第6話 魔珠狩り&ショッピング
モーイッポン、トウコウ、シマス
まずは村の一本道を、森に向けてゆっくり慎重に走らせる。舗装されてないどころか踏み固められてもいないデコボコな土の道で、段差を通りすぎるたびに車体全体が大きく揺れて、倒れそうで怖い。
「にゃにゃ~♪」
聖獣姿になったコハクは助手席の位置で床に座り、窓からの風景を楽しそうに眺めている。車体がゆらゆらする動きも面白いみたい。こっちはそれどころではないので視界の隅に嬉しそうな“聖獣様”を捉えながら必死に巨大な車を操る。このサイズって、たぶん日本じゃ普通免許で運転できないんじゃないのかな。異世界に警察はいないんだろうから、知ったことじゃないけど。
「ねえコハク、ゴブリンどこにいるかわかる?」
「にゃ」
そこ、って言ってるような気がした瞬間、ドンと大きな音がして車体が揺れた。
「ちょッ……え⁉ なんかにぶつかった⁉」
よそ見して撥ねちゃったのが、このあたりの住人だったら最悪だ。車の窓越しに覗き見ると、緑色の人型魔物が4体。吹っ飛ばされて転がって緑色の血を流していた。事切れたのか、ピクリとも動かない。
「にゃにゃ」
それがゴブリンだよー、という感じでコハクが鳴く。
「あれかー。めっちゃ気持ち悪いね。そしてグロい……まあ、それは完全にわたしのせいだけど」
車を降りると、ついてきたコハクが爪先でチョイチョイとゴブリンの心臓あたりをエグる。取り出してくれたのは濁った緑色をした半透明の結晶で、サイズはパチンコ玉より少し大きいくらい。
「にゃ」
どうやら、これが魔珠というものらしい。なんとなく真珠に近いものをイメージしてたんだけど、むしろ歪なビー玉だ。
緑色の血がついているのでウェットティッシュで受け取って、コハクの爪もキレイに拭く。
「ありがとね。車が凹んでたりは……してないね」
フードトラックの正面には、凹みどころか汚れひとつない。けっこうな勢いでぶつかってたけど無傷とは、なんか魔法的な防御でも付与されるのかな。
「にゃにゃー♪」
さあ、どんどん行っちゃえー、みたいに鳴いてわたしを見る。魔物退治って、ふつうはもっと悲壮だったり決死の覚悟だったりするんだと思ってた。めっちゃノリノリなんだけど、いいのか聖獣様。
「まあ、いいか」
森からゾロゾロ出てくる緑色の集団が見えてきた。
わたしたちは車に戻って、アクセルを踏み込む。さすがに逃げるかと思えば、デカい獲物を見つけたとばかりにゴブリンたちは武器を振り上げながら我先に向かってくる。
「そりゃーッ!」
ボーリングのピンでも弾き飛ばすような勢いで、フードトラックは20体近いゴブリンを次々にぶっ飛ばした。
魔物とはいえ人型なので、いささか後味は悪い。けど、これは周辺の集落に被害を与える害獣。わたしのモフモフたちが幸せに暮らすためには、駆逐しなければいけない敵だ。
そして、いまのわたしには必要な収入源でもある。
「ギャアアアアァッ!」
増援……なのかわかんないけど、ゴブリンの新たな集団が森から出てくるのが見えた。出てきたところで、最寄りの集落はさっきの村だけだ。襲って収穫後の作物でも奪うつもりだったのかな。
……だったら。
「我がカロリーになるがよい!」
「にゃ!」
わたしとコハクは悪い顔をして顔を見合わせ、笑いながらゴブリンに向かってアクセルを踏み込んだ。
◇ ◇
「49、50……51! すごいよコハク!」
「にゃう~ん」
わしゃわしゃと顎を撫でまわすと、コハクは嬉しそうに頭をこすりつけてきた。
日が傾く頃までゴブリンをぶっ飛ばし続けた後、コハクと一緒に魔珠の回収を行った結果は想像以上のものだった。
ゴブリンの魔珠で510ドル、ゴブリンに混じってたスライムの魔珠が22個で88ドル。合わせて598ドルの収入になる。
この世界に来たときの金額を、あっという間に超えちゃった。
「収納」
わたしが言うと山のような魔珠は消えて、ステータスメニューの表示が変わった。
手持ちの3ドル97セントもあったから、計601ドル97セント。日本円で10万円を少し切るくらいか。とりあえずの資金としては十分だ。
「ねえねえコハク、ゴブリンの死骸って、ホントにこのままでいいの?」
コハクに魔珠を回収してもらったとき、どうしようかと聞いたら「ほっといて大丈夫」みたいな感じで「にゃ」と言われたのだ。車でぶっ飛ばして回ったせいで、けっこう広範囲に散らばってる。これで腐敗が始まったら、辺りに病原菌をばら撒きそう。
「にゃ!」
ホラあれ、みたいに窓の外を指すコハク。道の端に転がったゴブリンの死骸が、ズルズルと地面を移動し始めていた。
「なにあれ、どうなってんの?」
なにか小さい生き物が、茂みのなかに引っ張り込んでるようだ。どういう生き物かは知らない。わたしの視力では見えない。あちこちにあるゴブリンの死骸が、それぞれに動き出してるのを見てゾッとした。
「この森、めちゃくちゃ危ないとこだったんじゃないの⁉」
よく無事だったな、わたし。コハクも罠に掛かってたし、あれ実は絶体絶命だったんじゃないのかな。
「にゃ!」
結果オーライ、みたいなことを言ってるようだ。この聖獣様、けっこう性格は軽いな。まあ、たしかに結果オーライだ。死骸の処理は問題ないとわかったし、資金調達もできた。気を取り直して、お肉を買おう。
「……どっから注文するんだろ?」
前まで使えてた“オンラインショップ”のサブスキルは消えちゃってるし。“移動店舗”といいつつ、フードトラックのなかには運転席とキッチンしかない。
「もしかして、反対側から入るとショップ機能がオンになるとか?」
車体後部に回って後ろのドアを開けるけれども、当然のようにキッチンがあるだけだった。なんだこれ。どこで買い物するの?
グリル調理台に揚げ物調理台にガスコンロ、あちこち開けたり閉じたりしても反応はない。あとは、流し台に調理台に冷蔵庫……
「うひゃああッ⁉」
車内に作りつけの冷蔵庫を開けたわたしは、スーパーマーケットの店内に立っていた。誰もいない店のなかに、商品棚が整然と並んでいる。
「……え、なにこれ。……食材は、自分で取ってこいと」
正直めんどくさい。まだレベル2のせいか店内はそれほど広くないものの、それでも面積は日本のコンビニ3軒分近い。
「これなら、“オンラインショップ”のままの方が良かったよ……」
もっとレベルアップしたら本場アメリカの巨大スーパーマーケットがフルサイズで再現されるんだろうか。あれホントに野球場くらいの広さなので、いまから気が遠くなりそうだ。
「後のことは後で考えよう。それよりお肉お肉……」
「食料品」の商品棚を見ると、“オンラインショップ”のときにはなかった「精肉」「野菜」「冷凍食品」が増えてる。
お肉のコーナーには七面鳥、チキン、ポーク、ビーフ、子羊肉が並んでる。獣人のみんなが好きなお肉を聞いておけばよかった。ここはアメリカの超定番、アンガスビーフのリブアイ・ステーキ肉をチョイスしよう。
「ついでにベーコンと挽肉も買っちゃお」
せっかくトラックにグリル用調理台があるんだから、ここはハンバーガーも食べたいし、食べてもらいたい。
店内を走り回って、ハンバーガー用のバンズとアメリカでよく見る大きなラセットポテト、サラダ油とスライスチーズをピックアップ。あとはレタスにトマト、調味料とドリンク類もだ。
タマネギは……たぶん大丈夫なんだろうけど、猫ちゃんたちには使いたくないので買わない!
ステータス画面に購入商品が表示される。「購入」をタップすると周囲の風景が変わって、フードトラックのキッチンに立っていた。調理台の上には購入した食材が並んでる。
思っていたよりは簡単だった。商品を吟味しながら買えるので、リアル店舗も悪くないかも。
「にゃ?」
お肉あった? っていうようなリアクション。
コハクの反応を見る限り、買い物中のわたしはこの世界から消えてたりはしなかったみたい。“スーパーマーケット”で買い物中の時間はカウントされないのか。
「さて、それじゃ帰ろうか」
わたしたちは薄暗くなり始めた道を、孤児院に向かって戻り始めた。
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