第49話 暗雲の行方
「カロリーさま、大丈夫⁉」
最年長の男の子、べイスが階段を駆け降りてくる。少し遅くなったせいで心配させてしまったようだ。シスター・ミアの指示らしいけど、もっとも冷静で目端の利く彼を連絡役として送ってきたのは賢明な判断だ。
「また例の連中が来てるの。危ないから孤児院から出ないようにって、シスターに伝えて」
ベイスはチラッとアリベリーテに目を向け、わたしたちが抱えている弓やらクロスボウやらを見る。なにか言いたげな顔ではあるけれども、非常時に煩わせるのはいけないと判断したのか黙ってうなずいた。
「大きな音が出たり揺れたりはあるかもしれないけど、建物の心配も、こちらの心配も、まったく要らないから」
「わかった。でも、気をつけて」
「ありがと」
軽く手を挙げて、屋上の孤児院まで駆け戻っていく。わたしたちとベイスを見ていたアリベリーテが、不思議そうな顔で首を傾げた。
「なぜ、そこまで落ち着いている? お前たちはともかく、あの子供は……いや、ドワーフの成人か?」
「ここにいるドワーフはあたしだけだ。あいつは、ただの落ち着いた子供だな」
「にゃ」
そろそろ戦いに備えるようにと聖獣様がわたしたちに声を掛ける。
緊迫感はあっても、そこまで緊張感はない。ベイスもそうだけど、わたしたちが落ち着いていられるのはスーパーマーケットに張られた防御結界への信頼だ。
前に攻めてきたときリヴェルディオンの連中が放った弓も攻撃魔法も、ただ建物を揺らしただけでわたしたちに危害を加えることはできなかった。
今回も、耐え切れれば良いんだけど。
「ふたりとも、準備して」
追加購入した武器は、“複合弓”と呼ぶらしい、張力補助用の滑車がついた大きな狩猟用の弓をふたつと、前に買ったのと同じクロスボウをもうひとつ。クロスボウはコッキングを済ませて、鏃をセットしておく。
渡しておいた狩猟用の弓を改めて確認したリールルとアリベリーテは、揃って首を傾げた。
「「なんだ、この弓……?」」
奇しくもエルフとドワーフのふたりから、呆れとも怖れともつかない感想が重なった。
「ごめん、わたし詳しくないから。いま手に入る弓で一番良さそうなのがそれだったの。矢は……なんかこの辺のを使って」
「「なんだ、この鏃……⁉」」
いや、だからわたしに訊かれてもわからないって。手当たりしだいに買った矢のなかには、先端がひどく凶悪な形をしているものも混じっていた。なんぞ狩猟用の機能なのかなと思って、気にせず買い込んでいたけど。
「致命傷を与えるために、こんな形を?」「これは血を流させるための溝か?」
「この鉤型は、刺さった後で抜けないようにだな」「殺意を形にしたような鏃だな」
「獣を狩るために考え抜かれたものだとは思うが。ここまでやるのは……」
「「どうかしてるぞ」」
ハモるな。わたしに言われても知らないってば。
「相手を殺す必要はないけど、こちらは怪我のないようにね。この自動ドアから先には出ないで。このなかにいれば、防御結界が守ってくれるから」
「そんなわけ……うわぁッ⁉」
自動ドアを調べていたアリベリーテの目前で、飛んできた火の玉が爆発する。防御結界に弾かれてダメージはないが、空気を揺るがす圧力と轟音は凄まじい。
「ずいぶん遠くから放ってきたな。こちらの用意が整う前を狙ったつもりか」
経験するのが二回目とあって、リールルは落ち着いたものだ。大きな狩猟弓をいっぱいまで引き切って、凶悪な鏃を連続で射った。
「この弓と鏃は、軌道が凄まじく伸びるな。もう少し曲射かと思ったが、ほぼ直射に近い角度で届く」
フワッとした理解でしかないけど、弓矢の性能が思ったより良いという意味なのはわかる。とりあえず、問題ないならヨシ。
気を取り直したアリベリーテも追撃の連射を行い、命中したのか遠くから悲鳴と怒号が響いてきた。
「よし!」
「いいぞ! そのまま左翼を足止めしろ! あたしは右翼を狙う!」
ふたりはリヴェルディオンの連中を順調に削っている……みたいなんだけれども。
距離が遠いのもあるし、動きが速いのもあるし、魔法か偽装かで隠れているらしいのもあるしで、わたしの目には敵の姿がぜんぜん見えてない。
二挺になったクロスボウは、いまのところ宝の持ち腐れだ。
「にゃ!」
「攻撃魔法が来るって!」
コハクの警告をわたしが翻訳した瞬間、雷の魔法が叩き込まれた。雷鳴が轟いて空気をビリビリと震わすけれども、入り口からずいぶん離れた場所で防御結界に止められていた。
「あいつら、攻撃の角度を変えてきたな。陽動のつもりか?」
リールルが、呆れ半分でいう。ふつうは、敵に広く展開されるたら回り込まれるのを警戒するものらしい。でも防御結界は全周に張られているので、回り込んだところであんまり意味がない。
それを思い知っているアリベリーテが、苦い顔になる。
そういえば、アリベリーテを確保した“従業員用ホームディフェンス機能”は、まだ起動していない。遠距離からの魔法攻撃だけで、敷地内に踏み込むところまできていないのかな。
雷鳴と稲光が途絶えて、今度はパチパチと細かく弾けるような音が聞こえてきた。なにも見えないため、その正体がわからない。
「……これ、なんの音?」
「にゃ」
エルフが得意とする、風魔法の斬撃らしい。本来は、音もなく視認もできないまま身体を斬り裂かれる凶悪な攻撃なのだとか。パチパチいってるのは、それが結界に跳ね返される音だったみたい。
「火魔法、雷魔法、風魔法も無効化するか。大したものだが……なんとも理不尽だな」
アリベリーテが、喜ぶべきか憤るべきかという表情で言った。
「あいつら、魔法による直接攻撃が効かんことは知っているはずなんだが……」
他の目的でもあるのか、とリールルはアリベリーテに目を向ける。彼女は“魔境の森”の上空に広がっている赤黒い魔力雲を指した。
「どうにも魔力雲が引っ掛かる。なにか知らないか」
言われたアリベリーテは、小さく首を振った。
エルフの隠れ里でも“森の王”一派は独善的かつ強圧的に動いており、自分たち以外はたとえ同胞であっても道具としか思っていないのだそうな。なんの情報もよこさないし、自由も権利も認めない。そのくせ義務と責任ばかり押し付け、挙句に“隷属の首輪”を嵌めるというのだから始末に負えない。
「でも、噂としてなら聞いたことがある。前にも、同じ雲が掛かったことがあって」
アリベリーテは、魔力雲に目を向けて言った。
「あれは、異界からの召喚を行ったせいだと」
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