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エングラムの限界 〜発明と宇宙人と泥棒と〜

作者: M
掲載日:2026/03/03

 妙愛博士は町の発明家、そして変人である。

 有用な発明をしても、それを世に発表することはない。ただ、ご近所さんの役に立てれば充分だと考えるような人間だ。

 ある日、博士はさっきの買い忘れが何だったかを思い出せなかった。

 そこで、昔作った「思い出し装置」を引っ張り出してきた。なぜこんな奥の方に片付けたのかは分からないが、こういう時にこそ使う物だ。

 装置の電源を入れ、時間を今朝に合わせてボタンを押す。

 すると脳内のエングラム──記憶痕跡が刺激され、博士はすぐに思い出した。

「そうか、トイレットペーパーだ」

 だが、人間の記憶量には限界がある。何かを思い出せば何かを忘れてしまう。


 博士は買い物に出かけるために、目の前の装置を奥の方に片付けた。

「さて、この機械は何だったかな?」


  *


 とある星の宇宙船が地球に到着した。

 調査隊を乗せたその船は、何度も何度も地球を訪れて、地球人の調査を繰り返している。

 今回の調査対象は、未成熟な地球人の雄「個体A」。

 綿密に調査を行うため、地球人の雌に偽装して接近した。

 個体Aとともに生活し、彼の能力や性格を調べ、将来取るであろう行動を予測する。

 調査の最終日。

「これであなたと会うのは最後」

 個体Aは集光器官から体液を流しながら言った。

「また会おう。オレ、待ってるから」

 しかし、宇宙人と遭遇した記憶は消去しなければならない。個体Aの摂取口に接触し、わずかにエングラムを削除した。

 彼らは、地球人とまた会うことを楽しみにして星へと帰った。


 だが、調査隊の「わずか」とは、地球での二百年だった。

 宇宙船の去った後、一人の少年が呆然と立ちつくしていた。

 生まれてからの全ての記憶を失って……。


  *


 オレはいつものように泥棒に入った。

 今夜盗んだのは見たこともない装置。妙愛という発明家が作ったこの装置を大企業に渡せば、大金が手に入る。

「ちゃんと動くんだろうな……」

 発明家が使っていたのを覗いていたから、使い方は分かっている。

 ボタンを押すと子供の頃の記憶が蘇ってきた。

 少女との出会い、一緒に遊んだ日々、お別れの涙、そしてキス。

 なぜオレはこんな素敵な思い出を忘れていたのだろう。

 子供の頃に記憶を失ってから、オレの人生はろくなものじゃなかった。こんな思い出があったのなら、まともに生きられたはずだ。


 オレは涙を流しながら夢中で記憶を呼び起こした。

 ふと、手が止まった。

「オレは何をしようとしてたんだっけ?」


  *


 二百年後、再び宇宙船が調査にやってきた。

「また地球人が絶滅しているじゃないか!」

 調査隊の隊長は、苛立ちを隠さない。

「わずかな間に、どうして核戦争が起きた?」

 調査員が端末を見ながら報告する。

「個体Aが、その目的どおり装置を売却していれば良かったのですが」

「すると?」

「装置は世界中に広まり、地球人は戦いの痛みを思い出して、戦争を回避するのです」

 俯く調査員に隊長は質問を重ねる。

「今回の失敗の原因は何だ?」

「個体Aのエングラム操作が失敗だったのではないかと」

「そうか。また戻って保護のやり直しか……どうして地球人は何度やっても復讐の怒りを忘れないのか」

 一同は気を取り直して、宇宙船のタイムマシンを起動する。


 隊長は深いため息とともに呟いた。

「いっそのこと、その装置を手に入れて、我々の目的を忘れてしまおうか」

 調査隊はタイムマシンの行先を博士の家に変更した。


〈終〉

とある賞に応募したけど、箸にも棒にも掛からなかったので、こちらで供養いたします。

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― 新着の感想 ―
「たった1人の行動で人類全ての命運を変えるシステム」ってのが、そもそもの間違いなのだよなぁ。記憶歓呼の装置を世に公開する必要が有るなら、運送屋やプロデューサーを訪問させるとか、強盗するにしても何人もの…
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