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怪異ファイル

「この怪異ファイルには、逮捕時に野間口則文は、腕に猿の毛、西所浩二は、背中に鴉の羽毛、豊橋礼二は、足に蛇の鱗が生えていたと、書かれていますね」

 三人の供述調書と、一緒に撮られた写真からも、丸で先祖返りかと思うくらい、しっかりと生えているのが見て取れた。

「そうだね。長蟒蛇神社で不浄に触れたのが、原因で怪異に変異した訳だ」

「その、長蟒蛇神社は、今どうなっているんですか?」

「今現在は、しっかり封印して誰も入れない様に、結界が張られているよ。また新たな怪異が、出現する可能性のある場所を、見過ごす訳にはいかないからね」

 

 吾潟刑事は、更に怪異ファイルを読み進めると、奇妙な事に気付く。

「三人は、蠱毒の法を実行する為、西畑絵里子さんを拉致監禁したが、誤って死亡させてしまう。って書かれていますが…」

『蠱毒の法』吾潟刑事自身、聞き覚えのある単語だが、詳細は全く知らなかった。

「それは、古来中国で行われていた邪法の一つで、何匹もの虫や爬虫類、両生類を同じ壺に入れて、最後に生き残った生物には、強力な霊力が宿ると、信じられていたあれだよ。その蠱毒の法成立後、完全体となる為の依り代として、被害者を攫った様だけど、その経緯に関しては、何も憶えていないと三人は答えている」

 吾潟刑事は、八ッ坂とは違い、祓い屋では無い為、話の内容に理解が追いついていない。

「何故、三人は蠱毒の法をやる必要があったんですか?」

 きっとこの場に居れば、誰もが抱く疑問を八ッ坂に訊いてみる。

「この三人が怪異に変異したからさ」

どうも掴み所のない八ッ坂の話に、思った事を口にしてみる。

「それって、怪異を祓う為の儀式って事でしょうか?」

そして、八ッ坂は、やっと気付いたらしい。

「あー、そうだった。吾潟君は、祓い屋に所属してない能力所有者の、一般警察官だったね。能力だけなら、祓い屋でも十分活躍出来るのにね」


 八ッ坂は、何故三人が、蠱毒の法を行う必要があったか説明を始めた。

「蠱毒の法とは、勝者の霊力を、高めるのは説明したよね。勝者の怪異は、霊力を得る事で、さらなる進化をして、上位の怪異へと変異するんだ。そして、敗者は怪異ごと魂を取り込まれ、絶命するのさ」

 それは、誰も救われない…正しく邪法と言うに相応しい、醜悪なものだと吾潟刑事は思った。

「三人は殺人を犯したとは言え、怪異を祓う事は出来なかったんですか」

「結論から言うと、手遅れだった…と、しか言えないね」

 日数が経っていた事で、魂の奥深くまで浸潤した怪異を取り除くは、同時に魂の破壊を意味するらしく、成功率は極めて低いと、言わざるしかなかった。

もし、祓えたとしても、魂も肉体も無事で済むかは、運次第らしい。

 それに関しては、怪異ファイルにも記載があった。

 唯一、三人が怪異に取り込まれず、蠱毒の法を回避するには、其々が存在を感知出来ない距離を取り、新月の晩に同じ場所に、揃わない様にする以外に方法は無いと言う。

 三人はそれを、本能レベルで理解していたはずだと、八ッ坂は言った。

「そうは言っても、この時まではと、言うしかないんだが…」

 何か釈然としない、奥歯に物が挟まった言い回しが気にはなったが、吾潟刑事は、調書を読み進める。


「野間口と西所は、出来るだけ遠くに逃亡する為の資金稼ぎに、銀行を襲ったと供述調書もにも記載されてますね」

「彼らも切羽詰まっていたんだろうね。新月の夜までに依り代を捕まえて、不動沼に行く事を、彼ら自身の意志では抗えなかった。怪異に支配されているが故にね」

 怪異に憑かれ、已む無くとは言え、彼らが犯罪者であった事には変わりない。

「怪異にマインドコントロールされてるとは言え、彼らは取り返しの付かない事をした訳ですね」

「マインドコントロールなんて、生易しいものじゃないさ。そう、もっと最悪さ。新月の数日前と限定的ではあるが、脳を支配されていると言った方がいいね」

 怪異によって、脳を支配されるとは、何とも悍ましい話である。


「吾潟君、イトミミズは知っているかい」

 イトミミズ、池や沼地でに生息して、一見すれば、針金かと思う様な姿をしている奇妙な生物だ。

「知ってますが、イトミミズがどうかしたんですか?」

「イトミミズって、カマキリの体内で成長して、十分に成長するとカマキリの脳を支配してコントロールするらしいんだ。そして、脳を支配されたカマキリは自分の意志で、水の中に飛び込まされる。それが、死のダイビングだと分かっていても…。その後、イトミミズは、生きたカマキリの腹を突き破って、出て来ると言われている。怪異より怪異的な、奇怪で悍ましい習性だよね」

つまりは、脳を操られるカマキリと、同じ様な事が、この三人にも起こっていたと、言いたかったのだろうと、吾潟刑事は理解した。

 とは言え、二人は既に亡くなっている事を思えば、因果応報なのかも知れない。


 そして、吾潟刑事は、ある事に気付いた。

「もしかして、野間口と西所が8年前に死亡した理由は…」

「吾潟君も、気付いた様だね。三人は我々の管理下に、あったにも関わらず、蠱毒の法は実行され、野間口と西所は、豊橋に怪異ごと魂を奪われ、不動沼で遺体で発見されたと言う事さ」

 それは、怪異ファイルの最後のページに記載されていた。

 そして、死亡した野間口則文と西所浩二の遺体からは、怪異の消滅を確認。と、書かれていた。


 警察庁のデータから、8年前の事件を吾潟刑事は、確認する事にした。

「損傷の激しい身元不明の遺体を、不動沼で発見。死後1週間程、経緯していたが、司法解剖の結果、野間口則文と西所浩二と判明した」

「最初は何らかのトラブルで、殺害された身元不明の遺体と判断されたんだが、身元が判明した事で、怪異絡みの事件と判断されて霊能係が担当する事になってね」

 つまりは、蠱毒の法が実行された事で、二人は死亡したと判断されたのだった。


「この時は、不浄は確認されてないんですか」

「自然に溜まるくらいの不浄しか確認されてないから、通常の事件として、表向きは処理されたよ」

「管理下に置いていたと言ってましたが、止める事は出来なかったんですか」

 管理下に置いていたと言うなら、当然の疑問と言うところだろう。

「約1000kmの距離を離し、三人は其々、刑期や少年院での更生プログラムを終え、一般人として、普通に暮らしていた訳だけど…」

 それでも、8年前に事件は起き、蠱毒の法は、実行されたと言う事だった。

 如何に怪異と言え1000kmも距離を取れば、通常なら、お互いを感知する事は不可能なはずだった。

 其々、正三角形の頂点の位置に、離して監視していたにも関わらず、三人は不動沼に集まった。

 これは、予想外と言うしかなかった。

 何故なら、怪異がスマートフォンを使い熟して、居場所の特定をしてしまった事、其々の部屋に猿、鴉、蛇を身代りにしていた事、これらは、全くの想定外だった。

怪異は、基本、本能で行動し、新しい記憶の書込みは、出来ないと言われていた。

 脳を乗っ取ると言っても、運動視野のみと考えられていた為、それ故に、スマートフォン等の機器は、使用出来ないと考えられていた…はずだった。

「しかし、怪異はスマホを使い熟し、事件は起きてしまった訳ですね」

「後付けだけど、時間を掛けてでも、少しずつ怪異を剥がすべきだったのかも知れないね」

 

 吾潟刑事は、もう一つの疑問についても訊いてみた。

「しかし、猿、鴉、蛇を身代りなんて出来るんですか?」

「それが怪異の怪異たる由縁さ。人に変化へんげする妖もいれば、人に見せかける妖もいるって事さ。その間、三人は、ずっと部屋に居る事になっているからね」

 吾潟刑事には、到底理解不能の出来事が、実際起こったていた言う事実に、困惑するしかなかった。

 

 互いを認識した事で、怪異としての本能が復活し、礼二達三人は新月の三日前に、其々の場所から姿を消した。

 そして、汎ゆる交通機関を使用する事無く、汎ゆる監視の目を掻い潜り、怪異の力のみを使って、三人は集まった。

 

 不動沼で蠱毒の法を実行する為に…。



「見つけた。見つけた。やっと二人を見つけた」

 そこにいたのは、礼二の姿をした蛇の怪異だった。

「集わなければ、集わなければ、今度こそは、成就しなければ、霊力のある依り代も手に入れた。集わなければ」

 蛇は焦っていた。

 このままでは、弱体化して干乾び、存在自体が消滅する事を恐れていた。

「猿の、お主、今、何処におる」

「蛇のか、北じゃ、ずっと遠い地の、北じゃ」

「鴉の、お主、今、何処におる」

「蛇のか、南じゃ、ずっと遠い島の、南じゃ」

「今度こそ、我等が思い、成就する時ぞ。沼だ!あの沼に集うのだ」


 そして、蠱毒の法は、新月の晩に実行されたのだった。



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