第42話 エルフの再来
またドーンと大音響が上がって、建物に衝撃が走った。なにかが壊れた音はしない。攻撃を受けたのは建物じゃない。外の結界が守り切っているんだろう。
なにか武器を、と思ってストレージを見たわたしはそこに違和感を覚えてもう一度見直す。なんだこれ。
怒りが顔に出てしまったんだろう、ファリナとフェイリナは怯えた顔でわたしを見る。
「大丈夫、心配ないよ」
わたしは、がんばって笑みを浮かべた。ぎこちないかもしれないけど、いまはこれが精いっぱいだ。
「ここにいてね。絶対に動かないで。あなたたちのことは、わたしと聖獣のコハクが、必ず守るから。いい?」
ふたりが揃ってうなずくのを確認して、わたしはスーパーマーケットの入り口に走る。子供たちの悲鳴は上がってる。怖がってるだけだとわかっていても怒りに我を忘れそうになる。
外が見えてくるようになると、黒フードの男たちがスーパーの入り口前で遠巻きに包囲しているのがわかった。
「リールル! シスター・ミア! 子供たちに怪我は!」
「無事だ! 問題ない!」
「誰も怪我はしておりません!」
よし。建物やら商品はともかく、子供たちになにかあったら絶対にただでは置かないところだ。
「コハク!」
「にゃ!」
だいじょぶ、と言ってくれてるものの、声には不快感と怒りが込められている。
クロスボウを出そうか迷う。一度に1本ずつしか射れないから、大勢相手にはあんまり意味がない。ここで相手に死人が出たら、メルバや王国とは別に、わたしたちとの遺恨も発生してしまう。
いまのところ和解するつもりはないものの、憎しみの連鎖とやらを作りたいほどでもない。正直に言えば、エルフの自治領とやらにはなんの興味もない。
外の様子は見えているけど、声はあんまり聞こえてこない。拡張された小店舗スペースに入ると、ようやく少しだけ聞こえるようになってきた。
「出てこい、ディーラー! 愚かなケダモノどもを篭絡するしかできん、薄汚い紛い物の偽善者めが!」
なんだそれ、わたしのことか? ひとの店に不意打ち攻撃しておいて、なにを好き勝手なこと言ってんだか。やっぱ一発くらい喰らわせてもいいか。外に出る前に、クロスボウの弓をセットして矢をつがえる。
透明ガラスのスイングドアの前に立つと、聖獣姿のコハクもわたしの隣についてきてくれた。
「にゃ」
あいつら様子がおかしいから気をつけて、って言ってる。おかしいというなら最初に来たときから完全におかしいんだけどね。
「くだらん砦を作って我ら森の民を威嚇しているつもりだろうが! こんなものはすぐにでも灰燼に帰することになる!」
怒鳴っているのは前と同じ、白い服を着た偉そうな男。顔を真っ赤にしてヒステリックに喚き散らしている。
よく見れば服は汚れて、あちこちに血の跡があった。黒フードの連中もボロボロで、数も前より少なくなってる。戦の被害は領主の兵たちだけではなくエルフの側も無事ではなかったみたい。
「コソコソと隠れていることしかできん腑抜けの雌犬が! さっさと出てきて我らが正義の鉄槌を喰らうが良い!」
「ガアアァッ!」
外に出たコハクが全力の咆哮を上げると、エルフの連中はビクッと怯んで後ずさった。それでも逃げないところには、それなりの決意を感じる。
「女神の加護を受けた聖域に、これ以上攻撃するなら反撃する」
わたしがクロスボウを向けると、黒フードの男たちは身を伏せて小さな盾を構えた。白服の男は、魔法の盾なのか青白い光を身体の前に展開する。
威力は前に見てるから、それなりに対抗手段を考えてはきたみたいだ。
「だまれ! 森の巫覡を奪った卑怯者が!」
「ふげき?」
ああ、巫女さんのことか。もしかして……というか、もしかしなくてもファリナとフェイリナのことを言ってるんだろうな。
「勝手なことばっか言わないで」
わたしはストレージから目当てのものを引っ張り出すと、白服の男に投げつけた。爆弾でも投げられたみたいな顔で飛び退いた男は、それがなんなのかわかって驚きに顔を歪める。
「貴様ッ! 巫覡を殺したのかッ!」
「殺すわけないでしょ。アンタたちと一緒にしないで」
「これは外す手段のない魔道具だ! 外したのであれば殺す以外に方法など……」
「黙れ!!」
いい加減、我慢も限界だった。こいつら、自分の同族に。それも、あんな小さい子に首輪を着けたんだ。たぶん死ぬまで縛って、自分たちの命令を聞かせるために。
もちろん見ただけじゃわからなかったけど、ストレージで表示された名称と説明書きで知った。それが絶対に外せない“隷属の首輪”だって。作ったのはコハクの読み通り、メルバの魔道具師。命令に背くと痛みを与える魔道具なんて、使うのは人買いと奴隷商人ぐらい。だけど特殊な魔法陣の刻印から、それがエルフによる特注品だって説明書きに出ていた。
この首輪は痛みを与えるだけではなく、命令自体を強制する。どういう仕組みなのかは知らない。知りたくもない。作った奴も売った奴も買った奴も使った奴も、みんな揃って地獄に落ちればいい。
「コハクを捕まえたツタみたいな罠も、仕掛けたのはアンタたちでしょ」
「だからなんだッ! 半獣どもを扇動するディーラーと、その走狗、にッ」
「黙れ」
わたしはクロスボウで白服男の足を射抜く。身体の前に展開していた魔法の盾は足まで考えていなかったみたいで、発射された矢はあっさりと矢羽根まで刺さって止まった。
悲鳴を上げて転げ回る白服男を見て、黒フードたちは少しずつ距離を取り始める。あんまり人望はないみたいだ。
それを見ながら、もういっぺん弓をセットして矢をつがえる。
「ファリナもフェイリナも、本人たちが帰りたいならいつでも送ってくつもりだった。まさか、エルフの大人たちがこんなクズだなんて知らなかったからね」
「我らの同胞をッ、奪うッ、つもりかッ!」
「首輪を着けて従わせるのを“同胞”って呼ぶの? それがエルフの常識なんだとしたら、アンタたちにも着けてあげるよ」
魔道具なんて持ってないけど、金属製のチェーンくらいどんなサイズだって取り揃えてる。ぶっといのを南京錠でギッチリ固定してやったら、この世界の道具じゃ壊せない。
自分がされたらどんな気分か、せいぜい思い知ればいいんだ。
「“森の王”にッ、……楯突く、つもりならッ、……ただでは、済まんぞッ!」
なんか言ってる。涙目で転げ回ってた白服の馬鹿エルフが、森の王? リヴェルディオンのトップは、この程度の男なの? 何度も王国内の亜人を扇動して、内乱を起こそうとしてきたとか、王国各地で武装蜂起を行ってるとか言ってた気がするんだけど。
「その“王様”は、あの子たちがオークに襲われてたとき、どこでなにをしてたの」
「……なにがッ、オークだッ、……そんなもの、森の深淵に、しかッ」
ドサッと、目の前に死骸を出してやったら固まってしまった。黒フードの連中はさらに下がってゆく。
「てっきり人買いにでも捕まって、囮にされたのかと思ってた。そんなに大事なんだったら、あの子たちが危ない目に遭ってたとき、アンタたちはなにをしてたの」
「……き、貴様のッ、知ったことかッ」
「子供も守れない無能が、偉そうに王を名乗るな」
白服男の頭にクロスボウを向けて、最後通牒を言い渡す。
「今度わたしたちに近づいたら、警告なしに殺すから」
出血からか興奮からか、白服の男はブルブルと震え始めた。ここで死なれたりしたら、非常にめんどくさい。遠巻きに見ていた黒フードに手を振り、震えてる白服男を指す。
「さっさと連れてって」
脅しのために言ったものの、前回も同じようなことを言ってたのを思い出す。ひとを殺すとか、そんなのできるわけない。ゴブリンを車で撥ねるのだって最初はキツかったのに。
「……これで終わると、……でも」
「うるさい! 二度と来んな!」
ホント迷惑。このまま続いたら、“スーパーマーケット”の禁断の扉を開いてしまいそうだ。
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