第2話 もどかしい想い
「ティアナ様? どうかなさいましたか?」
考え事をしながら歩いていたティアナはレオンハルトに声をかけられて、はっと顔を上げる。
そこには澄んだ空色の瞳を瞬かせ、気品に満ちあふれたレオンハルトが立っていて、ティアナは瞠目する。
「あっ……レオンハルト様……」
すでに馬車のそばまで戻ってきていたことに気づき、レオンハルトからふっと視線を馬車に向ける。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
視線をそらしたまま小さな声で言ったティアナは、レオンハルトを振り返ることなく馬車に乗り込む。
ティアナのぎこちない空気を敏感に感じ取ったレオンハルトは、何か声をかけようとして、ぎゅっと唇をかみしめる。
友人の関係でいい。異性として好きでいてくれなくてもいい。側にいてくれなくてもいい。だからせめて、澄んだ輝きのある瞳には本当の自分を映して欲しい――そう願った。
ティアナの側にいても災いを振りまくばかりで守ることも出来ないことを歯がゆく思い、ティアナに本当の想いを伝えるのは、もっと立派な王子になりティアナを何者からも守れる強さを手に入れてからだと心に誓った。
そのために、各地に起る異常気象の原因を究明し平和を取り戻すために、朝も昼も夜も執務室に籠った。ティアナが行方不明と聞き胸がつぶれる想いがしても、平静を装い、情報を集め続けた。それなのに未だ原因は掴めず、国同士の協力体制を整えることくらいしか思いつかなかった。
そんな時、足を向けた星砂漠でティアナと再会し、愛おしい気持ちが溢れだした。
ダリオに婚約を破棄するように言われて、ティアナを誰にも渡したくないと思った。
その強い感情が胸の中で暴れまわり、今にも口をついて言ってしまいそうで、レオンハルトはティアナから視線をそらした。
ティアナ様、すべてが片付いた、その時には――
胸の内にたぎる想いを抱え、切なさに心が締め付けられた。
※
お互いがお互いから視線をそらしたまま馬車は進み、イーザ国の王城へと辿り着く。
結局、王城に着くまでの間、ティアナとレオンハルトは一言も話さず、気まずい雰囲気のまま馬車を降りた。
「ティアナ様」
城の中へと歩き出したティアナは、名前を呼ばれてびくっと肩を震わせる。
ゆっくりと振り向いたティアナは、レオンハルトが群青色の瞳に凛とした輝きをきらめかせているのを見て、はっと息を飲む。
「私はここで、失礼します。国王にはいずれ正式な訪問をさせていただきますとお伝えください」
腰を降り、優雅な仕草で一礼したレオンハルトは、一瞬、哀しげに瞳を揺らし、馬車の中に乗りこんでいった。
ティアナは呆然としたまま走り出した馬車を見送り、その姿が見えなくなってもまだ、そこに立ちつくしていた。
厩に馬を入れてきたジークベルトは、そんなティアナを見て眉根を寄せる。
「ティア?」
戸惑いがちに声をかけ、反応がないのを見てふぅーっと肩で大きな吐息をつく。
ティアナの瞳が寂しげに揺れているのに気づいて、ジークベルトはティアナの肩を優しく叩いた。
「王子は今、各国との条約に駆けまわって忙しいんだろう。そんな顔しなくても、すぐに会えるさ」
レオンハルトとの別れを惜しんでいるのだろうと思ったが、ティアナは俯いてふるふると横に首を振ると、ぱっと顔を上げて王城へと歩き出した。
※
まさかこんなにすぐ別れの時が来るとは思わず、ティアナは自分の行動を後悔する。
避けるような態度をとったせいでレオンハルトとギクシャクしたまま別れることになってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だけど、ティアナはそんな自分の感情を外に追い出して、今一番やらなければならないことに集中することにした。
ルードウィヒが探していると言った、ティルラのルビーのピアスを見つけだすこと。そして、ティルラとの間にある誤解を解くために、ルードウィヒに会わなければならない。
ルードウィヒの復讐の炎を燃やし、世界のすべてを憎むような、悲愴な陰りを帯びる瞳を思い出して胸が苦しくなる。
放っておくことは出来ない。過去に囚われて、心を傷つけていくのを見ていられない。
『確かにピアスは君の持ち物だ――』
ルードウィヒはそう言っていた。つまり、ティルラの形見のピアスは今もまだイーザ国のどこかに存在するということだった。それを探し出すことが自分に託された宿命のように感じて、王城の奥へと足を急がせた。
国王の執務室に入ると、父王ノルベルトは執務机に座り側近のコルネリウスなにかを話しているところだった。
「お父様、失礼致します」
扉の側で立ち止まったティアナはドレスの裾を持って優雅に一礼し、腰を折ったまま言う。
「ただいま帰国致しました。言いつけを守らず、勝手に城を抜け出したこと、反省しております」
ドルデスハンテ国の城に着いた時に送った謝罪の文に父王からの返信はなかった。その後、帰国の途中で行方不明になったことも、ロ国で無事に見つかったことも、すべて連絡を受けていることは知っていたが、ティアナは自分の口からすべてを説明する義務があった。
ピアスの行方を聞きたいと急く気持ちを押さえて、父王の許しを請うために、ことさら丁寧に謝罪する。
ノルベルトは手にしていた書類を机に置き、ティアナに視線を向けた切れ長の鳶色の瞳に陰りを帯びる。
「よい、城を抜け出したことはお前がいない間にイザベルとジークベルトより話を聞いた。お前のことを思っている二人に免じて、今回は許そう」
「えっ……」
「着替えて、城のみなにも元気な姿をみせてあげなさい」
「あっ、はい……」
激しく怒られ、舞踏会の時のように塔に閉じ込められる覚悟もしていたティアナは、あまりにもあっさりと許されて拍子抜けしてしまう。
これで話は終わりとばかりに、ティアナから視線を書類に戻したノルベルトの態度に、そのまま部屋を出ようとして、ティアナははっとして顔を上げる。
「お父様」
ティアナはすっと背筋を伸ばし、真摯な眼差しでノルベルトを見つめる。その瞳にはどこか強く、そして切ない光が揺れていた。
凛とした声音に、ティアナに視線を向けたノルベルトはゆっくりと動きを止める。
「どうした? まだ何か話があるのか?」
「はい。お父様にお聞きしたいことがございます」