第39話 孤児院の変貌
なんとか無事に塩の取引を終えたわたしは、再びコハクに乗せてもらってスーパーマーケットに戻る。降りたのと同じ階段から上がろうとして、屋上以外にも変わったところがないか気になった。
「ねえコハク、他の道から戻ってみようか」
「にゃ」
前に子供たちと乗ったエスカレーターで二階に上がってみると、フードコートの配置が少しだけ変わって、奥にエレベーターの扉が見えていた。
「前まで、あんなのなかったよね?」
「にゃ」
前にここで泊まったとき、屋上はただの屋根だったからかな。今日“従業員用ホームディフェンス機能”を起動したことで“スーパーマーケット”自体がいろいろと変貌を遂げたわけだ。
“従業員用食堂設備を起動しますか”
“従業員用衛生設備を起動しますか”
う~ん、どちらも嬉しい機能に思えるけど、どんなことになるのか少しだけ不安もある。
ステータスボードの質問に“イエス”をタップして、変化がないかキョロキョロしながら身構える。
「……なんにも起きないね。奥に行ってみてくれる?」
前に大きなプールでお風呂に入ったバックオフィス部分。スイングドアを開けると、倉庫や会議室は消えてシンプルなカフェテリアのような場所になっていた。
「え? これが、従業員用食堂?」
壁がなくなって明るく広々とした空間には、孤児院の全員が座っても倍くらいは余裕があるテーブルと椅子が並んでいる。カウンターの奥には使い勝手が良さそうな広めのキッチンも見えている。
孤児院の厨房が手狭になってきてたから、これは割と良いかもしれない。作るのが面倒なときはフードコートで買えばいいしね。
ただ、他はあんまり変わってない気がする。“従業員用衛生設備”というのは、どこのことだろう?
「にゃ?」
なんか騒がしいよ、ってコハクが上を指す。近くの階段から屋上に戻ってみると、子供たちが孤児院の裏に集まって大騒ぎしていた。
「みんな、どうした……のわぁッ⁉」
孤児院の裏に、でっかい垣根みたいのができてる。
「かろりーさま! みてみて! そとの、おふろ!」
「なかにも、おゆが、じゃーってでる、へんなのが、いっぱい!」
話を総合すると、どうやら孤児院の居住空間が拡張して、シャワー室と内風呂ができたみたい。外のお風呂、というのは露天風呂かな。
「ねるへや、ほわほわのが、すっごい!」
「ばーって、ならんでるの!」
喜んでいるのは伝わるものの、なにがどうなったのかはよくわからない。ちょっと見てみようと思って正面の扉から入ると、礼拝堂でシスター・ミアが女神像にお祈りしてるところだった。
「女神様、聖獣様、カロリーさま、感謝いたしします」
そこにわたしは入れなくていいです。心のなかで思いながら見渡せば、礼拝堂も少しキレイになって広くなった気がする。
わたしが戻ってきたのに気づいたシスターが深々と頭を下げた。
「これほどまでに素晴らしいものを、本当にありがとうございます」
「いえいえ、聖獣様のお導きですから……たぶん」
なにがどうなってるのかわからないので、フワッとしたリアクションにとどめておく。チラッと見た厨房も、スーパーマーケットのバックオフィスで見たような近代的キッチンに様変わりしてた。寝る部屋もなんか変わったとか言ってたみたいだけど……
「おお」
前まで寝てた大部屋には、シンプルな二段ベッドが十台ほど並んでいた。隣に別の部屋ができていて、覗くとそこにはでっかいベッドとデスクがあった。いかにも院長先生の部屋って感じなので、ここはシスターが使うといい感じ。
さらに奥が、拡張された部分か。男女に分かれたバスルームがあって、5人くらいは入れそうなバスタブと、シャワーが3台並んでる。全員が一気に入るわけでもなし、いまの人数が倍くらいになっても不便はなさそう。
バスルームの奥にある扉から、外の露天風呂に出るみたいだ。扉を開くと、なんだか日本ぽい露天風呂になってた。きゃーって声がして、垣根の上によじ登ってる子供たちと目が合った。
「ほら、そんなとこ登っちゃ危ないよ?」
「かろりーさま、おふろ! おふろ!」
「そうだねー、夜になったらお湯を入れようか」
湯船のサイズは5メートルくらいの半円。中央が木製の垣根で仕切られてるから、円のもう半分は男性側なんだろう。いまはお湯が入っていないので、湯船が下でつながってるの構造がわかる。日本の温泉でよくあるね、これ。庭園風の造りといい、なんで露天風呂だけアメリカ要素がビタイチ入ってないのかよくわかんない。
とりあえず面倒なお湯張りと排水を気にしながらプールで入浴しなくてもいいというだけで大満足だ。
女神さま……かどうか知らないけど、“スーパーマーケット”の管理者に感謝。
スーパーマーケットに置きっぱなしだった電機洗濯機と手回し式洗濯機も浴室の更衣室に移動されていたので、今後はみんなにキレイな服を着せてあげられる。
「それじゃ、みんな集まってくれるかな?」
「「「はーい!」」」
早めに試してみたかったのが、“従業員用制服機能”と“従業員用商品知識インストール機能”というやつだ。あと微妙に気になってるのが“店内移動用ローラーブレード機能”だけど、それは想像つくので後でいいや。
「みんなに、下のお店のお手伝いをしてほしいと思って言ったの、覚えてる? そのときに着る制服……ってわかるかな、お店のひとがお揃いで着る服」
「しってる」「しらない」「きいたことある」
「おそろい?」「へいたい、みたいな?」
「ああ、そうね兵隊の服もお揃いだけどね。みんなが同じ服を着ると、お客さんがお店のひとだってわかるようになるでしょ? それで、みんなに着てもらいたいの。ちょっと試してみてもいい?」
「はーい!」「きる!」
「どんなの?」「みんな、いっしょ?」
どんな服かと質問されても、わたしもわからない。おぼろげな記憶では、アメリカの大型店舗で制服といったらポロシャツとチノパンだったような。もっとお金かけない店では私服の上からペラペラの安っぽいベストを身に着けてた。背中に“御用があったら声かけてね”的な文言が書いてあるやつ。
いやあ……こんなかわいい子たちに、あれを着せるのは気が進まないな。女神様かスーパーマーケットの管理人か知らないけど、ここはかわいい感じでお願いします!
“従業員に制服を貸与しますか?”
今度の選択肢は“イエス/ノー”じゃなくて“オン/オフ”になってる。全従業員に加えて、個別設定もできるみたい。とりあえず今回は全員。
“オン”をタップした瞬間、みんなの姿が変わった。
「「「「わあぁ……♪」」」」
自然界にある淡い色でまとめられた、半そでシャツにパンツスタイルで帽子&エプロンという飲食店風のものだ。これは悪くないかも。うん、思ってたより全然いい。
女の子はベレー帽で、男の子はハンチング帽。獣人の子は帽子から耳が出るようになってるのがまたヨシ。
「どう?」
「かっこいい!」「かわいい……」「やらかい、ふく」
「ぼうし?」「おそろい!」「このぬの、なに?」
「それはエプロン、服が汚れないように巻いてあるの。お料理するとき、イリーナちゃんたちが着けてたでしょ?」
「へんなの!」「これ、すき!」「おとなみたい」
「しすたーも、おそろーい!」
あ、そっか。シスター・ミアにも従業員登録してたんだっけ。振り返るとシスターとリールルもお揃いの制服になってた。
ふたりとも、すごく似合ってる。着慣れない格好が気になるのか、照れたような顔になってるのがまたイイ。
「すみません、すぐ元に戻しますね」
個別選択でシスターとリールルはオフにして、残念だけど元の服に戻ってもらう。
お揃いの制服ではしゃぐ子供たちの姿を見ているうちに、エルフの兄妹ファリナとフェイリナの首輪が気になった。つながってた荒縄みたいのは外したけど、――実年齢は17歳とはいえ――見た目は幼児なふたりが首輪をつけたままなのは痛々しすぎる。
「シスター・ミア。あのふたりの首輪って、外せないんでしょうか?」
双子に聞こえないよう、小さな声で訊いてみる。
「わたくしも見てみたのですが、外せるような蝶番や継ぎ目がありませんでした。なにかの魔道具なのではないでしょうか」
魔道具か。子供に外れない首輪を着けるなんてムカムカするな。誰がやったんだか知らないけど、豊満神の呪いで飢えと渇きに苦しんで死ねばいいのに。
「……あ」
そうだ、もしかしたら。
ちょっとごめんねと声を掛けて、ファリナとフェイリナの首輪に触れる。
「ストレージ」
バチバチッ! って青白い火花みたいのが激しく散って驚く。魔法によるプロテクトか、触れた手にも静電気くらいの抵抗は感じる。数秒で力負けしたのか首輪は消えてわたしのストレージに収まった。
「よし!」
エルフの兄妹は自分たちの首に手を当てて驚いた顔をしてる。
「大丈夫? 痛くなかった?」
「「……びりって、しただけ」」
また揃った動きと表情で、同じ答えが返ってきた。
それなら良し。これで懸念事項のひとつが消えた。あとは、“従業員用商品知識インストール機能”かな。年長の子たち……というか、種族によって成長速度が違うようなので、年齢というよりも頼れるかどうかで決めよう。
猫獣人のイリーナちゃん(5歳)、羊獣人のメル(6歳)、人間のべイス(10歳)とケーミナちゃん(7歳)には任せて大丈夫だとして、あとは……誰が良いだろ。リールルも頼れるけど孤児院にずっといるわけではないし、短期でお願いするとしたら店員よりも“セキュリティスタッフ”とかいうのかな。
そういえば、わたしとコハクは従業員登録してないな。これは、どうしたものか。
「にゃ」
どしたの、って顔で見られた。ああ、コハクにも制服と商品知識をインストールしてみたいな。エプロンしたコハクとか、絶対かわいいし。
ニマニマしてたら、なんかヘンなこと考えてるでしょ、って頭でド突かれた。
「それじゃ、お店のお手伝いしてもらうのに、年上の子たちに品物のことがわかるようになってもらいたいんだけど……お願いしていいかな?」
「いいよ」「やります」「うん」
「でも、どうやって?」
すぐに承諾してくれたけど、最後に出たケーミナちゃんの疑問ももっともだ。わたしも方法については、いまひとつわかってない。
「魔法、みたいな感じかな。いま制服に着替えてもらったみたいに」
やる、って言ってくれたところで、目の前にステータスボードの表示が出た。
“従業員用商品知識インストール機能を起動しますか”
“イエス”をタップした後、年長の子たちは不思議そうな顔で考え込むような仕草になる。しばらくすると、みんなは小さく息を吐いてわたしを見た。
キラキラした目と、満面の笑みで。
「「「すうぅっっごぉーーーーい‼」」」
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