表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

2-4.先

四月。桜の花びらがまだ歩道に貼りついている頃、藍時は密かに胸を弾ませていた。


二年生になった。今度は迎える側だ。新入生を相手にする――それは自分がついに“先輩”の立場になる、初めての春だった。


大学の新歓――軽い言葉で済まされるが、実際には部やサークルの存亡を懸けた“狩猟の季節”である。


藍時が所属する"トランプ同好会"は、数あるサークルの中でもとりわけ地味だった。いや、正確に言えば、地味であることに心地良さを覚えている奇特な集団だった。


毎年の加入者は、せいぜい一人。藍時は"今年も最低一人"と密かに闘志を燃やした。ビラを刷り、掲示板に貼り、講義の後方でそっと配った。だが結果は――


新歓コンパに来たのは三人。一人は"最後にトランプを触ったのは小学生"と笑い、もう一人は"UNOは含まれますか"と真顔で尋ね、最後の一人はスマホから目を離さなかった。どう見ても“タダ飯狙い”だった。


四月も終わりに差しかかったある午後。藍時は学生会館の片隅にある同好会室へ向かった。狭く古びた部屋だが、トランプを切る音だけが心地よく響く、自分の小さな居場所だった。


ドアの前に、見知らぬ青年が立っていた。


 ここ……トランプ同好会で合ってますか?


整った口調だった。黒髪をきちんと分け、目立たない服装なのに、妙に人目を引く雰囲気を纏っている。海都――そう名乗った青年だった。


その日は藍時一人しかいなかった。


 あ、上がる?……いや、どうぞ上がってください。


口がぎこちなくなったのは、自分が“先輩”であることを意識したからだろう。海都は小さく"失礼します"と言い、腰を低くして部屋に入った。


それから、会話は途切れることなく続いた。


神経衰弱、スピード、ポーカー、ナポレオン。ルールの奥深さ、心理戦の妙、そしてゲームの起源――海都の知識は底なしだった。


 あれは、本当は○○朝時代の兵士の間で流行した遊戯が原型で……


 ジョーカーの色には、実は○○という意味があって……


一言一句が藍時の心を掴んだ。まるで風化しかけた好奇心を一つずつ掘り起こされるようだった。


その日のうちに二人はファミレスへ移動し、ドリンクバーとポテトを前に話し込んだ。気付けば深夜になっていた。


数日後。海都は正式に入会した。その場には同好会の会長央太も顔を出していた。


 お、新入りか?


 はい。見学して、入らせてもらうことにしました。


海都が頭を下げると、央太は頷き、デッキから数枚のカードを抜いた。


 じゃあ、いきなりクイズだ。ジョーカーはどうやって生まれた?


試すような語調だが嫌味はない。


海都は微笑み、淀みなく答えた。


 十九世紀のアメリカで流行したユーカーというゲームの最高の切り札――“三枚目のジャック”、ベストバウアーが原型です。その後“ジョーカー”と呼ばれるようになった。語源はユーカーから来た説もありますが……冗談を言う者、ジョークから派生したとする説の方が有力でしょうね。


 ……おぉ、正解。期待以上だな。どうやってそんな知識を?


央太の声には、軽やかだが探るような響きが混じっていた。海都は一瞬、視線を伏せた。


 あ、あ……兄の影響です。昔から一緒に遊んでいて…気づけば深みに。ルールも歴史も、全部兄から学びました。


 へぇ。いい兄貴じゃないか。


央太がそう呟いた瞬間、藍時の胸に小さな棘が刺さった。


――自分がのめり込んだのは“趣味”。彼にとっては“家族の記憶”。


その差が、先輩という立場を揺らがせた。


 とにかく、トランプ同好会へようこそ。変わった奴ばかりだが、よろしく頼むな。


央太が笑い、肩を軽く叩いた。海都は素直に笑った。それから三人の関係は自然に形づくられていった。


藍時と海都は毎日のように顔を合わせ、くだらない話から戦略談義まで尽きることなく語り合った。央太は時折やってきては、ゲームに興じ、終わったあとは三人で飲みに行き、親睦を深めた。


このメンツで繰り返すゲームの中に、奇妙な安定感があった。


――だが。


ある日の帰り際、央太が何気なく漏らした一言だけが、藍時の心に長く残った。


 そういやさ、あいつ……“兄に教わった”って言ったとき、一瞬どもって目が泳いでたよな。


きっと、冗談交じりの軽口に過ぎない。けれど、藍時はなぜか笑えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ