第41話 レジスタード・ボンド
「かろりーさま、だいじょうぶ?」
小店舗に戻ると、イリーナちゃんたちが不安そうな顔で訊いてきた。
なにも問題ないと答えておいたけど、問題は山積みだ。特に、エルフの兄妹ファリナとフェイリナについて。彼らが人買いにさらわれたことで今回の戦を生んだのだとしたら、エルフたちに返さなくてはいけない。前回の接触でリヴェルディオンのエルフに対する心象は最悪だし、それは向こうにとっても同じだろう。この状況でふたりをすんなり引き渡して良いものかは迷う。
これからどうしたいかは、落ち着いたら聞いてみようと思ってそのままになってた。
「かろりーさま、おしごと、する?」
人間の少女ケーミナちゃんから訊かれて、クヨクヨしていたわたしは気を取り直す。ファリナとフェイリナは、いっぺん助けたんだから最後まで面倒を見る。なにかあったら、全力で守るだけだ。
「それじゃ、お客さんを呼ぶことになったら、なにをしてもらうか教えていくね?」
“従業員用レジスター機能を起動しますか”
“従業員用通信機能を起動しますか”
目の前に表示された選択肢は、どちらも“イエス/ノー”ではなく“オン/オフ”だった。たしかにレジ機能も通信機能も、起動しっぱなしじゃ日常生活に支障が出るからね。
レジ機能に関しては管理者権限で、わたしだけは元値と売り値の確認と設定ができるようになってた。この世界でスーパーの売り値のまま販売していたら市場を壊してしまうだろうし、売る相手によって利幅も考えなくてはいけないからこの機能は必須だった。
「お仕事中は、孤児院のみんなと離れててもお話ができるようになったみたいなの。試してみてくれる?」
「シスター、きこえますか、ベイスです」「エイル、きこえる?」
「ニーナ、おねえちゃんだよ」「ユティ、いまなにしてるの?」
それぞれ通信でつないで大喜びしてる。前置きなしに声だけ聞こえてきたので、向こうはみんなビックリしてるみたい。お店が少し変わったと聞いて、見に来たいと言っているらしい。
「いいよ、呼んでくれる?」
4人に伝えてもらうと、孤児院にいたみんながワラワラと揃ってやってきた。シスターの引率で制服姿のちっちゃい子が歩いてくるのは不思議な感じだけど、すごくかわいい。
「ねえちゃ!」
「ニーナ、はしっちゃダメ」
いままで離れて過ごすことがなかったのか、ほんの短い時間なのに妹たちは兄や姉に駆け寄ってしがみつく。
「エイル、おてつだい、する!」
「ニーナも!」
最初の作業として、新しくできた拡張小店舗に置く商品の選択と移動だ。
コハクの意見に従って、置くのは塩と缶詰、毛布とミネラルウォーター。このへんの商品を商人ギルドに納めたとき、“メルバで商売するとしても同じ商材を扱うつもりはない”とか言ってしまったけど、そもそもこの店に来る最初のお客さんはどう考えても商人ギルドだ。もう塩の取引も済んでるしね。
あとは小麦粉も漂白してないのオールパーパスのものを少し置いてみる。汎用小麦粉とはなんぞ? と思うけど、日本でいう中力粉だ。
元値は2.3キロ弱入りで安いのだと400円ほど、ちょっと良いやつで900円弱。
まずは良い方のやつを売り値8ドルで様子見だ。
広い方のスーパーマーケットの店内を回って、選んだ商品を大きなショッピングカートに積んでカラコロと運ぶ。小さい子たちは巨大なショッピングカートに乗り込んで、積み込みと荷崩れの監視。半分お飾りではあるんだけど、嬉しそうなのでヨシ。
塩のコーナーに来て気づいた。スーパーの店舗内に置かれた商品は、わたしたちが買った後でいつの間にか補充されてるみたい。拡張された小店舗はせっかくなにもない状態なので、最初くらい自分たちで自由に配置を考えたい。
「かろりーさま、しお、この青いの?」
「そう、最初は40本くらいお願い。メルは、そっちの水を50くらい」
「わかった」
塩はイリーナちゃんとニーナちゃんチーム、水はメルとエイルちゃんチーム、小麦粉は人間女子ケーミナちゃんユティちゃんと熊ガールのカイエちゃんで積み込みを開始して、次は缶詰だ。
「かろりーさま、つぎは?」「かんづめって、いってたよ」
「かんづめ? なに?」「これ?」「きのうの、まるいやつ!」
「そうそう、ゆうべエルフ豆のシチュー作ったでしょ? あの豆が入ってたのが缶詰だよ。それに入った食べ物は長い間、腐らないの」
種類が多くなりそうなので、人間男子べイスとミケル&犬獣人男子のキンデル、ルイード、オーケルに任せる。絵がついてるから中身はなんとなくはわかるだろうし、商品知識はベイスが把握しているみたい。
「ひとつの種類ごとに10個くらい、全部で80個くらいあれば助かるかな」
「ちょっとくらい、おおすぎても、いいよね?」
犬獣人ボーイズが、なんか漫画のキメ台詞みたいなこと言ってきたんで、運べるなら好きにしていいと答えておく。
「ファリナ、フェイリナ。ちょっと手伝ってくれる?」
「「なに、はこぶ?」」
「毛布だよ。向こうにあるから、ちょっとそれ押してきて」
エルフの兄妹は、わたしと一緒にアウトドア用品のコーナーに向かう。空のショッピングカートを両側から押しながら、ふたりは興味津々でついてくる。見るものすべてが初めてなんだろうし、ほとんどの商品がなんなのかもわからないみたいでキョロキョロと揃った動きで周囲を見渡している。
まずは商人ギルドに卸したものと同じフリース毛布と、アウトドア用の耐火・暴風・防水仕様の毛布。あとはいくつか色違いと用途違いのものも加える。
「こんなもんかな……」
「「ゆみ」」
ファリナとフェイリナは、アウトドア用品のところにあった狩猟用弓を見てボソリとつぶやく。
「弓、好きなの?」
「「きらい」」
そっか。エルフがみんな弓矢好き、っていうのも偏見かも知れない。それとも、なにかこれまでに経験した出来事のせいで嫌いになったのか。
「「カロリー」」
毛布を積んだショッピングカートを押さえたまま、ふたりはわたしを見る。
「ぼくたち」「わたしたち」
「「うられるの」」
あら。そうきたか。ちゃんと話したつもりが、通じてなかったか伝え方が悪かったか。
「売らないよ。わたしは商人だけど、人買いでも奴隷商でもないし。そういうことするやつらが大嫌いなの」
「「それじゃ、なんで」」
「ん?」
「「なんで、エルフをたすけたの」」
「コハクがあなたたちを見つけて、危ないと思ったから助けた。それだけで、理由は考えたことないかな」
あのとき、わたしはコハクの背中に乗ってるだけで、なんにもしなかったし。
正直に答えたつもりが、かえって兄妹を困惑させる結果になってしまった。
この世界のひとたちだって、子供が魔物に襲われてたら助けるでしょ。さすがにオークが相手だと無理かもしれないけど、助けられるもんなら助けるんじゃないかな。
ついでというか、いい機会だからここで訊いてみるのが良いかもしれない。
「ふたりが、どこかに帰るところがあるなら送ってくよ。事情があるなら聞くし、話したくないなら無理には聞かない。理由があって帰りたくないんなら、ずっとここにいてくれて全然かまわない」
「「……うん」」
なにか話せない事情があるのか、話したく理由があるのか。ファリナとフェイリナは、揃ってうつむいたまま言葉を詰まらせる。
「にゃッ‼」
みんな下がって、みたいなコハクの鳴き声が響いた後、スーパーマーケットの建物が大きく揺れた。
「「……きた」」
恐怖と絶望に蒼褪めた顔で、エルフの兄妹は入り口の方向を見る。わたしが問いかけようとしたところで、その目が虚ろになっているのに気づいた。こちらの姿も見えていないし、声も聞こえていない。幼い姿のふたりは、涙を流しながらブルブルと震える。
「「……みんな、ころされちゃう……」」
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