第50話 リヴェルディオンの誤謬
――また、あそこに攻め入るのか。
森を出てすぐの丘に突如現れた、異常なほど巨大な城塞。
“ディーラー”が守るそこに攻め込み、“森の巫覡”を奪還するのだ。立ち塞がる者すべてを殺せと命じられてはいたが、いまのところ城塞からは誰ひとり出てこない。
送り込んだはずのエルフの女も戻らない。“隷属の首輪”を掛けられ、逃げられるわけもないから、“ディーラー”に殺されたか。
かつて人間の貧農どもが這いずるように暮らしていた惨めな畑の跡が、いまや我らリヴェルディオンにとって最大の脅威になっている。
白く輝く城塞には、汚れひとつない。我らは幾度も攻め寄せておきながら、城壁を破るどころか傷跡さえもつけられなかったのだ。
最初は不用意に近づいて、手痛い反撃を喰らった。あのとき奇妙な弓で射抜かれた脚は、治癒魔法で回復した今も激痛の名残で上手く力が入らない。
しょせん人間だという侮りがあったのは認めるが、一軍の魔導師団に並ぶほど強力な防御結界があるなどと誰が考えよう。引き手も見せぬまま放たれる、恐ろしい威力の鏃もだ。
その後は斥候を出して探ったが、城塞に入り込む手段を見つけ出すことができず撤退。直後にメルバの領主軍が森に攻め込んできたことで、我らの戦力は大きく削られてしまった。
最悪だったのは、その隙を衝いてリヴェルディオンで増え始めていた反セルファ派どもが、人間を巻き込んで“森の巫覡”を逃がそうとしたことだ。“魔境の森”に巣食う魔物たちがおかしな動きを見せていた時期で、そのまま行方がわからなくなっていた。見つかったのはいくつかの血の跡と、魔物に喰い荒された馬の死骸だけだ。
人間側の関与を確信したセルファ様は、領主軍を急襲するとともに城塞都市メルバにも兵を差し向けた。
都市だけではなく物資を運び入れる商隊にも多くの被害を与え、メルバの継戦能力を削るという作戦。それも半ばまでは、上手く運んでいたのだが。
戦勝の勢いに乗って行った、“ディーラー”の城砦への二度目の襲撃で、我らはまたも敗北を喫した。リヴェルディオンが誇る最大級の攻撃魔法で結界を破壊し、城塞内部に攻め入るはずだったが。どれだけ攻撃魔法を叩き込んでも、結界はビクともしなかった。“森の巫覡”奪還どころか、近づくことさえできず。“ディーラー”が放った矢は、魔導防壁で守られたセルファ様の脚をも呆気なく貫いた。
エルフが、人間ごときに、魔法で力負けしたのだ。
そして、いまもまた。連続して放たれた爆炎魔法が、丘の上の城塞に届くことなく結界に阻まれている。同じ手段で攻めれば、同じ結果にしかならないことなどわかりきっている。だから、我らは。
「総員、突撃!」
――命を注ぎ込んで、時を稼ぐ。
雷魔法に長けたミキエラ隊は隠蔽魔法を掛けながら距離を詰め、風魔法を得意とするキルエル隊は散開しながら大きく回り込む。
「……ッ⁉」
全力で駆ける我らの頭上を、なにかが超高速で掠めていった。それが城塞から放たれた反撃の鏃だとわかった瞬間、背後から悲鳴が上がる。
「がッ⁉」「ぎゃあああぁッ!」
まだ大弓の射程には、入っていないはずだった。飛んでくるとしても山なりの軌道で、エルフの視力と反射能力であれば逃れることもできると思っていた。
みな魔導防壁を付与した盾を持ってはいるが気休めでしかなく、守れたとしても頭と胸だけだ。全身を守る大盾など使えば、エルフの身上である速度と俊敏性を捨てることになる。そこまで備えてバラバラに散開し、全力疾走していたエルフたちがバタバタと射抜かれて倒れる。
俺が膝を射抜かれたときと同じく、これは敵を侮った結果だ。驚くほどの射程と、恐ろしいほどの精度。
だが、それ以上の違和感があった。
――なぜ、悲鳴が止まない。
エルフはほとんどが治癒魔法を使える。即座に矢を抜いて止血、解毒や消毒から治癒を掛けるまでが通常の対処だ。即死でもしない限り戦力は回復する、はずなのだ。
「なにをしてるッ! 早く治癒を……ッ!」
「鏃がッ、抜けない!」
その間にも凄まじい速度で飛んでくる矢が、エルフの兵たちを次々に刺し貫く。
「怯むな! あとひと時を乗り切れば、我ら……のッ!」
いきなり天地が回り、空が見えた。自分が倒れたことに気づくと同時に、激痛が襲ってくる。あのときと同じ脚に。だが今度の矢は前よりも長く太く、比較にならないほどの痛みを伴っていた。
さっき聞こえた叫び声の意味が、すぐにわかった。鏃が肉を突き抜けていない。奥深くにまで刺さっていながら、引き抜こうとしてもビクともしない。歯を食いしばっても漏れだす悲鳴。意味がないとわかっていても、助けを求めて泣き叫びそうになる。
「ああああああぁッ!」
小刀を抜いて、自分の脚に突き立てる。痛みを無視して肉を斬り裂き、埋もれていた鏃を無理やりに引き抜いた。矢毒が含まれているかを確かめるべきなのだろうが、噴き出す血飛沫にそんな余裕がないことを悟る。
解毒と消毒を無視して、治癒魔法を掛けたところで体力と魔力は限界を迎えた。握りしめていた矢が手から落ち、白銀のような色合いをした鏃の形状を見て思わず背筋が凍った。
翼を畳んで急降下する猛禽のような、鋭く尖った姿。だがその翼は後方に向けて広がり、肉を抉り刺し貫いた後に、傷を拡げ、切り刻みながらガッチリと肉を噛む。
自ら肉を裂き引きちぎる覚悟がなければ、矢が抜けぬまま血は流れ続け、射られた者は長く苦しみ身悶えながら死ぬのだ。
「……今度の“ディーラー”は、……悪魔だ」
そのとき、森の奥から地響きとともに咆哮が聞こえてきた。ようやくだ。目の前が暗くなっていくのを感じながら、俺は笑う。
「……せいぜい、……殺し合うがいい。……異界の、化け物どもが」
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