第7話 アンガスビーフのリブアイ・ステーキとハンバーガー
孤児院に着いた頃には、だいぶ暗くなってた。ライトを頼りに道をたどって、なんとか無事に戻ることができた。お肉は手に入れたけど、夕食の用意には間に合わなかったかもしれない。
「ただいまー! みんな晩ごはん、もう食べ……」
「「かろりぃざまああぁ……ッ‼」」
「た、わッ⁉」
車から降りたわたしは、泣きベソの子供たちに飛びつかれて困惑する。彼らの後ろから、オロオロした感じでシスター・ミアがやってきた。
「ああ、ご無事でしたかカロリーさま! 日が傾いても戻られないので、なにかあったのではないかと……」
みんなに心配させちゃったみたい。そうね、ちょっと出かけてくるとか言ったゴブリン退治と魔珠の回収に3、4時間くらいはかかっちゃったし。
日本人の感覚では理解しにくいけど、治安の悪い地域や未開地では、陽が落ちたあと外にいるのは危険なのだ。わたしも、日本暮らしが長くて麻痺してた。
暗くなってきてもわたしたちが戻らないから事故でも起きたか、魔物に殺されたんじゃないかって思われたのか。
「ごめんね、心配したでしょ。聖獣のコハクが、ちゃんと守ってくれたから危ないことは全然なかったんだよ?」
「ほんとに?」
「ホントホント、それにゴブリンをいっぱいやっつけて、お肉を持ってきたの♪」
みんな喜んでくれると思ったら、子供たちはビクッと身を強張らせて固まってしまった。
「……ごぶりんの、おにく?」
ああ、そういうことね。
それは、わたしが悪い。いまの話の流れだと、そう思うよね。
「違う違う、倒したゴブリンの魔珠をお金に換えて、ちゃんと美味しいお肉を買ったの。牛のお肉だけど、牛って見たことある?」
「みるく、だす?」
「そう。その牛のお肉。ミルクを出す牛と、お肉になる牛は少し違う種類なんだけど……」
食べ物の話をしたせいか、ぐーきゅるるるぅ……と子供たちのお腹が鳴り始める。そうだよね、サンドウィッチを食べてから半日近いんだから、おなか減ったよね。
「シスター・ミア、もう夕食の準備はされてますか?」
「いえ、カロリーさまが戻られるまで待つと、子供たちが」
「ありがとうございます。でしたら、わたしに作らせてください」
せっかくフードトラックがあるんだから、車内のキッチンを有効活用したい。そう思ったとたん、背後で明かりが灯った。振り返ると、車の側面がゆっくりと開いて、屋台モードに変化していくところだった。窓が開いて日よけ&雨よけ庇が上がり、カウンターがせり出してくる。
あら便利。
さらにはカウンターの前に折り畳み式の丸テーブルと椅子が複数展開、お客さん用の食事スペースが完成した。サービスなのか客寄せ用の装備なのか、ポーチライトみたいな照明が車の周囲を照らしてくれてる。
夜は真っ暗になる寒村の孤児院前が、いきなりお祭りのように照らし出された。
「明るいですね……これは、魔法の明かりですか?」
感心した顔でシスターに訊かれる。ライト自体は電気なので魔法ではないが、それを出現させてるのが魔法っぽいので返答に困る。
「そんなようなものです」
孤児院内の照明は油脂ランプと蝋燭らしいので、節約のために消してきてもらう。今日はお外でフードトラックメシだ!
「ちょっと待っててね、すぐ作るから!」
わたしは大きなグリル調理台いっぱいに肋骨肉・ステーキ肉を並べて、どんどん焼いてく。揚げ物調理台でつけあわせのフレンチフライもだ。
個人的な趣味で、皮つきのくし切りタイプ。ポテトの素材に自信がある店は、大手ファーストフードでよく見る細切りタイプよりも、ウェッジカットが多い気がする。
日本のスーパーでは見ないアメリカ産ラセットポテトは、茹でるとホクホクした触感なんだけど、揚げるとカリッとして美味しい。フレンチフライにするために生まれたようなポテトだ。絶対に満足してもらえるはず。
「まだかな……?」
「すごい、いいにおい」
「おなか、へったね……」
「ごめん! もうちょっとだけ待って!」
フードトラックの横にある手渡しカウンターの前では、子供たちが鈴なりになってダラダラとヨダレを垂れ流している。肉の焼ける美味しそうな匂いがずっと漂っているせいで、食欲が我慢の限界になってきているみたいだ。
「カロリーさま、お手伝いしましょうか」
「それじゃシスター、子供たちに配るのをお願いします!」
「わたしも、てつだう」
イリーナちゃんが、お手伝いを買って出てくれた。ええ子や。生まれついてのお利口なお姉ちゃん、みたいな。
「お待たせ!」
焼けたステーキ肉から手早く切り分けて大皿に盛り、山盛りフレンチフライを添えてシスターとイリーナちゃんに手渡す。まずは小さな子たちから取り分けて配ると、みんな歓声を上げながらかぶりつく。
「「「おおおいしいいいぃ……ッ!」」」
「おにく、おいし……」「じゅわって! おいしいあじ、じゅわって!」
「あちゅッ」「この、おいも、すっっごく、うまい!」
おお、揚げたラセットポテトの魅力をわかってくれる子がいた。わたしがなにか関与したわけでもないのに、アメリカ育ちとしてはちょっと嬉しい。
「どんどん焼くから、いっぱい食べてね!」
ステーキ肉を焼き終えてスペースが空いたグリドルで、今度はハンバーグ用のパティと丸いパンも焼いていく。アメリカのハンバーガーショップだとパティはアイロンみたいな器具でギューッてプレスするんだけど、あれは好きじゃないので厚みを残したまま焼き上げる。
パティが焼けたらチェダーチーズのスライスをのっけて、レタスとトマトスライスといっしょにバンズに挟む。
ボリュームたっぷり脂肪たっぷり、カロリーてんこ盛りのアメリカン・バーガー。カウンターに並べた塩胡椒とケチャップとマスタードとマヨネーズは、クソデカボトルで掛け放題だ。
「はーい、お肉を挟んだ美味しいパンだよ! 食べたいひとは?」
「たべたーい!」「わたしも!」「ぼくも!」
焼いてるときから興味を持ってくれたみたいで、ハンバーガーも次々に捌けてく。
飲み物はミルクとミネラルウォーターをガロンボトルで渡しておいたけど、ホントは定番セットとしてコカ・コーラをつけたいところだ。
さすがに異世界のひとにはハードル高いかな。
「この、おにく、はじめてたべる」「トロっとしたの、おいしい……」
「あぶらが、あまぁーい♪」
子供たちは大興奮で頬張ってる。みんな手も口の周りもベチョベチョだけど、お肉もハンバーガーも、そうやって食べた方がおいしい気がする。
今度は炙った骨付き豚バラとか味付ほぐし豚肉もやりたいな。オーブンを使うし時間もかかるんで、いますぐは無理だけど。
「「ふにゃああぁ……⁉」」
どよめきが上がった方に目を向けると、子供たちが眩い光に包まれていた。駆け付けたいところだけど、いまは火を扱ってるから車外には出られない。
「なに、どしたの⁉ コハク! あれ、なにごと⁉」
「にゃ?」
聖獣であるところのコハクは目をすがめて、なにかを見極めようとしている。特に身構えている感じでもないから、そんなに危機的状況とかではないみたい。
「カロリーさま」
唖然とした表情で子供たちを見ていたシスター・ミアが、車の外でわたしを振り返る。
「あれは、聖なる光です。なにかの加護が与えられたときに似ていますが……なんなのでしょうか?」
なんなのかは、わたしが訊きたい。光っている子供たちを窓から覗き込んでいると、彼らの頭上にピコンと妙な表示が現れた。
“豊満神の加護がつきました”
いや、待って。豊満、神? 聞いたことないんだけど。それ……豊穣神ではなく?
“豊満神の加護がつきました”
“豊満神の加護がつきました”“豊満神の加護がつきました”
“豊満神の加護がつきました”“豊満神の加護がつきました”“豊満神の加護が……
ワケがわからない内に、加護を与えられた子たちがどんどん追加されてく。いくらかタイムラグはあったけど、まだ食べてないイリーナちゃんとシスター・ミア以外の全員に加護がついた。
まあ、アメリカのスーパーマーケットがもたらす力なら、豊満神か金満神でもおかしくないとは思うけど。一体どんな御利益があるやら。
と思ってたら、“豊満神の加護がつきました”の下にピコンと、追加表示が現れた。
“死ぬまで痩せません”
「ダメでしょ、それ⁉」
「カロリーさま、どうされました?」
どうやら痩せない加護らしいとシスターに伝えると、ひどく喜ばれた。
最初はピンとこなかったものの、冷静に考えたら喜ぶ気持ちもわかってきた。この世界のひとたちは、肥満の恐ろしさを知らない。たぶん、そんな心配はしたこともない。痩せないってことは、飢えないってことなんだから。
それは不老不死とか五穀豊穣と類義の、“幸せの象徴”なんだ。
「……ホントに、それでいいのかなぁ……」
「カロリーさま、なにを悩まれているのですか?」
わたしは答えに困る。正直に話したところで、きっとシスター・ミアにはわからない。喜んでくれているのなら、それでいいやと思わなくもないけど。
アメリカのスーパーマーケットで電動カートに乗って移動してる超巨体の方々を見てしまった自分としては、無垢な異世界のひとたちにとんでもない呪いをかけてしまったような気がしないでもない。
問題は先送りにして、わたしは追加のハンバーガーとステーキを焼き始める。
「次のが焼き上がったら、シスターとイリーナちゃんも食べようね!」
「「はい♪」」
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