1-3.熱
彼の名は、市川海都、十八歳 。N大学一年生だ。
第一印象は、やけに爽やかで整っている青年。すらりとした体格に、彫りの浅い顔立ち。身長はおそらく百七十五センチ前後。数字そのものには何の意味もないはずなのに、不思議と存在感を形作っていた。
少なくとも――恋さんの好みには、直球ど真ん中で刺さっていたようだ。彼女がいつになく上機嫌だったのは、その証拠である。
もっとも、その印象が長く続くことはなかったのだが…
そんな海都が、なぜ私たちの小さな事務所を訪ねてきたのか。理由は拍子抜けするほど単純だった。
コンサル料が“タダ”だったからです。それに…
彼はそう言って、真っ直ぐこちらを見た。冗談めかしているようで、目だけは真剣そのもの。
……実は、"タダ"なのには理由があるのだが、その話はまた今度にしよう。
それに…?
恋さんはその続きが気になって、すぐに海都へ聞き返した。
僕は、同好会のみんなの…人の心に踏み込むのが怖くて…。だから、第三者の助けがどうしても必要で…。
海都は弱気な一面見せた。この時の私たちは"その言葉の意味"を、深く理解はできなかった。だが、とにかく彼は、私たちにとって、"初めて自分の足でやってきた依頼人”であり、それだけで十分だった。
当然、私も恋さんも、内心はテンパりまくっていた。外には出さなかったつもりだが、気付かれていたかも知れない。
海都が語り出したのは、最近世間を賑わせているあの事件――人工島"ビッグオーシャン"で起きた殺人だった。
被害者は、高石央太、二十二歳。大学四年生で、海都が所属する"トランプ同好会"の会長を務めていた人物だという。
テレビは"人工島で起きた不可解な殺人事件"と言った耳障りのいいコピーをつけ、ワイドショーの格好のネタにしていた。
恋さんは"ふむふむ"と興味深げに相槌を打っていた。だが、話の方向は唐突に大きく逸れる。真剣に話を聞いてくれる恋さんを見て、海都が妙に目を輝かせ、身を乗り出して語り始めたからだ。
キングやクイーン、ジャックには、それぞれ実在のモデルがいるんですよ!
スート――クラブ、ダイヤ、ハート、スペードは春夏秋冬を表していて、各十三枚なのは、四季が十三週ずつだからで……
五十二枚×七日で三百六十四日。そこにジョーカーを一枚足せば三百六十五日。もう一枚加えると閏年!つまり、トランプって“暦”を表しているんです!(諸説あり)
彼は自分でも認識していたが、一度ハマるとトコトン突き詰めるタイプのようで、とにかく熱量がすごかった。
息継ぎを忘れたマシンガントーク。止まらない。こちらの反応など一切意に介さない。
私は早々に“右から左へ聞き流すモード”に切り替えた。恋さんも、にこやかに相槌を打ちながら、内心は必死で防戦しているように見えた。
……そして私は、ふと気づいてしまったのだ。
(――あ、これ、いつも私が恋さんにやられてるやつだ…)
つまり、彼女は今逆の立場…いつもの私の立場を体験している。人の振り見て、なんとやら。もしかしたら、これをきっかけに少しは改善が見られるのではないかと期待していた。
とはいえ、聞き流せない情報もあった。高石央太の遺体が発見されたとき、部屋は“密室状態”だったというのだ。
そのキーワードが出た時、空気が変わった。先ほどまで笑顔を浮かべていた恋さんの表情が、すっと引き締まる。私のなかでも、何かが静かに切り替わる音がした。
遊びは終わり。ここからは、本番だ。
海都の依頼――それはすなわち、人工島ビッグオーシャンで起きた“密室殺人事件”の解明。十八歳の青年が、命を懸けるような眼差しで持ち込んできたのである。
翌日、私と恋さんは、海風に包まれた島へ向かうことになった。
あの密室の謎と、トランプに秘められたメッセージとが、やがてどう絡み合うのか――その時の私たちはまだ、知る由もなかった。




