第5話 食後の香草茶
「おいしかった……」
子供たちは満足そうに微笑み合っている。心なしかモフモフの毛並みにツヤが出てきた気がするけど、まあ気のせいだろう。せいぜい人間でいう、こってりしたもの食べて顔がテカテカになった感じか。
食べ切れなかった食材はシスター・ミアに渡して、後で食べてもらうことにした。パンもミルクも卵もバターもチーズも半分以上が余ってる。あと2食くらいは保ちそう。
となると、直近で必要なのは、わたしの資金確保かな。
「どうぞ、カロリーさま」
シスターが気を使ってお茶を入れてくれた。孤児院の畑で摘んだ香草のお茶だって。カモミールティーに似ていて、クセはあるけどホッとする美味しさがあった。
「シスター・ミア、このあたりにスライムとかゴブリンっています?」
「はい。スライムはそこら中に。ゴブリンは、“魔境の森”の奥で巣をつくりますから……」
シスターが指したのは、わたしとコハクが出会った森の方角だ。“魔境の森”って呼ばれてるのね。かなり危ない場所だったみたい。
そこでゴブリンが繁殖すると、餌を求めて森から出てくる。そして、森から最も近いこの村が被害を受ける。貧しい農民でしかない彼らにはゴブリンの巣を潰す力はなく、冒険者などに対処を依頼するお金もない。農作物や家畜の被害は日常茶飯事で、人的被害も珍しくはないのだとか。
ただでさえ乏しい収穫を奪われ、ますます貧しくなる悪循環だ。
「それでみんな、そんな痩せてるんだ……」
う〜ん……助けてあげたいのは山々だけど。村の男性陣でも勝てないような魔物を相手に、武器も持ってないし戦った経験もない一般人のわたしが勝てるわけない。
「にゃ」
どうしたもんかと思っていたわたしを、コハクが任せろという顔で見る。ゴブリンくらい簡単に倒せるって言ってるみたい。それはそうか。ゴブリンって見たことはないけど人間の子供くらいの身長だっていうから、体長1.5メートルの聖獣コハクに掛かれば瞬殺なんじゃないかと思ってしまう。
「助けてくれるのはありがたいけど、無理しないでね?」
「にゃん」
だいじょぶ、って感じか。ホントに大丈夫そう。早速だけど、森の探検に行ってみようかな。いざとなったらコハクにお願いするとしても、まずは自分のできる範囲で安全策を考える。
「それじゃ……ちょっとだけ、ここにいてくれる?」
ひとりで教会の敷地から道に出ると、コハクがどこに行くのかというような顔をした。
「わたしの能力が上がって、新しいスキルが使えるようになったの」
「にゃ?」
わかったようなわからないような、という感じに首を傾げる。教会の扉のところでも、子供たちが同じように不思議そうな顔でこちらを覗いていた。
開けた場所に“移動店舗”とやらを召喚する。
「スーパーマーケット!」
そこに現れたものを見て、わたしは思わず息を呑む。振り返るとコハクも子供たちも、あんぐりと口を開けたまま固まってた。
「こう来たかぁ……」
出現したのは、アメリカでよく見る無個性なフォードの箱型バンだ。貨物配達車輛から移動式屋台、キャンピングカーや現金輸送車まで様々な用途で使われてる車だけど、目の前にある白い車体には横に展開式のカウンターがあって、でっかくスーパーマーケットのロゴが入ってる。
これは、フードトラック型かな? それはともかく。
「デッ、カぁ……⁉」
前にアメリカで見たときは、道も広いし周囲のひとも車も大きいので気にならなかったんだけど。異世界の寒村に現れたそれは、途中にあった民家よりも大きく見える。
車体の長さは6メートルほどで、幅が2メートルくらい。車内で立って作業をする設計なので天井が高く、屋根までの高さは3メートル近くある。
真四角の車体にボンネットだけ斜めに突き出してる姿は、実用性以外なんにも考えられていない。アメリカ人の超合理性って、ときどき日本人の想像を超えてくる。
「カロリーさま、これは……⁉」
子供たちが騒いでいたせいか、教会から出てきたシスター・ミアも車を見て目を丸くしている。そらそうだ。この世界には自動車なんて存在しないんだろうから。
「ええと……動くお店ですね。これに乗って、ゴブリンの魔珠を集めてこようと思って」
「……差し出がましいことを言うようですが、おやめになった方が……」
シスターは、やんわりと止めようとしてくる。ゴブリン退治が危険だというのもあるけど、それ以前に、倒しても割に合わないからだって。
このあたりで魔物の素材が換金できるのは徒歩で往復に半日かかる近くの街の冒険者ギルドで、ゴブリンの魔珠の買取価格は1個で銅貨5枚。スライムの魔珠は、銅貨1枚だそうな。
仮に銅貨が75円という換金レートで換算すると、スライムの魔珠が50セントでゴブリンの魔珠が2.5ドルか。現地通貨の実勢価値は判断保留としても、“スーパーマーケット”での換金なら4倍の価値を生み出せるわけだ。
「大丈夫ですよ。これに乗っていれば危なくないですから」
ゴブリンが人間の子供くらいのサイズだとしたら、でっかいバンで移動している限りは大丈夫なんじゃないかなと思う。武器を持ってたり群れになってたりしたら、全力で逃げるだけだ。
「さてと……って、あれ?」
運転席のドアを開けてみると、ふつうに運転席があるだけだった。助手席もない車内は後ろが全部キッチンになってて、どこにもショップ的な要素はなさそう。前まで使えてた“オンラインショップ”のサブスキルは消えちゃってるし、買い物するときはどうしたらいいんだろ。
もしかして、手持ちが3ドル97セントしかないから閉店中状態とか? だとしたら、“スーパーマーケット”もずいぶん世知辛い。
「カロリーさま、どうされました?」
「なんでもないです。ちょっと出かけてきますね」
「かろりーさま、いっちゃうの?」
「いかないで……」
子供たちがみゃーみゃー言いながら涙目で見る。野良の子猫にすがられる感じで、みんな連れて行きたくなってしまう。いかん、ホントにそれやったら、こっちの世界じゃたぶん……というか、絶対に捕まる案件だから。
「だいじょぶよ、ちょっと出かけてくるだけだから」
わたしは子供たちをなだめる。モフモフをモフり倒したくなる邪念を押し殺して、穏やかそうな微笑を浮かべる。
「帰ってきたら、みんなでお肉を食べようね?」
心配そうなシスター・ミアと子供たちには、聖獣コハクがついてるから大丈夫だと言って車に乗り込む。
とりあえず、換金手段が見つかっただけで気は楽になった。キーを捻ると、でっかいエンジンが唸りだす。あんまり運転が上手くないので、オートマとパワステで良かった。
でも異世界に来てまで、こんな家くらいある車を運転することになるとは思ってもみなかったな。
「それじゃ、行くよコハク!」
「にゃ!」
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