第38話 望まぬ高みと、望まれるもの
孤児院に帰ったわたしは、シスターに経緯を話す。商人ギルドと塩の取引をしたことと、それを受け取りにギルドの荷馬車が来ること。
それに、新しく聖獣様のお導きにより加護が与えられたらしいこともだ。ホントは違うのかも、だけど上手く伝えられる表現が思いつかない。
「子供たちを雇いたいと、お話ししましたよね? それに役立つものだと思うんで、後ほどみんなで店まで来ていただけますか?」
「ええ、もちろん」
「かろりーさま、また、おみせ、つれてってくれるの?」
「そうだよ。みんなに、お仕事を頼みたいと思ってるの。手伝ってくれる?」
「てつだう!」「やる!」「わたしも!」
「なにするのー?」「たのしみー!」
シスターも納得してくれたし、子供たちも嬉しそうだ。
さっき“スーパーマーケット”の追加機能がアレコレ出てたから、とりあえず全員を従業員として登録しよう。
制服やら食堂やら福利厚生っぽいところは後で確認するとして、いま重要なのは“ホームディフェンス機能”とかいうやつだ。従業員の暮らす家、つまりこの孤児院が“スーパーマーケット”の結界内に統合される。わたしやコハクがいないときでも、みんなを守ることができる。なんだかきな臭くなってきた状況で、この追加機能は願ってもない。
すぐにステータスボードを開いて登録を開始する。
「ついでにリールルも従業員登録していい?」
「ん? よくわからんが、かまわんぞ」
“17名を従業員登録しますか”
イエスを選択すると、子供たちの胸で光が瞬いた。少し遅れて、シスター・ミアとリールルが続く。“豊満神の加護”に似てはいるが、発光は穏やかで部分的なものだった。商人ギルドでカードを作ったときみたいな、“個人情報の記録”といった印象。
うん。正直、少しホッとした。ここで豊満バフの重ね掛けとかだったらどうしようと思った。
“従業員用ホームディフェンス機能を起動しますか”
これも即座にイエス。あとは制服だのローラーブレードだのを確認して、と。
あれ、いま少し揺れたような気が……
「……にゃ」
なんかヘンだよ、ってコハクが外を気にする。獣人の子たちがキョロキョロと落ち着きをなくし、リールルも身構えて窓の外に目をやる。とはいえ濁って曇ったガラス窓だから、光は入るけど外の風景はあまり見えない。
入り口の扉を開けたわたしたちは、思わず息を呑んで固まってしまった。
「なんじゃこりゃあああぁ……⁉」
南に目をやると、“魔境の森”が一望できた。北を向くと、メルバの街がえらい低いところに見える。その位置関係が頭の中に入って、ようやく理解した。
いつもの丘の上の、さらにその上。わたしたちは孤児院ごと、丘の上に建つ“スーパーマーケット”の屋上に移動させられていた。
「カロリーさま、これは、いったい……」
「だ、大丈夫ですよ、シスター・ミア。これも聖獣様のお導きです」
「にゃ」
いや、知らないんだけど……とコハクからは静かにツッコまれた。
「しっかし、こうきたかぁ……」
屋上が駐車場になってるショッピングモールみたいな、あんな感じのだだっ広いスペースにドーンと孤児院の建物が置かれているのがめっちゃシュールだ。
孤児院周囲にあった菜園やら花畑やら果樹やらも、ご丁寧に大型プランターみたいな感じで植え替えられていた。
いくつか見えている四角いものは、店内に降りる入り口だろう。床はコンクリートで、外延部はフェンスで囲われていて。まんまショッピングモールの屋上駐車場だ。
みんなでフェンス際まで行くと、状況の異常さがより際立ってきた。丘の高さに“スーパーマーケット”の高さが加わって、孤児院のあった地点は20メートル以上も下に見える。
「高ッ⁉ なんだ、これは! どうなってる⁉」
「落ち着いてリールル。孤児院もお店の一部というか、結界のなかに含まれるようになったの。これで、悪いやつらが来てもへっちゃらだよ?」
みんなに聞こえるように説明しているものの、当のわたしが全然落ち着いていないし、へっちゃらでもない。なんでこうなったのかもわかんない。孤児院を結界内に統合って言ったから、離れてても大丈夫と思ったのに。これ離れるどころかドッキングしちゃってるし。
「……まあ、いっか」
安全になったことには変わりないし。“スーパーマーケット”で買い物するたび丘の上まで走らなくてもよくなったし。問題があるとしたら、お店を簡単に仕舞えなくなっちゃったことと……
「にゃ」
あれ、どうすんの? ってコハクに言われて首を傾げる。
聖獣様が指す方に目を凝らすと、前に孤児院があった場所に固まってるのは停車した荷馬車の集団みたいだった。その周りで右往左往してるアリンコっぽいのは、たぶんミシェルさんとギルドのスタッフだろう。
「忘れてた」
シスターと子供たちに声を掛けて、コハクに乗ったわたしは店内入り口に向かう。エレベーターと階段があったので階段を駆け下りて二階から一階へ。正面入り口から外に出て孤児院のあった場所に向かう。
「なんであの場所に飛ばされたんだろ。毎度あそこで出してたから、定位置だと思われちゃったのかな」
「にゃ」
いい場所だと思うよ、って言われた。たしかに、見晴らしもいいし環境もいい。とりあえずは、あそこでいいか。
振り返って見ると、“スーパーマーケット”の上にちょこんと少しだけ孤児院の屋根が見えていた。なんとなく建物のシルエット変わっているような気がするけど、どこがどう変わったのかはわからない。
「お待たせしました、ちょっと立て込んでまして」
孤児院跡でうろたえていた商人ギルドの皆さんのところまで来ると、わたしは何事もなかった風な笑顔で聖獣姿のコハクから降りる。
「か、かか、かカロリーさま、な、なななんですか、あれは⁉」
いつも冷静なミシェルさんがヘタクソなラッパーみたいになってる。メルバの領主は報告を受けて知ってたけど、街で暮らすひとにまで情報は行き渡っていなかったのね。
「あれが、わたしの店です。まだ、お客さんは入れませんが」
ミシェルさんもギルドのひとたちも、揃ってポカーンとした顔のまま固まってしまった。
「みせ? あれが商店なのですか? 砦、ではなく?」
わたしたちにとっては、そしてわたしたちと対立する連中にとっては、ある意味で砦といえなくもないけれども。いまのところ、軍事施設ではない。
「あの店の話は、いずれまた。塩は荷馬車に積めばいいですか?」
あれこれ訊きたくてウズウズしている皆さんのリアクションは全スルーして、荷馬車にどんどん塩の容器を出していく。塩の容器は12本でビニールのまとめ包装されているので、340本はすぐに積むことができた。
「ではミシェルさん、こちらで全量になりますのでご確認を」
「はッ、はい。失礼しました」
ビジネスの話になって、テンパっていたミシェルさんは素早く冷静さを取り戻す。
積まれていたなかから塩の容器をひとつ手に取り、携行してきた秤に掛けて重量を調べるとボトルの数を計算、総量を出して必要量があることを確認したようだ。
「たしかに、納品いただきました。ご依頼した量より1割ほど多いようですので、こちらをお納めください」
渡された金貨は5枚プラス1枚。意外といってはなんだけど、商人ギルドの事務長にしては律儀なことだ。
というよりも、少しは精神的に貸しを作りたいと思っているのかも。
案の定、礼儀をわきまえ不快感を与えないギリギリのラインを保ちながら、静かに笑顔で詰め寄ってきた。
「……カロリーさま。あのお店について、お聞きすることはできませんか」
「すみません、まだ準備中なので」
まだ新しい店内なんにも見てないし。他の機能も立ち上げたらなにがどうなるのかもわかんないし。子供たちになにをやってもらうかも決めなきゃいけないし。いろいろと準備が要る。メルバの街がいますぐ飢えるわけじゃないんだから、こちらにも少しくらい準備と考える時間をもらいたい。
でもまあ、一応仮にも契約を結んでいる相手なんだから、ただシャットアウトするだけではビジネスマナーとしてどうかとは思う。
「次の商談のときまでには、ご案内できるようにがんばります」
「ぜひ!」
……かなり食い気味に言われた。
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