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第8話 食後のコーヒーとアイスクリーム

「おいしかった……」


「素晴らしいお味でした。ありがとうございます、カロリーさま」


 小さい子たちの取り分けと配膳を手伝ってくれたイリーナちゃんとシスター・ミアも、わたしと一緒にステーキとハンバーガーを楽しんでくれた。小さい子たちが満腹になった後なので、イリーナちゃんも遠慮することなくちゃんと食べてくれた。

 その後は、イリーナちゃんにも“豊満神の加護”がついた。本人は喜んでたけど、喜んで良いのかは判断に困る。とりあえず満足してもらえたようでなにより。


「にゃ♪」


 仔猫姿で小さい子たちと食べてたコハクも満足そう。ハンバーガーも美味しかったけど特にステーキが気に入った、みたいなことを言ってる風。

 ちなみに、コハクには加護がつかなかった。さらに言えば、シスター・ミアにもだ。コハクはわたしと従属契約をしてるせいかな。加護があろうとなかろうと、いっしょにアメリカのハイカロリーフードを食べてたら豊満になるのは運命のような気もする。


 食後の食器洗いは子供たちで分担して行うらしい。慣れてるようで、すごく手際がいい。洗い物はお任せして、こってりした料理の後は……


「コーヒーが飲みたいな」


「コーヒー、ですか?」


 シスターは聞いたことがないみたい。コーヒーは亜熱帯植物だし、温帯か亜寒帯と思われるこちらでは栽培されてないのかも。少なくとも、庶民の市場には流通してないということか。


「シスターもコーヒー、飲んでみませんか? 苦いしカフェインが含まれてるんで、子供には良くないんですが」


 フードトラックの冷蔵庫から、“スーパーマーケット”に入る。キッチン用品のコーナーに並んでるコーヒーメーカーは、ほとんどが家電製品だった。車内に電源はあったけど、今後レベルが上がったらフードトラックが消える可能性もある。街中で暮らすこともあるだろうし、家電を買うのは違う気がする。


「となると……あれかな?」


 思いついてアウトドア用品のところに行くと、直火加熱式のコーヒーポットがあった。フィルター濾過(ドリップ)方式ではなく、西部開拓時代からの伝統的な熱湯循環抽出(パーコレーター)タイプのものだ。

 ドリップよりも苦みが強く出るので、コーヒー豆は浅煎りのものを粗めの挽いてある状態(グラウンド)で。コーヒーミルクとボトル入りのグラニュー糖も追加購入。


 買い物を済ますと、そのまま車内のキッチンで淹れ始める。パーコレーターの籠状の部分(バスケット)にコーヒーの粉末を入れ、水を注いだポットを火にかければ後は待つだけ。簡単で失敗が少なく、たっぷり淹れられるのでアメリカ人向きだ(偏見)。

 ただ、豆の挽き方が細かいとコーヒーの粉が混じったりはするので、繊細なひとには向いてないかも。


「良い香りですね」


 コポコポと沸くコーヒーの香りに、カウンターの前でシスターが顔をほころばせる。今度はなんだろうと、後片付けの終わった子供たちもフードトラックの前に集まってきた。


「かろりーさま、なにしてるの?」


「大人の飲みものを淹れてるんだよ」


「おとなだけ?」


「うん、ごめんね。小さい子は飲んじゃダメなんだ」


 日本だとミルクと砂糖を入れたコーヒーを子供に飲ませる大人もいるけど、アメリカではそのあたりがかなり厳密だ。わたしも、あまり飲ませたくない。

 代わりに、なんか食後のデザートを買ってあげよう。


「ちょっと待っててね」


 もう一度フードトラックの冷蔵庫を開いて、“スーパーマーケット”に入る。なにが良いだろな、デザート。健康的にフルーツを取りそろえるか、軽くチョコやクッキー、それとも……

 スウィーツコーナーにはアメリカらしいカラフルなケーキが並んでいた。カラフルというよりも毒々しい、紫とか青とか、ありえない色使いの。

 クリームはもったりして信じられないくらい甘く、スポンジはボソボソしてる。少なくとも日本人には、かなり厳しい。


「……ケーキ(これ)はないな」


 アメリカン・スウィーツのなかでは、パイがまだマシなんだけど、たっぷり夕食を摂った後には重い。味的にも物理的にも、カロリー的にもだ。

 アメリカの定番デザートとして、ここはアイスクリームかな。


 日本では見かけないけどアメリカでは人気のメーカー、ブレイヤーズのクッキー&クリーム味を1.5リットル(48オンス)入りで購入。日本人の感覚では業務用サイズというか、小さめのバケツだ。

 洗い物が終わった後にお皿を汚すのも嫌なので、ワッフルタイプのシュガーコーンも買っておく。アイスすくい(スクープ)は車内のキッチン用品(ユーテンシル)のなかにあった。


「お待たせ、小さい子から並んでね」


 フードトラックの横にあるテーブルで、アイスをコーンに盛り付けてはどんどん渡してく。

 見たこともない食べ物を前に、子供たちは目を丸くしている。


「「「ほわあぁ……♪」」」


 アイスを口にした子からは、みんなうっとりした歓声が上がる。


「あまい……!」「ちめたい」「みるくの、あじ?」

「おいし……」「かりかり」


 小さな声で話しながら、幸せそうな顔で食べてる。かわいい。やっぱり子供たちは笑顔でいてほしいし、ふくふくした体形で、毛並みはモフモフでいてほしい。


「カロリーさま、ありがとうございます」


「いえいえ」


 キッチンに戻ると、良い感じに抽出が済んでいた。コーヒーポットを火から降ろして、車の横のテーブルまで運ぶ。

 ふたつのマグカップに注いで、シスター・ミアにはミルクと砂糖もすすめておく。


「こちらを入れた方が飲みやすいと思いますよ」


「ありがとうございます」


 わたしは砂糖少なめミルク多め、シスターは味を見ながら砂糖多めでミルク少な目にしたみたい。薄めでたっぷりのアメリカンコーヒーは、じんわり心が鎮まる味だとシスターにも好評だった。


「カロリーさまには本当にお世話になり、感謝に堪えません」


「いえ、好きでしたことですから。……コハクが」


「にゃ?」


 話してる途中で、ここには“聖獣様のお導き”で来たっていう話になってたのを思い出した。とはいえ、当のコハクは忘れてるっぽい。


「それよりも、この村が食べるものに困っているのはゴブリンだけが原因なんですか?」


「原因は……あえて言えば、この地そのものですね」


 この地、とは?

 そういえば、あんまり気にしてなかったけど。いまいるのがなんて国で、誰の領地なのかも知らない。人口も面積も近隣の国も社会制度も、貨幣や時間や距離などの単位も、考えてみればなにも知らないな。


「ひと昔前まで、ここは広大な“魔境の森”の一部だったんです」


 シスターの話によれば、いま孤児院のある場所は人間の王が統治するエルテ王国の南端で、わたしがコハクと出会った“魔境の森”が王国の……人間の生存圏を切り分ける境界線になっているらしい。


「エルテ王国が領土を広げるなかで森を切り開いてできた農地がこの村なのですが、土が農業に向いていないのか上手くいかず……」


 移住してきた開拓民はどんどん減っていって、いま村にいるひとたちが最後まで逃げずに生き延びた人たちなのだそうな。


「ここを離れようと思ったことはないんですか?」


「いえ、30年ほど前まで、この孤児院はメルバにあったんです」


「え? それが、なんでまたここに」


「メルバは、人間以外には少し暮らしにくい街ですから」


 移ってきた理由を尋ねると、ちょっと奥歯にものが挟まった感じの返答が返ってきた。


 エルテ王国と“魔境の森”の境界線も昔はもっと北にあって、メルバの街は元々、“魔境の森”の魔物や亜人たちから王国領を守る最前線の城塞都市だったんだとか。

 その頃の“魔境の森”には、獣や魔物の他に獣人やエルフやドワーフが暮らしていて、彼らの暮らす森を切り開こうとするエルテ王国(このくに)の人間たちとは何度も小競り合いがあった。

 なので、メルバの住人のなかには亜人に対する反感や警戒心を持った人間がわずかながら残ってるらしい。数は少ないというけど、それが社会的中枢や貴族だから孤児院に対しての風当たりは強かったみたい。

 メルバで獣人の子たちが差別でもされたのかな。だったら引っ越してきてよかったのかもしれない。悲惨な食料事情を除けば、だけど。


「カロリーさまは、ご存じなかったのですか?」


 当然ながら、わたしは知らない。コハクに目を向けるけど、“そうなんだー”っていう薄いリアクションが返ってきた。

 聖獣様からすると、ひとの世のことなど興味の外か。


「この村には、国とか領主とか、教会からの援助もないんですか?」


「はい。その代わり、税吏も献金の要請もきませんから……」


 福祉(ギブ)納税(テイク)もないわけだ。ある意味で徹底してる。もしかして棄民の村なんじゃないかと思ってしまったが、さすがに口にはしなかった。

 ちなみに、この村に名前はないらしい。孤児院の他にはお年寄りの農民たちがバラバラに10名ほど暮らしているだけだというから、もしかしたら村とさえ思われてないのかも。

 まだ右も左もわからない異世界生活だ。どこかに拠点を構えるとしたら、最初はこの孤児院にしよう。


「メルバは、商売には向いてますか?」


 徒歩で往復に半日と聞いたから、こっちのひとの移動速度がどれくらいかわかんないけど、せいぜい10キロか20キロというところだろう。

 車があれば一時間もかからない。


「メルバは大きな街ですから、商売にはうってつけだと思いますよ。冒険者ギルドも、商人ギルドもあります。住人も多いですし、みな比較的裕福です」


「ありがとうございます。それじゃ、わたしたちは一度メルバに行ってみようかと思います」


 もちろん永住する気はない。現地通貨(おかね)を稼ぐのが目的だ。それと、商人ギルドに登録してこの世界の商取引がどんなものかを確認したい。


「かろりーさま、いっちゃうの?」


 わたしたちの話を聞いていた子供たちが、アイスそっちのけでこちらを見る。涙目になりつつも、引き留めたり駄々をこねたりはしない。

 たぶん、だけど。そんなことをしてはいけないと教えられてきたんだろう。


「うん。でも、また戻ってくるよ」


 ちびっ子たちが気になるし。さらに言えば、この村の困窮ぶりもだ。今日はゴブリンを殲滅したとはいえ、また再生するかもしれないし。


 たった一日とはいえ、子供たちに情が移ってしまったいま、このまま立ち去る気にはなれない。これから放っても置けない。

 もし仔猫にご飯を与えるなら、最後まで面倒を見る覚悟が必要なのだ。


「……商売のためメルバには行きますが、その間の食べ物は置いていきます。なにかあったら、誰かをメルバに寄こしてください。商人ギルドに、言伝(ことづて)ができるようにしておきますから」


「どうして、そこまでしていただけるのですか」


 当然と言えば当然の質問かも、だけど。わたしは自分のモニョモニョした気持ちを上手く表現できない。

 なので、神獣様(コハク)に目配せをする。


「すべては、“聖獣様のお導き”です。そして、それは女神様の意思でもあります」


「にゃ!」


 そうだよ! という感じで胸を張るけれども。その設定さっきまで完全に忘れてたじゃんと思わんでもない。

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