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鯖の塩焼き

作者: 森本有介
掲載日:2026/02/21

今回は、短編というより「掌編」かもしれません。

些細な日常のひとコマを書いてみました。

 うちの息子は二十歳の大学生だ。


 けれど献立が魚の日になると、決まって皿を僕の前にそっと押しやる。何も言わない。ただ、それが当たり前であるかのように。


 僕はため息をつきながら、身と骨をほぐす。背骨に沿って(はし)を入れ、腹骨を外し、小骨を一本ずつ探る。皿の上を整え、食べやすい形にしてやる。


 受け取った息子は、何の迷いもなく、きれいに平らげる。


 ――もう、こんなことは嫌だ。


 そう思いながら、ずいぶん長いこと続けてきた。


 そんなある日、息子がぽつりとこぼした。


「解剖の実習が、うまくいかない」


 白衣の似合う年齢になったはずなのに、その声は、どこか昔のままだった。


 そのとき、僕の中で小さく何かが(はじ)けた。


 ――今だ。


「これから解剖の練習と思ってさ、魚を食べる時、自分で身をほぐして食べてみたら?」


 そう言って、やり方を教えた。骨の位置。力を入れすぎないこと。急がないこと。

 まるで手術の助手にでも話すように、ひとつひとつ。


 それから息子は、魚を自分でほぐすようになった。

 ほんの三、四か月前のことだ。


 今、目の前で、鯖の塩焼きが静かに“解剖”されていく。

 箸先は迷わず、骨は正確に分けられ、身は崩れない。


 皿の上に残るのは、整然と並んだ骨だけだ。


 僕の出番は、もうない。


 湯気の向こうで、息子は黙って食べている。


 あんな言い方でよかったのか、とふと思う。


 皿の上の骨は、きれいすぎるほどきれいで。


 僕は、味噌汁をすすった。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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