にもこっちを見ようとしないが、ダリオの顔がだんだんと赤くなっていくことに気づいたティアナは、ほんの少し目を見開く。
「……っ、世界の鍵探しに私も同行するために来たっ……」
一息に言い切ったダリオは鋭い視線でティアナを見た後、横を向いて手のひらで顔を覆って隠してしまった。
すらりと長い指で表情は見えなかったが、指で隠されていない耳が真っ赤なことに気づいて、ティアナはふわりと口元を綻ばせる。
ダリオがなんの理由もなく突然不機嫌になるような――噂されているような冷酷な氷のスルタンではないと知っているから、ティアナはダリオがなぜ不機嫌なのか、きっと理由があるのだろうと思っていた。
でも、それは間違いだと気づいて、ティアナの胸に温かい気持ちがあふれてくる。
ダリオは不機嫌だったのではない。
世界の危機に立ち向かおうとしているティアナを心配してロ国から駆けつけ、だがそんな情動的な感情を知られないように――照れかくしで不機嫌に見えただけだったのだ。
「……っ!? なにを笑っているっ!」
ダリオは鋭い口調で言いティアナを睨むが、その顔は真っ赤で、ティアナは口元に手を当てるがくすくすと笑い声がもれてしまう。
「いえ、なんでもありません」
だって――
ダリオ様がとても可愛らしく見えただなんて、言ったらきっと怒るでしょう――?
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