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第15話  世界の鍵 2



「すみません、レオンハルト様。一緒に来ていただいて」

「いえ、私が行くと言ったのですから、気にしないで下さい」


 月毛の馬にまたがったティアナとレオンハルトは西門から王城を抜け北西へ馬を進め、北欧の森を進む。

 以前、この森に来たのはどちらも月の綺麗な夜だったことを思い出して、ティアナは口元に儚い笑みを浮かべる。

 世界すべてを包むような闇、越えることを許さない連峰にはしんしんと雪が降りつもり、夜空にぽっかりと黄金に輝く月だけが輝いていた、あの夜――

 ルードウィヒとティルラの運命は分かたれた、哀しい誤解とすれ違いの未来を残して。

 二人が生まれ育った亡国のホードランドの地である北欧の森に足を踏み入れたティアナは、二人のことに思いをはせ胸が切なく締めつけられた。

 昼間の北欧の森は鮮やかな蒼翠の若葉が滴るように輝いている。光をあつめてはきらきらと反射する若葉は明るく輝き、ここでたくさんの血が流れたとは思えないほど鮮やかな緑が目に眩しかった。

 若葉の萌ゆる森をティアナの案内で奥へと進み、時空石を守る“自称”守護妖精であるヘンリーとメアリアのいるであろう洞窟を目指す。時空石を狙う盗賊対策の魔法のためか、方向感覚が狂う場所と言われているが、洞窟まで一度行き、また七十七年前のこの土地を知っているティアナは迷うことなくレオンハルトを案内し、奥へと進んでいく。ヘンリーとメアリアに会い、時空石について話を聞くために。

 爽やかな風が吹き抜け、さやさやと若葉が揺れる森の中を進む二人の前に、「ババーンッ!」といつかも聞いた効果音と共に白い煙と、その中から猫のような三角の耳や長い尾、しかし猫ではないと思わせるボールのようにまんまるの体、その背中には羽のような小さな白いものが生えた自称守護“妖精”が現れた。

 右手にいるヘンリーは「どうだ」というように胸を張り、誇らしげな顔をしている。その横に愛らしい表情のメアリア、そして……

 ティアナはゆっくりと振り返り、馬上のレオンハルトの表情を見る。

 レオンハルトは群青色の瞳を瞠目に大きく見開き、突然目の前に現れたずんぐりむっくりとした二匹を見つめ固まっている。その様子を見てティアナは苦笑する。この二匹を目の前にして驚かない人なんていないと思っていたが、驚いた時でもレオンハルトがこんなに優美な笑みを浮かべたまま瞳だけが驚いていることに、ティアナはほぅっと吐息をもらす。


「ふん、ひさしぶりだなぁ、ティアナ」

「ごきげんよう」


 尊大にふんぞり返るヘンリーとちょこんとお辞儀するメアリアに、ティアナはにこりと笑みを向ける。


「久しぶりですね、ヘンリー、メアリア。今日はあなた達に会いに来たのですよ」


 レオンハルトはちらちらと二匹とティアナの間に視線を泳がせていて、振り仰いティアナは動揺が表面に現れているレオンハルトを見て、慌てて二匹を紹介する。


「ええっと……レオンハルト様、こちらがお話ししておりました時空石の守護妖精のヘンリーとメアリアですわ。ヘンリー、メアリア、こちらはドルデスハンテ国のレオンハルト王子よ」

「はじめまして」


 レオンハルトが挨拶するのを見て、ちらっとメアリアがヘンリーに視線を送り、ヘンリーはくるっと向きを変える。


「こっちだ。俺達に聞きたいことがあるんだろぉ」


 緊張感を帯びた口調で言ったヘンリーの背中を見つめ、レオンハルトは馬の手綱を握った。



  ※



 ヘンリーが向かったのは時空石の隠された洞窟ではなく、その手前を右に折れてしばらく進んだ場所だった。そこは緑の蔦やこけに覆われた石柱の立ち並ぶ広場――否、王城跡なのだろう。

 ぼこぼこと歪んだ巨石の床と、ところどころ欠け、傾いた石柱の中央でヘンリーとメアリアはぷかぷかと宙に浮かびながら振り返る。


「異常気象のことは私達も知っていますわぁ」

「お前が来た時……時空の裂け目が出現したと聞いた時点でもっと早く気づくべきだったぁ……」


 馬を下りてでっぱった石に腰を下ろしたティアナは、澄んだ翠の瞳をじぃっとヘンリーに向ける。


「世界終焉伝説を知っているのね……?」


 ゆっくりと動いたティアナの口から出か言葉に、お互いに顔を見合わせたヘンリーとメアリアは重苦しい表情で頷いた。


「ああ……俺達はもともと魔の力を持つものだぁ、世界が別たれた時、俺達一族は時の神の守り手として人間界を選んだぁ――」


 ヘンリー達が魔族に類するものだと聞いてもティアナはなんとなく納得することが出来た。自分が知らないだけで、魔界と人間界が今もつながりを持ち、交わり続けていることに言い知れぬ熱と不安が胸に押し寄せる。

 七十七年前はたくさんいた守護妖精も今ではヘンリーとメアリア二匹だけになってしまったこと、時の神が二界が分離した時に力を使い果たし、力のすべてを分身である時空石に注ぎ込み亡くなったことをヘンリーは語った。


「時空石は時の神の分身でありそのものなんだぁ。意志を引き継ぐ、命の終わりをむかえない神だぁ――そして、ティアナが探している“世界の鍵”の一つだぁ」


 ぎゅっと眉根を寄せたヘンリーがティアナから視線をそらさずに言い、ティアナはごくんと喉を鳴らす。

 自分が何の話を聞きたくてここまで来たのかを知っているだろうとは思っていたが、ヘンリーの方から“世界の鍵”の話題をふってきたことに、ティアナは緊張を隠せずに体に力を込める。


「やっぱり、そうなのね……」


 ぽつっともらしたティアナの声を風にさらわせて、王城の跡かたもなくなった石柱の広場から流されていく。

 ティアナの横に立って話を聞いていたレオンハルトは魔界や世界終焉伝説について多くを知らないために話についていくのがやっとだったが、その単語を聞いて話が本題に入ったことを察して、二匹に意識を集中した。


「“世界の鍵”を集めれば、この異変を終わらせることができる……?」


 王族の教養として魔力の知識を持っているティアナだが世界終焉伝説などあることは知りもしなかったし、現存する人物の中で詳しい話を知っている人間もいない。マグダレーナの手記から得た“世界の鍵を集める”という漠然とした手がかりだけを頼りにそれらをすべて集めると決めた。

 世界を救うだなんて大それたことじゃなくて、王族として民を守るために――

 愛する家族や親友、そして――……

 ティアナはちらっと横に立つレオンハルトを振り仰ぎ、頬を染めて視線を地面に落とす。

 愛する人を守るために、闇の王に対抗できる世界の源たる八つの宝珠“世界の鍵” を探さなければならないという想いが、ティアナを前へと突き動かす。

 魔王も狙う“世界の鍵”探しがどんなに危険なことかは承知の上、なにもしないでなんていられない。

 頼りになるジークベルトの助力も取り付け、“世界の鍵”の当てもあるという。

 でもだけど――

 どこかで不安でしょうがないティアナがいた。真っ暗闇の中、怖さに身を強張らせて、自分で自分の体を強く抱きしめて。少ない情報、手探りの状況に、逃げ出してしまいたいほど不安に襲われる。それを、必死に王族の威厳で隠して平静をとりつくろって――


「世界を救うことが出来る――?」

「ああ、時の神からそう聞いている。カイロスにも聞いてみるといいさぁ」


 ヘンリーの一言で不安で不安で仕方なかったティアナの胸に希望の光がともる。魔界につながりのあるヘンリーの言葉だからこそ信頼できて、そのたった一言で、不安が吹き飛んでいく。

 ちゃんと頑張れそうな自分に、ティアナは周りからは見えないようにずっと服の影で握りしめていた手の力を解いて笑みを浮かべた。




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