3死神
ソウチューガの衛星軌道上。
「兵も装備も足りない。もっともっと送ってくれ。その要請には応えているじゃありませんか。総司令?」
降下作戦を指揮している総司令官が座上の旗艦にて地球軍本部との秘匿回線。モニタの向こうで参謀本部長がゆっくりした口調で返答している。その声色には冷ややかさがある。
「士気の低い徴集兵などいらん、志願兵をよこせ。それに核と地下施設を一気に破壊できる遅延型クラスターもだ。」
「お言葉を返しますが今や志願兵は大変貴重です。対ソウ戦に関しては報道管制は敷いていますがアングラで漏れていることをご存じですか?分が悪く一向に勝利の兆しが見えない、しかも銀河の果てにある辺境の星、そんなところへ誰が好きこのんで行きたがると思いますか?赤紙による徴兵だとてそろそろ限界です。それに核ミサイルの製造とそこまでの運搬にどれだけ費用が掛かると思っているんです?遅延型クラスターだって宇宙からは撃ち込めませんよ、お分かりですか?」
「貴様の御託を聞くために回線を開いているのではない。兵站がなっておらんからこうしてわざわざ話しているのだろうが。」
総司令は専用の玉座に深く腰掛けたまま苦虫を噛み潰したような表情でモニタの向こうの参謀本部長を睨みつける。
「3日前に徴集兵5千と核以外の弾薬を含む兵站をそちらへ向けて出発させています。あと7日もあれば到着するでしょう。それで勝利を収めてください。これ以上の無心はご無用に願いたいものですな。」
参謀本部長は冷笑を浮かべて横目にモニタ越しの総司令の顔を眺めている。
「無心とは何事だ。貴様は言うに事欠いて私を侮辱する気か。軍法会議ものだぞ。」
「さて、軍法会議にかけられるのはいったいどちらが先でしょうな。」
「なんだと?」
「先遣隊が全滅したあとから今日まで指揮を執っておられたのはどなたか、ご自分の胸にお聞きになってはいかがですか。」
総司令は口をへの字に曲げて黙りこくり通信を切った。
通路の角に身を隠しながら時折ライフルだけを突き出して威嚇射撃をする。敵が身を潜めたその隙に別の場所へ移動する。それを繰り返しながらヒロハタたちは敵基地の中央にある地下への扉へ近づいて行った。
「ヒロハタ足を動かせ!見ろ中心部だ。あそこを突破できれば地下へ侵入できる。」
「隊長、僕たち勝てるんでしょうか。」
ソウチューガ兵の憎しみに満ちた目が瞼の裏に焼き付いている。そして彼の”重さ”がヒロハタの体に今も生々しく残っている。
「しっかりしろヒロハタ!そんなんでタジマに顔向けできるのか。」
フジタ隊長はヒロハタのヘルメット越しに彼の頬をぱんぱんと叩いて気を持ち直させようとする。
「でも、」
目の当たりにした敵兵の人間味に恐れをなしたヒロハタは憎しみを抱きつつも気圧されてしまった。
「ソウチューガ人は地球の使節団を受け入れずに虐殺したんだぞ。俺たちはその報復のために派遣されたことを忘れるな。」
「それは、忘れてません!」
「だったら戦え、戦って奴らを根絶やしにしろ。それが俺たちにできる最上の手向けだ。もうじきサンダ軍曹たちもやってくる。みんなで突破するぞ。」
ソウチューガ人が使節団にした仕打ちは耳にタコができるほど聞かされているし、それが嘘だなんて疑ったこともない。聞く耳を持たずに同胞を殺したソウチューガ人が憎い。その気持ちは今でもゆるぎない。ヒロハタが赤紙で召集を受けてから訓練を経てここへ送られてくるまでわずか三ヶ月。サイクリングが趣味で足腰に自信はあったはずだが銀河の果ての星で見知らぬ人類と殺し合いをすることは想像以上にきつかった。
「伏せろ!」
目の前に一つの手榴弾が向こうからコロコロと転がってきた。フジタ隊長が叫ぶと同時にヒロハタの頭を押さえて床に突っ伏す。床に伏せると装備を入れてある戦闘背嚢(バックパック)を頭の前に置いて身を隠した。
爆音と爆風が二人の体を包むようにしてうしろへ流れていく。その嵐が止むと向こうの陰からソウチューガの兵士が二人躍り出てきた。何かしゃべっているようだ。彼らの言語が理解できないから何を言っているのか分からないが、どうやら二人が死んだかどうか確かめようとしているらしい。
「おあいにく様だったな。」
フジタ隊長は伏せたまま手榴弾のピンを抜いて彼らの足元へ転がした。敵兵の慌てふためく声が聞こえる。さしずめ「うわっ」とか「やばい、逃げろ」とか言っているらしい。
だが遅かった。二人のソウチューガ兵は爆発に巻き込まれ吹き飛んだ。
「ざまあみやがれ。」
フジタ隊長は周りに気を配りながらゆっくり立ち上がり戦闘スーツに損傷がないか確認する。もしも破れや亀裂があれば被曝して死ぬことになる。敵兵にやられるのと違ってすぐには痛みも何も感じないから質が悪い。
「大丈夫かヒロハタ。」
「はい。スーツも問題ありません。」
「よし行くぞ。」
フジタ隊長は戦闘背嚢を肩にかけると慎重に歩き出した。その後を追うヒロハタは心の中で思った。
『いくら報復のためって言ってもこんなんじゃ自分たちの首まで絞めてるようなもんだ。お偉いさんたちは何を考えて核を使ったんだろう。』
放射能にまみれた惑星では地球人は思うように活動できない。身を守ってくれた戦闘背嚢を肩にかけるとライフルを構えて敵兵の気配に神経をとがらせた。
ソウチューガ守備隊の司令が指示した。
「総員中央部へ移動、地下への出入り口を死守するのだ。」
サンダ軍曹とヤマモトの二人によって突破された正面口からじりじりと押されたのもあり司令は地下への出入り口のある中央部に戦力を集中させようとした。
兵たちが無事に移動できるよう司令はしんがりを務める。兵たちは司令が一番危険な位置にいると、それだけで士気が高まった。
「ふふん、ふふふん。ふふふ、ふんふんふむ、」
中央部へ移動しながら兵の一人が鼻歌で彼らの軍歌を歌い始めた。それにつられて他の兵たちも口ずさみ始めた。
「なんだ?歌、か?」
中央部へ向けて退却するソウチューガ兵たちを追うサンダ軍曹が耳慣れない”音”に警戒する。
「そうみたいですね。」
ヤマモトが耳を澄ましてそれを聞いている。
「奴ら俺たちに押されまくっておかしくなったんですよ、きっと。」
バイザーの向こうでヤマモトの口角が上がる。
「罠かもしれん、用心しよう。」
二人は歌らしき”音”を追いかけるように静かに迫った。
「軍曹見てください、あそこが中央部みたいですよ。」
退却するソウチューガ兵たちが次々と扉の中へ入っていく。しんがりの司令が最後に周囲を見回してから中へ消えた。
「よし、近づいてみよう。」
ゆっくり音をたてないように近づく。そこに隊長たちが合流した。
「ご無事でしたか隊長。タジマは?」
フジタ隊長は無言で首を振る。
「キリノもか?」
隊長の問いかけにサンダ軍曹は頷いた。
「ところでサンダ軍曹、奴らの歌のようなものを聞いたか?」
「はい。あれが歌ならば恐ろしい奴らです。」
「そうだな。」
フジタ隊長は敵兵が入っていった中央部の室の扉を見つめた。
「サンダ軍曹、なにがそんなに恐ろしいんですか?」
ヒロハタが小声で訊いた。
「敵を目の前にして歌えるほど余裕があるってのはよほど自信があるか、もしくは死を覚悟しているからだ。」
ヒロハタの脳裏にさっきのソウチューガ兵の目と”重さ”がよみがえってくる。
中央部に集まった兵をソウチューガの司令は一人ひとりその顔を目に焼き付けるようにじっくりと見渡す。
「諸君、ここを取り囲む野蛮人の数はそう多くはない。皆でここを死守すれば少なくとも皆の大切な人たちは守られる。もうひと踏ん張りだ、侵略者に屈することなく最後まで戦い抜こう。」
「おおう!」
「司令、通路の向こうに野蛮人どもが四人ほどいるようです。」
「ようしまずはそいつらを血祭りにあげて野蛮人どもへの見せしめにしようじゃないか。」
「どうしますか隊長。」
サンダ軍曹が指示を仰ぐ。
「軍曹、他の味方からの連絡はあったか?」
「いいえ、残念ながらありません。そちらも?」
「ほかの連中は皆やられちまったかな。」
隊長は目の前にいる三人を見た。
「皆の装備はあとどれだけある?」
全員の残りの武器を確認した。ライフルの予備マガジンが全部で8つ、手榴弾が7つ、銃剣が4本。
「よし、ヒロハタここで援護しろ。サンダ、ヤマモトは俺と来い。」
フジタ隊長は予備のマガジンをすべてヒロハタに渡して援護を命じた。
「待ってください隊長、僕も行きます。」
隊長の意図を察したヒロハタが食い下がると隊長は彼の肩にその手をポンと置いた。
「誰かが本隊に戦果を報告しなければならない。それは新兵のお前にふさわしい。」
「隊長!」
フジタ隊長は穏やかにほほ笑むとこう続けた。
「それにお前にはまだやることがもう一つある。一人前の戦士になることだ。いくつもの戦いを経験しなければ立派な戦士にはなれないぞ。だからお前は生きて帰れ。生きて地球へ。」
ヒロハタはサンダとヤマモトを見た。二人ともにこやかにほほ笑みながらうなずいた。
「頼んだぞ。本隊への報告、これは命令だ。」
「隊長、」
「司令、野蛮人が動きました。三人こちらへ近づいてきます!」




