第48話 ルーズ・マイ・ペイシェンス
「わたしはカロリー。こちらは聖獣のコハクと、その弟子のリールル」
いきなり自己紹介したわたしを、くっころエルフは怪訝そうに見る。
ここで見捨てるのは簡単だし、たぶんその方が安全だけど。ファリナとフェイリナのお仲間だった場合いささか後味が悪い。直接敵対している勢力に使役されているとしたら、いわば敵の敵なのだし。
「……アリベリーテ」
くっころエルフは、しばし考えた後に不承不承という感じで名乗った。
「おっけー、アリベリーテ。アンタを信用したわけじゃないけど、判断は保留する。でも変な真似をしたら、すぐに放り出すからね。わたしの仲間に危害を加えるようなら、ただじゃおかない」
「……そんなことはしない」
「わかった」
というわけでアリベリーテを、リールルとふたりでコハクの背に乗せる。跨らせたら落ちそうなので、荷物でも乗っけるみたいに横向きだ。アリベリーテは抗議しかけたものの、コハクにしっぽでペシンと叩かれると大人しくなった。抵抗しようにも謎の縛で動けないままだし、こちらに対して当座の危険はないと判断したのだろう。
ただ、スーパーマーケットを見上げて訊いてきた。
「この城塞は、誰が作ったんだ。ひと晩で現れたと聞いているが」
城塞じゃない、とか言っても信じてもらえないだろな。そして作ったのは……この場合、誰になるんだろ。女神様かな、知らんけど。迷っているうちに、リールルが代わりに答えた。
「カロリーの魔法だな」
それを聞いて、アリベリーテは驚愕の表情で振り返る。
「カロリーは、そんなにスゴい魔導師なのか⁉」
「わたしがスゴいわけじゃないよ。女神様と聖獣様のおかげ」
細かい話は説明に困るし自分自身あんまり理解していないので、いつも通り女神様たちに丸投げしておく。
「だから、ここにいるみんなに危害を加えようとする連中には、必ず神罰が下るからね」
とかなんとか言いながらスーパーマーケットの正面入り口に回ったところで、なにかに気づいたコハクが足を止める。リールルもうなずいて、こちらを振り返った。
「カロリー、誰かこちらに来るぞ」
リールルが指した方向は、“魔境の森”だ。アリベリーテの仲間か、あるいは彼女に首輪を着けた使役者か。どっちにしても、友好的な相手じゃなさそう。
「アリベリーテのお仲間?」
「同胞に首輪を着ける奴らを仲間とは呼ばん」
ムッとしながら答えるアリベリーテ。わたしにはまだ見えないけど、こちらに向かってくるのはリヴェルディオンの連中のようだ。
「にゃ?」
捨てる手間が省けた? みたいな感じで鳴くコハク。さすがに、ここで見捨てるのはないかな。
「一応、聞いとくけど。連中に引き渡したら酷い目に遭わされてたりする?」
「“酷い目”の解釈と程度によるな。いまのリヴェルディオンに人的浪費をする余裕はないから、殺されはしない。ただ使い潰すまで隷従させられるだけだ。いまと変わらん」
簀巻きのアリベリーテは、首輪を見せながら自嘲する。わたしには、もう十分“酷い目に遭ってる”状況だと思うんだけどね。
隠れ里だから、人的資源に乏しいのはわかる。最寄りの街は人口が2千人くらいと聞いたけど、森の隠れ里だともっと少ないんだろうか。リールルに尋ねると、概算を教えてくれた。
「ドワーフの隠れ里で百人やそこら。リヴェルディオンはそれより多いようだが、定住者はせいぜい2百といったところだろう。そもそも長寿種は出生率が低くてな」
「にゃ」
なに呑気にお話してんの、とコハクが呆れる。わたしの目にも、森から出てきた十数名の人影が見え始めていた。謎の巨大建造物を警戒しているんだろう。広く横に展開しながら、ゆっくり進んでくる。
「向こうの事情など、カロリーにとっては他人事だろう」
「そうね」
「だったら、なにを迷っている?」
自覚はなかったけど、わたしは迷っていたのか。言われてみれば、その通りだ。自分のなかでの結論は出ているのに。いつか決断しなければいけないとわかっていながら、ダラダラと決断を先延ばしにしていた、これが結果だ。
「もういいや。コハク、降ろして」
アリベリーテを簀巻きにしていた“拘束”を解く。キョトンとした彼女の首筋に手を伸ばして、首輪に触れた。
「ストレージ」
青白い火花が散ったものの、ファリナとフェイリナのとき程じゃない。わたしの能力が上がったせいか、巫覡用の首輪よりプロテクトが緩いのかは不明。まあ、どうでもいい。首輪は消えて、わたしのストレージに収まった。
“入店を承認しますか?”
アリベリーテの入店を承認して、コハクとリールルと一緒にずんずんとスーパーマーケットに入っていく。
「お、おい、どうしたカロリー? えらく剣呑な目になっているが……」
「リールル、これ持って。使い方はわかる?」
「ああ、もちろん」
前にも来たアウトドアグッズのコーナーで、わたしはアレコレと買い込みながらそれを手渡していく。アリベリーテに関しては、まだ完全に信用しているわけじゃない。渡したものを悪用されるかもしれないけど、そのときはそのときだ。
「ふたりには、手を貸してもらう。アリベリーテは、嫌なら構わない。けど、邪魔だけはしないで」
「イヤもなにも、なんの話かわからん! 説明しろ、お前はなにをするつもりだ⁉」
ガション、とクロスボウの弓をコッキングして、わたしは入り口に戻り始める。
「いい加減、うっとうしくなってきたんだよね」
「おい、まさか……」
「アンタを追ってきた連中を、“酷い目”に遭わせてやる」
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