新月前夜
書いていくうちに違う方向に物語が進んでしまい本日の更新となりました。
千田遥香は目を醒ました。
「ここ…何処?」
遠くの方から、水が流れる様な音がする。
手足を縄で縛られ、自由に動く事は叶わないが、ストラップに繋がれたスマートフォンは奪われていなかった。
手は正面で縛られている為、スマートフォンを確信出来たが圏外だった。
今は、蛇に捕まっている事より、和之に裏切られた…否、見捨てられた事が、遥香は何よりもショックだった。
「私、何やってんだろう…」
遥香の目から、自然と涙が零れ落ちる。
幼い頃から、恐い物に興味があり、恐怖映画やホラー映画、アニメに漫画に小説とジャンル問わず何でも観たし読みもした。
心霊スポットだって幾つも行ったし、自殺の名所なんて言われる場所も平気だった。
それなのに、現実に起きるとは、思ってもなかった怪異絡みの災難に巻き込まれた事に、和之の本性を見誤っていた事に、後悔してもしきれなかった。
「帰りたい…」
自分から、ノコノコと秋吉和之に逢いに行った事を、過去の自分に伝える事が出来るなら、きっと、こう言うだろう。
「千田遥香、和之だけは止めておけ。将来きっと裏切られる」
そう声高に、自信を持って、過去の自分に言ってやりたい。
目醒めてから後悔の念だけが、何度も何度も頭の中を駆け巡る。
「何やってんだろう…裏切られた…見誤った…見捨てられた…死ぬのかな…死にたくない…逢いに行かなければ…」
もう何度、繰り返したのだろう。
悲しみも、怒りも、落胆も、後悔も、何もかもが綯い交ぜに、一斉に押し寄せて来る。
「きっと私、絶望してるのかな…きっと絶望しているよね…あぁ、死にたい…でもこんな死に方は嫌だ…やっぱり帰りたい…楽しかったあの頃に…和之に会いに行く前に…」
暗い洞穴らしき場所で、遥香は再度、涙が溢れてきた。
「博士、お久しぶり。25年振りかしら」
目の前に現れた25年振りと言う女性に、最勝寺花瀬は、一瞬だが思考を巡らせる。
「絵里ちゃん…?」
そんなはずは無い…と、花瀬は即座に否定する。
横畑絵里子、彼女は25年前に亡くなっている。
それは、花瀬自身が監察医として自らの手で、司法解剖したのだから間違いない。
結果、思い当たったのは、人では無く、25年前に弱り切って倒れていたところを、助けた猫の怪異へと行き着く。
「貴女、マユよね?その姿は、若い頃の真弓さんかしら?」
マユの着ているワンピースは、生前の真弓が、良く着ていた服に似せてあった。
砂浜に波を遇った様な幾何学模様の服が、真弓のお気に入りだった事を、マユは憶えていたのだろうか?
「流石は、元長村の住人ね。最勝寺花瀬博士」
中学を卒業するまで花瀬は、千藤真弓と同じ長村に住んでいた。
休みの度に、真弓の家に来ていた絵里子達とも、何度も良く遊んだ。
「花瀬で良いわよ。その服と、唇の左下にある黒子が無ければ、絵里ちゃんが生き返ったかと思ったわ」
それ程、マユの変身は完璧な物だと、花瀬は関心する。
「恩人の博士を名前で呼ぶのは、何だか烏滸がましいから遠慮するわ。そうね、絵里子は若い時の真弓にそっくりね…。蛇に捕まりさえしなければ、今でも生きていたはず…私が不甲斐なかったばかりに死なせてしまった。可哀想な事をしたと思っている」
25年前、横畑絵里子が拉致された時点では、マユは死にかけの猫だった。
きっと、何も出来なかったはずなのに、後悔を口にする。
25年振りに、花瀬の前に現れたのは、きっと偶然ではないだろう。
何か考えがあっての事と察しは付いた。
「25年振りの再会を、懐かしむ為に来た訳じゃないでしょ?」
マユは、花瀬の傍まで来ると、近くの椅子を引き寄せて、花瀬の真正面に座る。
「流石は博士ね。察しが良くて助かるわ」
近くで見るマユの瞳孔が、時折だが縦に長くなる事で、人の姿はしていても、猫又だと認識する事が出来た。
「じゃあ、要件を訊こうかしら」
「あの蛇は、私が倒すわ。手出ししないでほしい」
ある意味、予測された答えだが、それを伝える為だけに、マユは花瀬の前に現れるだろうか?
それこそ8年前の様に、誰にも知らせる事無く蛇の居場所に行けば良いだけだ。
それとも、何か企みがあっての事なのか…その真意は不明だが、花瀬はマユの要求を拒絶する。
「それは、出来ない話ね。それに、拉致された女性を救出しなければならない」
「依り代として捕まったのか…可哀想に、絵里子の様に、無様に殺させたくはないな」
「分かったでしょ。まずは救出を優先したい」
「そうか、博士達にもやるべき事がある訳ね」
「救出後は、マユがなんと言おうと、蛇達を消滅、若しくは封印するわ」
「なる程、ならば博士達が到着する前に、決着を着けるわ」
そう言って、踵を返し部屋を出て行こうとするマユを、花瀬は引き止める。
「マユ待って、一つだけ訊いて良いかしら」
「何かしら?蛇の件なら、もう話す事はない」
「そうじゃないわ遠見弘樹の事よ。憑いていたは、貴女よね?マユ。憑いていた理由と、その関係を教えて貰えないかしら?」
「そうねぇ…」
天井を見上げて、少しの沈黙はあったが話して貰える様だ。
「別に取り憑いていた訳ではないわ。遠見弘樹は真理子の息子なの、あの親子は私の存在なんて知らないわ」
真理子は、絵里子の姉であり、絵里子同様マユの事を、可愛がっていた事は花瀬も知っている。
マユ自身、遠見弘樹に憑く理由は、それだけで十分だったのだろう。
「まるで、遠見弘樹を守っていたと言いたげね」
「そう思ってくれるとありがたいわ。じゃあ博士、明日の夜、長村で会いましょう」
そう言うと、マユは消える様にいなくなった。
マユが消えた辺りに、何か落ちている事に気付く。
「あれは、マユの落とし物か?」
拾い上げて中を見ると、一冊の古文書らしき本と栞の様に挟まれたメモの様だった。
「なる程そう言う事か。8年前の事件には協力者がいたのか…それが狢塚と言う訳だ」
最勝寺花瀬は部屋の隅にある-30℃の保存用冷凍庫に目をやる。
「これは最後の手段、使わない事に越した事は無いんだが…」
呟きながら、見つめる冷凍庫の中には、一つの結晶があった。
「マユさん、本当に良かったの?」
祓い屋本部から出て来たマユに、一人の少年が声を掛ける。
「博士なら、きっと気付くはず、そうだろう少年」
「確かに進展はあったけど、まだ分からないよ」
「きっと大丈夫。私は、このまま長蟒蛇神社に向かおうと思う。君も来るかい?」
「僕が行っても、足手まといになるだけだから行かないよ」
「そうかい」
マユは、その場で少年と別れ長蟒蛇神社に向かうのだった。
「救出対象が千田遥香のみと訊きました」
この事が、何を意味するか吾潟刑事は理解している。
「あぁ、その様だね。DNA鑑定の結果、人型の抜け殻が秋吉和之の物と判明したそうだ」
秋吉和之は不浄化から怪異に、完全変異したと判断が下されたのだった。
「拘束はしていなかったとは言え、自分自身で抜け出したのだから、所謂、自業自得でしょうが、何とも後味の悪い話です」
警察として出来る事は、行方不明者の確保と、適切な機関への引き渡しまで、その機関が祓い屋だった。
そして、祓い屋として、やれる事は秋吉和之の保護では無く、魂の清浄だった。
秋吉本人には、清浄が終わるまでは外部との接触は禁じていたが、この様な結果になった事に、やはり残念と言うしかない。
この様な事態を防ぐ為にも、八ッ坂は警察機関に身を置いているのだが、まだまだ力不足を認識する事となった。
この先、同じ様な事が起きた場合、犠牲者が出ない様にする為にも、警察機関と祓い屋が連携出来る体制を確立したいと考えているが、問題は山積していると言っていい。
「これから、どうしますか」
「これを見てくれ」
標に手渡されたファイルに吾潟刑事は目を通す。
「係長、これは!」
「博士から送られて来たファイルだよ。恐らくは25年前から続く原初の怪異と、その居場所だよ」
「それが、蛇等以外の怪異が、ここに居ると」
「もう残り時間が少ない。今から向かおうと思う。詳しくは移動しながら話そうか」
「分かりました。では早速、車の準備します」
踵を返し霊能係を出ようとした吾潟刑事を、八ッ坂は引き止める。
「待ってくれ。それと吾潟君は、千田遥香の救出をお願いする。長村に到着したら博士と合流するように手配する」
「分かりました。係長はどうしますか?」
「僕は、侍薗さんと原初の怪異を確認しようと思う。これは祓い屋の領分だから、他に任す訳にはいかないしね。それじゃあ行こうか吾潟君」
こうして、25年前からの因縁を断ち切る為、二人は長村に車を走らせた。




