第43話 まかないのカフェテリア・ランチ
ゲンナリした気持ちを押さえながら、わたしは小店舗を通ってスーパーマーケットに入る。
「みんな大丈夫だった?」
「うん」「だいじょぶ」「へいき」
「こわかった……」「どーんて、なったね!」
「カロリーさま、彼らはなんと」
少し離れたところでシスター・ミアに訊かれて、エルフの隠れ里の連中がファリナとフェイリナを取り返しに来たことを話す。ただし、助けに来たわけではなく利用するために。
それを聞いて、シスターは驚きを隠せないようだった。
「まさか、エルフが仲間の子供を……」
「“森の王”と名乗るリヴェルディオンの統治者に言ったら、否定しませんでした」
「では、あのふたりは」
「帰す気はありません。自分たちの意思で戻りたいというなら話は別ですが」
それが良いとシスターも同意してくれた。
「子供たちには、しばらく外を出歩かないように伝えます」
ぐうぅ、っとお腹が鳴る音がした。犬獣人ボーイズの3人が缶詰で山盛りのショッピングカートを押しながらお腹を押さえてる。わたしもお腹減った。そりゃそうだよね、気づけばお昼を大きく回ってる。今日はめんどくさいことが立て続けに起きすぎた。
「みんなストップ。続きは後にして、ご飯食べよう」
「「「「はーい!」」」」
「ごめんね、いろいろあってお昼の時間なの気づかなかった」
「最後のバカどもは、さすがにカロリーのせいじゃないだろう」
「そうですよ、それどころではありませんでしたから」
リールルとシスターはフォローしてくれたけど、あんな奴らは逆に、お腹を空かせてまで相手してやる価値なんてなかったな。問答無用で射ってやればよかった。
「にゃ」
お腹が減ってると嫌な考えになるよ、って聖獣様は宥めてくれる。そうだね。食べないのと寝ないのと暖かくしないのは、心の健康に良くない。
「2階のね、前にご飯を食べたところの奥がお店で働くひとたちの食堂になってるの。そこに行ってみたいんだけど、いいかな?」
「いいよー」「なにがあるの?」「あまいの、ある?」
「おにくは?」「ぼく、ちーずがいい!」
なにが出てくるのかは、わたしにもわからない。カフェテリアの奥はキッチンになってたから、もしかしたら自分で作るのかもしれない。だったら、今回はなにかフードコートで買ってこよう。
「なんか、いいにおいする」
エスカレーターを降りたところで、犬獣人ボーイズのキンデルが鼻を鳴らした。ルイードとオーケルも、うんうんとうなずく。
「フードコートの匂いじゃない? ほら、前に食べたハンバーガーとか、ピザとかの」
「ちがうよ!」「もっとむこう!」「あっち!」
「かろりーさまのいってた、はたらくひとの、しょくどう?」
イリーナちゃんとニーナちゃんも、視線はフードコートを通り越してバックオフィス方向を見つめてる。
嗅覚に優れた獣人の子たちに比べると人間の子供たちはそこまで反応していないものの、美味しそうなもの食べられるんだってワクワクした顔してる。急ごう、これ以上おあずけを喰らわせるのは可哀想だ。
みんなといっしょに、わたしも期待満々でバックオフィスのスイングドアを開ける。
「おおぉ⁉」
「これ!」「このにおい!」「おいしそうなにおい!」
こう来たか。前に通ったときはなんにも置いてなかったキッチン手前のカウンターに、料理の入った四角い金属トレイがズラッと並んでる。 アメリカのカフェテリアでよくあるやつだ。
どうするんだろ、って子供たちがキョロキョロしてる。わたしは小さい子たちにお盆を配って、その上に食器を載せてゆく。それを見た年長の子たちは、すぐに自分たちで同じように器を準備してくれた。
「それじゃリールル、シスターも盛り付けを手伝ってもらえますか?」
「お、おう」
「向こう側に入ればいいのでしょうか?」
「はい、お願いします」
カウンターの手前に並んだ子供たちのお皿に、大人が反対側からよそってあげる。今日のメニューは温野菜のサラダにマッシュポテト、マカロニ&チーズ、揚げたコーンミール、小エビフライ、薄切りのローストビーフと、小さなホットドッグ、デザートにフルーツとピーカンナッツのパイがつく。
カフェテリアのようなビュッフェのようなメニュー。ボリューム感があって、美味しそうだ。保温容器に入ってるから、まだちゃんと温かい。
「小さい子には、手伝ってあげてくれる?」
「「はーい」」
年長の子たちには後で自分で取ってもらうけど、小さい子はまだ難しいので大人が盛り付けてあげる。それぞれお好みを聞きながら、食べられる量で好きなだけよそう。こういうのも楽しいんだよね。みんな目をキラキラさせてるのが、すごくかわいい。
「飲み物は、そこの箱から入れてね。カップを銀色のところに押し付けたら出るから、最初は勢いよく出るかもしれないんで気をつけて」
ドリンクのディスペンサーにも、年長の子たちはすぐに慣れた。ラインナップは色からしてミルクとオレンジジュースと、ピンクグレープフルーツかな。どれが飲みたいか小さい子に聞いて、注いであげてる。
それが済んだら年長の子たちが自分の料理を盛り付けて、最後に大人が続く。さすが飽食の国のカフェテリア。全員がよそった後でも、お代わりの分はいっぱいある。
「それじゃ、みんな食事は揃った?」
「「「はーい!」」」
「では、女神様と、聖獣様、そしてカロリーさまに感謝を」
「「「めがみさま、せいじゅうさま、かろりーさまに、かんしゃを」」」
「にゃ」
最初は気にしてなかったコハクも、みんなといっしょになんか言うようになった。聖獣様とカロリーさまは省略して、女神様ありがとうくらいの意味っぽい。
「おいし!」「これすき! まえにたべた、ちーずの!」「まるいの、おいしいよ?」
「このおにく! すっごい、うまい!」「この、ほそながい、ぱん、だいすき!」
肉好きな犬獣人ボーイズは、たっぷり盛り付けたローストビーフとホットドッグをモリモリと平らげてゆく。フライドチキン好きのベイスはチキンの代わりにフライドシュリンプを、マック&チーズが大好きなミケルは山盛りにしたマカロニを、並んで幸せそうに食べている。
君たち、また5人で1万キロカロリーくらいありそうなんですが、いいのか。
「かろりーさま、この、くるんとしたの、なに?」
「油で揚げたエビなんだけど……シスター、このあたりでは食べないですか?」
殻があって、ヒゲがあって、後ろ向きに丸まって泳ぐ……と説明すればするほど通じる気がしない。エビを知らないひとに説明するのは意外に難易度が高い。
「海の街ではそういう生き物を食べると聞きますが、わたくしは見るのも初めてです」
「くるんとしたの、おいしいよ?」
「わたしも、すき!」「この、しろいのが、おいしい」
白いのっていうのは、タルタルソースかな。美味しいよね。エビフライにはタルタルソース。日本のマヨネーズよりあっさり目で、刻み野菜もたっぷり入ってるからたくさんつけても罪悪感が少ない。
「「おいしい……」」
子供たちは、幸せそうに言う。前までは、どこか嬉しいような悲しいような顔で言ってたのが見ていて切なかった。美味しいものが食べられてるのは夢じゃないし、いまだけでもないって、信じられるようになったんだとしたらわたしも嬉しい。
「うまい……相変わらず、信じられないほどうまい。うまいのだが……」
リールルはといえば、相変わらず興味津々の顔で食べてる。
美味しいと思ってるのは本当なんだろう。でもドワーフの性なのか、いちいち分析するような癖が抜けてない。今日もパクパクと食べながらも、“エビとはなんぞや?”、“この丸いのの正体は”、“見たこともない木の実だが”、“肉のようで肉でない細長いものはいったい……”などと考えているらしく、傍から見てると百面相みたいになっている。
「この器は、なにでできているんだ?」
今度はカフェテリアの透明プラスティックのコップが気になったみたい。
なんて説明したらいいんだろ。どこから説明したら伝わるの? 石油からできてる、というのは簡単だけどプラスティックの詳しい成分とか製法なんて知らないし、この世界に石油があるのかもわからない。
フワッとした伝聞情報だけでは納得するどころか余計に混乱するだけだろう。
「ええと……女神様の魔法?」
「そうか、魔法か。では、こういうものだと受け入れるしかないな」
納得したみたい。リールルの知的好奇心を満足させてあげられないのは、ちょっとだけ申し訳ない。とはいえインターネットか百科事典でもない限り、なにもかも教えてあげるのは無理。エビの説明ですら困ってるのに。
「にゃ」
そんなもんだよね、って達観した聖獣様から適当な感じでフォローされた。
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