面影と光
ミアは、ただ“会わなければ”という衝動に突き動かされて、レストランへと足を向けていた。
何を話すのか――謝るのか、それとも顔を見るだけなのか。
それすら定まらないままに。
店についたミアは、「あの…ラズさんですか?」
ラズは、あの頃より、少しばかり苦労が顔の皺に刻まれているが、意思の強さとシェフという誇りをもった端正な顔立ちは、昔のままだ。
「いらっしゃいませ…なにかご用ですか?」
「その……私、昔レイさんに………」
躊躇いを見せるミアの話を遮るように、ラズはレイの名前に反応した。
「レイ?」
レイの名前を聞いて、ラズは少し胸の奥に苦しさを感じた。
「私、ミアって言います」
ラズはその名前をすぐに、記憶から引き出した。
「あっ……もしかして、あのときの…帽子を持っていた子?」
ミアは動揺し、こくんと頷き何も話せなくなってしまった。
「今ね、まだ準備中なの。よかったら、あそこの席座ってて」
その席は、まるでスポットライトのように木漏れ日が揺れる席。
テーブルには「Les deux premiers clients : Ray et Raz(最初の二人のお客様 レイとラズ)」というプレートが埋められている。
店は、壁など一昔前の基調を感じるが、よく手入れされているのがわかる。
何より、このプレートだけは、擦れたような古い傷が少しついているが、ひと際輝いていた。
ラズは、エプロンをキッチンに置き、ミアの正面に座った。
「ごめんなさいね。お名前は、なんて言いましたっけ?」
ラズは、まだ目を見ることができない少女に問いかけた。
「ミアっていいます」
ラズはにっこり微笑み、優しく語り掛けるように続けた。
「そうか、ミアちゃんっていうんだ。あれから元気だった?大きな怪我とかしてなかったの?」
ミアは首で返事をした。
「ミアちゃん……辛かったよね。あんな幼かったのに、ひどい事故を目撃してしまったんだもんね……」
ミアは、目を瞑り無言で首を横に振った。閉じた瞳に涙が滲んでくるのを感じていた。
ラズは、ミアが何故今、自分を訪ねてきたのか一瞬不思議に思っていたが、次第に意味を解いていった。
「ミアちゃん。あれはね事故なの。ミアちゃんが責任を感じることじゃないわ。」
ミアは今にも、泣き崩れそうな嗚咽を漏らしていた。
ラズは、立ち上がりミアの横で肩をさすりながら、言葉を続けた。
「レイはね、困っている人を見ると、動いちゃう人なの。
私もね、昔別のレストランで料理人やってたの。でもね、一旦投げ出したくなっちゃたのよ。もう無理ってね。」
ラズの瞳は過去を遠くみつめていた。
「そんな落ち込んでた時、レイが『レストラン作ろう』って言ってくれた。
きっと、道に迷って困ってた私を救おうとしてくれてたのよね。」
ミアは、顔をあげてラズの優しい顔をみた。
「レイは、困っている人を助ける人。だから、あなたのせいじゃない。レイが選んだ道なの」
優しくも力強く、ミアの心の闇を少しずつ照らしていった。
「でも正直……レイがいなくなったとき、このレストランは一人じゃできないって思った…。
だけどね、レイに言われた気がしたんだ。このレストランを二人の愛だって証明してって。
だから、店は、ちゃんとオープンしなきゃだめだよって」
ミアはラズの気持ちを考えると、再び暗色の心に引き込まれそうになった。でも…。
ラズは、テーブルに差し込む光に手を当ててこう言った。
「きっと、レイはミアちゃんにも言ってると思うよ。
『君を助けたことが、君の幸せになるってこと、ちゃんと証明してね』
ってね」
レイの赦しを代弁したかのようなラズの言葉が、ミアの心に巻かれていた黒い鎖を、砕き溶かしていった。
ここに来て本当に伝えたかったことが、涙をなって、とめどなく溢れてくる。
「ごめんなさい…」
小さく放った言葉は、次第に感情とともに大きくなっていく
「ごめんなさいっ! ラズさん、本当に……本当に……私……私だけ……ごめんなさい…」
両手で顔を覆ったミアの肩を抱き寄せ
「大丈夫。ミアちゃん。謝らなくて大丈夫だから。」
ミアは、ラズにしがみつくように、大声で泣きじゃくった。その声が響くたびに、ミアの心に光が灯っていく。
背負う必要のない架空の贖罪を涙で洗い流すミアを、ラズはやさしく抱きしめた。




