第46話 遠雷と侵入者
美味しいご飯をたっぷり食べて、お風呂に入って子供たちを新しい服に着替えさせる。洗濯機で回すと、ほとんどのトマト染みは無事に落ちた。
青空の下に干した服は日が傾くより早く乾き、ふんわりとお日様のいい匂いがした。子供たちといっしょに、取り込んだ服を畳んで洋服入れにしまう。
夕方から、少し風が出始めていた。
「荒れ模様になるかもしれんな」
リールルが指さした方角、“魔境の森”がある南西側の地平線近くに、うっすらと黒い雲が広がっていた。
「いいんじゃない? たまには雨も降らないと、草木も農作物も育たないからね」
「ただの雨ならな。……あれは、あまりいい雲じゃない」
雲に良いとか悪いとかがあるのか。あるんだろね。こっちの世界じゃ常に雨風を避けられる暮らしばかりじゃない。旅をしてるとか、外仕事のひととか、ちゃんとした家を持ってないとか。それは元いた世界でも同じか。
「大荒れになるってこと?」
「そうではなく、あれは魔力雲のように見える」
「へ」
魔力雲というのは低く垂れこめた黒い雲で、紅く渦巻くような模様があるのが特徴らしい。当然わたしには初耳だけど、この世界でそれは凶兆とされるのだとか。
「それは、占いとか呪みたいな運不運……?」
「いや、実害がある。なんらかの理由により自然界の魔力や生物の持つ魔力の濃度が高まった状態だ。魔物など魔力の高い生き物は興奮状態になるし、逆に魔力の弱い生き物は怯えて恐慌状態になる」
ちょっと待った。コハクって聖獣様だから、きっと魔力は高いんだろう。大丈夫なのかな? ちらっと見ると、興味なさそうにそっぽを向かれた。
「にゃ」
そんなのに影響されるわけがないでしょって。さいですか。
「“なんらかの理由”というのは?」
「さまざまだな。魔物や魔導師の大量死、地下迷宮の崩壊、戦争による大規模な魔法の乱用。怒り狂った龍の群れが魔力雲を生んだ、なんて例もある」
ドワーフの性質なのか、リールルは物知りだ。知識としては理解した。問題は、今回あれが魔力雲なのだとしたら、なにが原因なのかだ。
「なにがあったか知らんが、雲が掛かっているのは森のかなり奥だな」
「まさか、エルフやドワーフの隠れ里でなにか……」
「あれほどの魔力放出が発生するとしたら両住民の鏖殺くらいだが、ないな」
ホッとして良いのか悪いか判断に迷うけれども。エルフの隠れ里の連中はメルバとの戦争で出たり入ったりしてるために常駐人数は百に満たないのではないか、というのがリールルの推測だ。
「ましてドワーフの隠れ里など、せいぜいが老いぼれの数十人だ。他の理由だろう、それが何なのかはわからんが」
なるほど。わからん。まあ、いいや。わたし個人の問題で言えば、この場にいる子たちが無事で幸せなのであればヨソサマのトラブルなど知ったことではない。
「……って、うおぅッ⁉」
いきなり耳元で電子音と音声アナウンスが鳴り響き、目の前に文字表示が現れる。
“従業員用ホームディフェンス機能で、正体不明の侵入者を確保しました。対処を選択してください”
「対処って……」
“無力化”
“拘束”
“廃棄処分”
どれでもたいがいアカンやつやん、と思いつつ比較的ダメージの少なそうな“拘束”を選択。侵入者とやらがホントに敵なのかハッキリしてないうちに廃棄処分はできない。
モニター機能みたいので視認もできるんだけど、倒れてジタバタしてる人物は当然のように見覚えはない。
「リールル、ちょっと付き合ってくれる?」
「どうした」
「侵入者がいるみたい。ええと……」
「にゃ」
建物の裏側、南東方向だとコハクが前足で指してくれる。まだ敵かどうかは不明ながら、弟子のリールルといっしょに同行してくれるようだ。
「シスター・ミア、わたしたちは下の見回りに行ってきます。子供たちを孤児院から出さないようにお願いしますね」
「お任せください。お気をつけて」
スーパーマーケットの一階まで降りて正面入り口から外に出たわたしたちは、大きく回り込んだ南東側外縁部で揃って首を傾げる。
「……なにしてるの、このひと?」
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