第44話 晴れのちミートソース
「剣と魔法とステンガン」継続してたので間が空いてしまいました
フカフカのベッドは最高だった。寝る前にみんなで大きな露天風呂に入って、きれいな柔らかい服に着替えて。温かでモフモフな子供たちと一緒にぐっすり寝て。起きたら窓からは明るい陽光が差し込んでいて、真っ青に晴れ渡った空が見える。
ああ、今日はこの世界に来て一番いい目覚めだ。
いろいろと面倒な問題のことは忘れよう。どうせジタバタしたところで、いち個人にはどうにもならない。……こともないかもだけど、そんなの知らない。今日はみんなで、お肉いっぱいのスパゲッティ・ミートソースを食べることになってるんだから。なんでそんなことになったのかは覚えてない。でも、なんか癒される食事が必要だと思ったのだ。たとえば日本人ならオムライス、アメリカ人ならパンケーキみたいな。
「ああ、パンケーキでも良かったかな」
3枚とか4枚とか重ねたパンケーキにたっぷりのバター乗せて、メイプルシロップをドバドバかけて。アイスクリームとかトッピングするのもいい。おまけにカラースプレーとかも振りかけちゃう。
幸せの記号は、いつだって糖分と脂肪分とカラフルな色彩でできているんだ。
「かろりーさま、おきたー?」
「「おきたー?」」
ノックの音がして、子供たちがドアから顔を覗かせる。
「起きたよ。お腹空いた?」
「すいたー!」
「「たー!」」
年長の子たちの後で、小さい子たちが輪唱するように声を上げるのが可愛い。
みんなで手をつないで、厨房まで歩いてく。今日はカフェテリアではなく、孤児院で食べよう。必要な食材は昨日のうちに用意して、ストレージに入れてある。
拡張された小店舗の品出し? そんなの後回しで良いよ、もう。
「それじゃ、ミートソースのスパゲッティを食べようか」
「「「はーい‼」」」
良い返事だ。みんな食べるのは初めてだと思うんだけど、なにか美味しいものを作るんだってところは伝わってる。
まずは、タマネギとニンジンをみじん切りにするところから。刻むのはベジタブル・チョッパーで子供たちにお願いした。ニンジン4本に、大き目のタマネギを6個。剥いたタマネギを大型容器の上に置いて、フタで押し込むと格子状の刃でみじん切りになって容器に落ちる。
「それじゃ、やりたい子は?」
「はい!」「やりたい!」「にーなも!」
手伝いを買って出てくれた子たちには、前に買ったエプロンを着けてもらう。
「きをつけて、そう、そこにおいてね」
「きをつける」「おいたよ!」
簡単で安全とはいえ、ある程度の力が要るので年長のイリーナちゃんが小さい子たちをサポートしてくれた。実際はほとんどイリーナちゃんの力で動かしてるんだけど、小さい子たちが“お手伝いしてる”っていう実感と喜びを持てるかどうかで、料理への興味と関心につながってく。
やっぱり、イリーナちゃんは優しくて賢いお姉ちゃんだ。
「かろりーさま、できた!」「たなめぎ!」
うん、言えてない。でもカワイイからヨシ。
タマネギとかニンニクとか、最初は不安だったけど何度か試して神獣様や獣人の子たちでも大丈夫だとわかったので、ふつうに使うようになった。
タマネギは2割くらいを別皿に取り分け、残りをニンジンと一緒に炒め始める。ジュージューといい匂いが漂って、子供たちがやりたそうな顔でわたしを見る。
「まぜるの、お願いできる?」
「「できる!」」
「ゆっくりでいいから、焦げないように、こぼさないようにね」
「「はーい!」」
小さい子たちの見守りとサポートはイリーナちゃんにお願いする。その間に、わたしは挽肉の下ごしらえだ。
ミートソースのメインは、たっぷりの牛ひき肉。今回は、ソースだけじゃなくてミートボールとしてもトッピングしたい。イメージとしては、古いアニメ映画に出てきたみたいなやつだ。
脂肪多めから赤身多めまでいくつかあるうち、赤身肉80%、脂肪20%のものを約2キロ用意してある。これで約4,500円くらい。
ひき肉の半分をソース用、もう半分をミートボール用に分ける。ミートボール用には、さっき別皿に移した方のみじん切りタマネギとパン粉にミルクと卵を混ぜて、塩胡椒とナツメグを振った。
アメリカのスーパーマーケットには“粉砕したパン”っていうのもあるんだけど、粒が細かくてカリカリしてるのでハンバーグには向いてない。ちょっとだけ高いけど、やっぱりハンバーグには“日本のパン粉”だ。
1キロほどのひき肉をこねたら、あとは丸めるだけ。ワクワクした顔の子供たちに手伝ってもらって、どんどん丸めてく。
「みんながひと口で食べられるくらいの大きさにしてね?」
「このくらい?」
「そうそう、いい感じ!」
たこ焼きくらいの大きさにしたミートボールをフライパンにぎっしり並べて、ミートソースのなかで煮崩れない程度に表面を焼いてく。ジュージューと美味しそうな音とともに香ばしい匂いが漂って、子供たちが嬉しそうにフライパンを覗き込む。
「イリーナちゃん、タマネギの方はどう?」
「こんな、かんじです」
「うん、完璧!」
イイ感じに薄めの飴色。炒めたタマネギとニンジンを大鍋に移してニンニクを加え、ミートソース用のひき肉と合わせる。混ぜながら火を通して、ワイン、コンソメとトマト缶を投入。
オレガノも入れて、味付けは塩胡椒とケチャップ、ウスターシャーソース。てっきり日本の“ウスターソース”と同じものかと思ったら、英国リー&ペリンズ社のソースはずいぶん辛口。ちょっとだけにしとこう。
「「わあぁ……♪」」
「どんどん、いいにおいになってく……!」
「かろりーさま、これは、きのこ?」
並べておいたマッシュルームを見て、イリーナちゃんが訊いてくる。
「そう、マッシュルームっていうの。みんな、きのこ好き?」
「すき!」「だいすき!」
「おなか、こわさない?」
孤児院の子たちのなかには、森で摘んだきのこを食べてお腹を壊したことのある子もいるみたい。
「大丈夫だよ、これは農家で育てられたきのこだからね」
「おいしそう!」「いいにおい、するよ?」
ちゃんと説明したら納得してくれた。マッシュルーム好きなんだよね。加熱済みの缶詰もあるけど、“新鮮さを保証します”て書いてあるパック入りのを使おう。スライスされたものが227グラムで330円くらい、なので2パック入れちゃう。
あとはミートボールを入れて、少し煮込んで出来あがりだ。
「さて、いよいよスパゲッティを茹でるよ」
このときのために購入しておいた寸胴で、たっぷりのお湯を沸かす。沸騰してきたら塩を投入。個人的な好きなイタリア産ディチェコのスパゲッティ、ちょっと太めの1.9ミリだ。
茹で時間は歯応え重視で10分。その間にミートソースをコトコトと煮詰めてく。
「いいにおい……」
「みんな、仕上げをお願いできるかな」
「できる!」「いいの⁉」
「もちろん。美味しくできるかどうかは、みんなに掛かってるからね」
塩胡椒とケチャップ、ウスターシャーソースを渡して、必要なものを足してくれと伝える。イリーナちゃんとちびっ子たちは、真面目な顔で真剣に味を見てくれた。
「おしお、このくらい」
「あかいの、おおめ」「くろいの、もうすこし」
最後にみんなで味を確かめ、子供たちは満足そうにうなずき合う。
「おいしく、できた!」
子供たちの合意によりミートソースは完成、わたしに確認を頼んでくる。固唾を呑んで見守るなか、スプーンでひと口。いい味だ。
「うん、完璧!」
と我らが料理人たちを称えていたところで、リールルとコハクが厨房に入ってきた。
「カロリー、ちょっといいか」
「どしたの、なにか問題?」
「にゃ」
問題じゃないけど、なんでか外にテーブルが出ているらしい。外に出て言われた方を見ると、ビアガーデン風というかアウトドア型フードコートというか、ウッドデッキに6人掛けのテーブルが4脚と、30ほどの椅子が並んでいる。
いつの間にできたんだか、“スーパーマーケット”のサービスかな。屋上のガランとした印象が、ずいぶんいい感じになった気はする。そして、晴れた空の下では最高のシチュエーションに見える。
わたしは振り返って、みんなに声を掛けた。
「みんな、今日はお外で食べようか!」
「「「はーい!」」」
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