第40話 ひろがるもの
「え」
すごいって、なにが?
「こんなに、いっぱい」「こんなに、いいものが」
「こんなに、たくさんの、しなものが、うってる?」
「しらないものばっかり」「こんなの、ぜんぜん、みたことない」
「……6おく??? ……おくって、なに??」
なんて?
「ちょ、待ってベイス。それ、なんの話?」
「お店で、あつかう商品の種類。“最大、6おく”って。そんな数、ぼく聞いたことない」
それはそうだろうと思いつつ、わたしはゾッとした。そんな大量の商品情報をいきなり子供に詰め込んだら、頭パンクしちゃうんじゃないの⁉
なにかあったら後悔どころでは済まない。でも見たところ、4人に異常は感じられない。それどころか、ひどく嬉しそう。
「かろりーさま、さいしょは、ひんもくで、おぼえましょうって」
イリーナちゃんが、不安そうなわたしに笑顔で教えてくれた。
品目というのは、商品のカテゴリーというか、分類項目のことだ。
一般のスーパーマーケットでいえば、まず「食料品」「家電」「衣料」みたいな“商品取り扱い部門”があり、その下に「チーズ」「ミルク」「精肉」みたいな“品目”が並ぶ。
さらに細かく個別の銘柄を数えると6億になるとしても、アイテムまでならその1%くらい……としても数百万か。やっぱ深く反省しよう。
「まだ、ぜんぶのしょうひんじゃなくて、10ぶんの1くらいだって」
メルがそう言って、年長ボーイズ&ガールズは歳に似合わない苦笑気味の笑みを浮かべた。彼らは“スーパーマーケット”のすさまじい品ぞろえを見て度肝を抜かれていたのに、それが全力ではなく1/10の力でしかなかったと知って気が遠くなっているようなのだ。
……というか待って。“スーパーマーケット”って、このままレベルアップしたら最終的には商品数いまの10倍になるの?
いや、そんなの無理だって。いまでも持て余してるのに。
「……階下の店、あれで6千万種類の商品あるのか。どうすんだろ、この先」
“従業員用レジスター機能が実装されました”
“従業員用通信機能が実装されました”
“従業員用福利厚生としてプリペイドカード機能が実装されました”
“管理者用POS機能が実装されました”
“管理者用社用車が実装されました”
“拡張小店舗機能が実装されました”
「ああ、もう……今度はなに⁉」
また大量のポップアップ通知が来た。
なにこれ。わたし販売情報管理で商品管理もするの⁉ モフモフなみんなと静かに幸せに暮らしたいだけなのに、どんどん仕事っぽくなってきてる! いや、仕事ではあるんだけど。正直、異世界に来てまでそんなに働きたくない。
なんか車が使えるようになったのは嬉しいのに、“社用車”っていわれると途端にテンション下がるわ……これならフードトラックのときが一番ラクだった気がする。
「にゃ?」
どしたの、って訊かれたのでも仔猫コハクをわっしゃわっしゃと撫で回しておく。猫ちゃんを撫で回すことでしか摂れない心の栄養があるのだ。
「かろりーさま、おみせに、おきゃくさん、いつよぶの?」
それな。ケーミナちゃんに言われて、わたしは頭を悩ます。呼ぶか呼ばないかでいえば当然、呼ぶことにはなる。じゃなきゃ、こんな巨大なスーパーマーケットで自家消費のみとか意味わからないことになるし。
問題は、どんな客を相手に、どこまでの取引をするべきかだ。まだメルバしか知らない現状でも、無条件開放など絶対無理なことは明白。
「お客さんは呼ぶんだけど、まず、どういう相手を、どのくらい呼んだらいいのか考えてるとこなの」
子供たちに言って、すぐにうなずいたのはメル。メルバで苦労してきただけに、誰彼かまわず呼ぶべきではないということを理解しているみたい。
「しょうにんギルドのひと、とかは?」
最初の来店者として考えれば、メルの言うのは間違ってない。けど、商流の元締めにいまの店舗を全面開放しちゃマズい。これまでの取引でも危なっかしい感じだったのに、ぜったいタガが外れたようになる。特にミシェルさん。
「……そうだ、さっき“小店舗機能”とか出てた気がする」
ステータスボードを見直すと、【サブスキル】の下に【ファンクション】という項目があり、そこに“小店舗機能”というのが増えていた。
このステータスボード、文字量が多すぎて目が滑る。今後どんどん増えられると開くのも嫌になりそう。
“拡張小店舗機能を起動しますか”
これも従業員用制服と同じく、“イエス/ノー”ではなく“オン/オフ”の切り替え式だ。試しに“オン”にして、イリーナちゃんたち年長チームと一緒に階下まで降りてみた。
「かろりーさま、かくちょーしょーてんぽ、って?」
「このお店にお客さん入れるんじゃなくて、お店とつながった小さなお店を作ることができたみたいなんだけど……あれかな?」
見ると、正面入り口のかたちが変わっていた。自動ドアがあったところが両開きの扉になっていて、そこを開けるとコンビニの半分くらいのスペースしかない小店舗につながっていた。
「これは良いかも」
これなら限られた相手と商品を絞って取引できるし、なにより商品管理もしやすそうだ。ここも結界のなかだから、子供たちの安全も確保できる。
狭いから、ここではローラーブレードの出番はなさそうだけどね。
「ここが、わたしたちの、はたらくおみせ?」
「そうよ、イリーナちゃん。あなたたちのお店」
わあ、って歓声を上げて店内を見て回る。まだなにも置かれていない商品棚と、奥にある冷蔵ケース。子供たちはケースを開けてなかが冷たいことに驚いてる。
「なにを置こうかな」
「にゃ?」
最初は、いままで売ったやつじゃないの? って聖獣様の意見は正しい気がする。保存食の缶詰と毛布。塩とPETボトルの水。あとは小麦粉と、砂糖。イタリア製チョコも少量くらいなら置いてもいいかな。
店の前は日本のコンビニみたいな全面ガラス窓。入口は自動ドアではなく、透明なスイングドアだった。建っているのが丘の上なので、外は広く遠くまで見える。
見たくないものまで。
「なんか来た」
「にゃ……」
丸一日以上前、“魔境の森”に向かっていったメルバ領主と兵隊たちが帰ってきたみたいだ。みな疲れ切ってボロボロの姿で、兵たちの数も減っている。騎馬の男がこちらに向かってくる。領主シリル・ド・メルバ伯爵だ。
結界の手前で馬を止め、降りて店内のわたしを見る。出て行きたくはなかったけど、じっと見られてるのもなんなので嫌々ながらもドアを開けて結界のギリギリまで歩み寄る。
「これが例の不夜城か。孤児院が消えていたが……」
そう言って上を指す。
「……まさか、取り込んだとはな」
「ええ。大事な仲間たちですから、どこよりも安全な場所に」
わたしの後ろでは、年長の子供たちがガラス窓に張り付いてこちらを見ている。領主は呆れたような顔で息を吐くと、疲れた顔に苦笑を浮かべた。
「そのなかに、エルフの子はいるか」
失敗した。一瞬、答えに迷ったわたしの沈黙は肯定としか受け取られなかった。
「そいつが、今回の戦の火種だな。そのせいで我が領の兵が12人、イルネア商会の従業員ひとりと護衛が3人死んだ。言うまでもなく、私の責任だ。人買いの暗躍は、ケルベル商会が残した負の遺産のひとつだからな」
「講和の可能性は」
「ない。これまで奴隷に落とされたエルフは百を超える。戦いで死んだエルフはその数倍、人間側の被害はさらにその数倍だ。報復の連鎖は止まらん」
リヴェルディオンは“森の王”を称するエルフに率いられ、メルバのみならず王国各地で武装蜂起を行っているのだという。
「彼らの望みは?」
「かつての“魔境の森”を取り戻すこと」
「この場所も?」
「最盛期の森は王国中部にまで及ぶ。真の望みは、王国人の絶滅だろう」
話しすぎた、と言って領主は帰ってく。
わたしたちは、そんな最前線にいるのか。ふと振り返った“スーパーマーケット”は輝く白壁にガラス窓、その頂上には女神を祀る教会の建物を置いている。
それは亜人領域の奪還を目指す者たちに、人間の威容を示すための要塞にしか見えなかった。
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