第36話 ビーンズ&ティアーズ
子エルフのふたり名乗るシーン入れ忘れてたので追記
「エルフ? あの子たちが?」
「はい。まだ20歳に満たない幼子ですので、耳は短いですが」
シスター・ミアによれば、17歳くらいじゃないかとのこと。あんな未就学児童みたいな見た目で、そんな歳なの⁉
「エルフは長命ですが、それだけに成長も遅いのです。成人は30歳で、その頃にはエルフらしい長い耳になります」
近くにいたリールルとコハクに目をやると、知らんと揃って首を振られた。この脳筋師弟って急に雰囲気が似てきた気がする。
「あの首輪を着けたのは、人間ですか? お仲間のエルフがそんなことしないですよね?」
「おそらく、そうなのでしょうね。エルフは高く売れるとかで、人買いが好んで捕まえると聞きます」
「人買いなんているんだ……」
「もちろん違法です。人買いも奴隷商も、売買に関わった者も露見すれば厳しく罰せられますが……」
露見しないようにやるってことね。そして、未開な階級社会には官憲の干渉を阻む壁があると。
「……コハク、他にもいたのかな」
「にゃ」
彼らの他に助けを求める声はなかった。近くで血の臭いもしなかったって。
いまのところ犠牲者がいなかったのなら良し。そこから先の話にまで干渉するのは止めよう。わたしとコハクがどれだけがんばっても、困ってる子供たちをすべて救って回ることはできない。自分の手が届く範囲だけで満足しなければ、きっと潰れてしまう。
「今日はいろいろあったねえ」
「にゃ」
まだあるかもよ、ってコハクが不穏な冗談を言う。やめて、もうこれ以上の訪問者もトラブルも勘弁してほしいわ。
日も陰り始めているし、今日はもう美味しいもの食べて、あったかくして早めに眠るんだ。気持ちが沈みそうになったら、それが一番いい。
「あ、そうだシスター・ミア、エルフって食べるものは違ったりします?」
「肉よりも野菜や果物を好むらしいですが、わたくしは実際に接した機会がほとんどないので本人たちに聞いた方が確実かと思います」
たしかに。孤児院に入ると、椅子に座ったふたりが興味津々な子供たちから質問攻めにされてた。唖然として固まっているエルフの子たちを、イリーナちゃんとメルが守っている。
「だめ、ふたりとも、こまってる」
「あんまり、うるさくするなって。そういうの、イヤなんだから」
特にメルは、ちょっと前に自分も経験したから悪気がなくてもワイワイ来られるのが嫌だって思い知ってるみたい。シスターが間に入って子供たちを解散させ、その間にわたしはエルフの子たちに声を掛ける。
「わたしはカロリーっていうの。名前を、教えてくれる?」
「……ファリナ」「……フェイリナ」
同時に言われて聞き取るのに苦労したけど、お兄ちゃんがファリナ、妹がフェイリナだそうな。思った通りふたりは双子で、同じ格好だと、まだ見分けがつかない。
「ねえ、ふたりとも。食べたいものはある?」
ファリナとフェイリナはキョトンとして、こちらを見上げた。揃った動きで、同じ表情で。
「あなたたちが好きなものとか、逆に嫌いなものとか教えてくれたら夕食を作るときに助かるんだけど」
「「なんで」」
なんで自分たちの好みを聞く必要があるのか、ってことかな。もしかしたらこれは、けっこう悲惨な環境に置かれていたのかもしれない。
「あなたたちが、ここに来た初めての日なんだから。歓迎のために好きなものを食べてもらえたらいいなって思ってるの。特にないなら、それでもいいけど」
ふたりは揃った動きで目を落とし、うつむいた。まだ自分が食べたいものとか考えるだけの余裕がないのかも。ほんの少し前まで、森でオークに襲われてたんだもんね。
待っててもらって、温めたミルクを木のカップに入れて戻る。
「「……?」」
「あったかいミルクだよ。飲んだら、少しは落ち着くかと思って」
ふたりは顔を見合わせると、ミルクの香りを確認してから同じ動きでカップに口をつけた。最初は警戒するような感じだった表情が、しだいに柔らかくなった。
「「……おいしい」」
それはよかった。ゆっくりと飲み干した彼らは、少しだけ肩の力が抜けたみたい。カップを受け取って厨房に戻ろうとしたわたしの背に、小さな声が聞こえた。
「「……えるふ、まめ」」
「ん?」
「「……にゅうらく、はいった、……えるふまめが、……たべたいの」」
おお、好みの食材が判明した。
にゅうらく、というのは乳酪かな。バターかチーズか、ミルクの加工品。それは確認するとして……エルフ豆? とは、なんぞ?
コハクを見ても、知らないって顔された。そりゃそうか、猫ちゃんはエルフと食嗜好が違いそうだし。
「わかった。ちょっと待っててね」
「乳酪は、これで合ってる? こっち?」
厨房にあったバターとチーズを持ってきて見せると、チーズだという。エルフ豆というのは形と味と大きさを聞いて想像するに、白インゲンが近いような気がする。
試してみるしかないけど、もし合ってたらラッキーだ。カンネリーニ、別名“白くて腎臓型をした豆”なら、乾燥豆状態でも水煮でも加工品でも、アメリカのスーパーマーケットには大量にある。西部開拓時代の超定番料理、ポーク&ビーンズに使う豆だからだ。
「わかった。あなたたちの知ってる料理と同じ味にはならないかもしれないけど、作ってみるね」
そう言って外に出ると、丘の上まで走る。これ、けっこうめんどくさい。いいかげんオンラインショップかフードトラックに戻してくれないものかな。
「にゃ!」
乗ってく? なんてナンパみたいなこと言いながら聖獣姿のコハクが駆け寄ってきた。ありがたく乗せてもらって、数百メートル先の丘の上に到着。すぐにスーパーマーケットを出して、コハクに乗ったまま店内を回った。
「ありがとコハク、とっても助かる!」
「にゃ♪」
乾燥豆から作ると食べられるの明日になっちゃうので、白インゲンの水煮缶をいっぱい買う。チーズとトマト缶、豚肉とベーコンにタマネギとニンジンもだ。
今夜は乳酪エルフ豆といっしょに、ポーク&ビーンズも作っちゃおう。シチューが入れられるような木の深皿も多めに買っておいた。
「おまたせー、これから作るんで楽しみにしててね」
孤児院に戻ったわたしが大鍋と巨大フライパンで料理を始めると、子供たちだけでなくエルフのふたりも興味津々で近づいてきた。
「まずタマネギとニンジンを炒めて、野菜の甘みを出しまーす」
最近、タマネギは使うようになった。最初は猫獣人や犬獣人の子たちに与えるのに抵抗があったんだけど。大丈夫だし好きだって言ってもらえたから。
「カロリーさま、わたくしもお手伝いさせてください」
「ではシスター、そこの肉をお願いできますか?」
スパイスを振った豚肉を食べやすいサイズに切って、フライパンで炒めてもらう。香ばしい香りがして、子供たちがおおっとどよめきを上げた。
「「……」」
「こっちのが、ふたりの言ってた豆料理。シスターにお願いしてる豚肉が入るのは、わたしのいたところでよく食べてた別の豆料理だよ」
ファリナとフェイリナが少しなにか言いたげな顔をしていたので、念のために伝えておく。“豚肉は入れないで”と思ったのか、スパイスの香りで“全然違う”と思ったのか。どっちにしても説明を聞いて、ふたりは安心したようだ。
「タマネギが色づいてきたら、野菜の半分はお肉の方に入れてトマト缶を投入しまーす。もう半分は、そのまま水を加えてコトコト煮込んでいきますよー」
“乳酪エルフ豆”の方はコンソメを入れるくらいで肉を加えず、少し煮詰まってきたら水煮の白インゲン豆とミルクを加えてさらに煮込む。
チーズは分離しないよう仕上げに入れよう。日本人の致死量で入れて良いものかは迷う。エルフの食事はヘルシーなイメージなので、適量にしておこうか。
「「おいしそ……」」
ポーク&ビーンズの方は大量の豚肉から出た脂と旨味、さらに追加で入れたベーコンの追い脂と追い旨味、トマトの酸味と旨味、野菜の甘味が合わさって得も言われぬカロリーの奔流となっている。これ絶対ウマいやつやん。
水煮の白インゲン豆もいっぱい入って、ボリューム感がすごい。
「もうちょっと煮込んだら完成だから、みんなお皿とパンとミルクを並べておいてくれるかな?」
「「「「はーい!」」」」
いい返事だ。美味しそうなものを待つときは食べてるときと同じくらい、いい笑顔になる。子供たちが笑顔なのってホッとする。このところ子供たちはみんな肌ツヤ毛ツヤもいいし、ふくふくしてモフモフして最高にかわいらしい。
「カロリーさま、こんな感じでしょうか」
シスター・ミアに調理をお任せしたポーク&ビーンズの味見をさせてもらう。
「完璧です」
実にポーク&ビーンズだ。豆料理なのか肉料理なのか、あるいは脂料理なのかわからない感じが実にステロタイプなアメリカ料理である。
木椀の洗い物が多くなってしまうので、最初の一杯は乳酪エルフ豆とポーク&ビーンズのどちらかを選んでもらった。
「お代わりはたくさんあるから、もうひとつのも興味があったら食べてみてね?」
「「「はーい!」」」
みんなに行き渡ったところで、席について手を合わせる。
「では、女神様と、聖獣様、そしてカロリーさまに感謝を」
「「「めがみさま、せいじゅうさま、かろりーさまに、かんしゃを」」」
最初は羞恥心で身悶えそうだったのに、なんだか毎度のことで慣れてきた自分が怖い。ともあれ、みんな嬉しそうに黙々と頬張ってるので好評のようだ。
片手にパン片手にスプーンで忙しそうに食べてる子もいる。そうそう、パンにも合うんだよね、ポーク&ビーンズ。
乳酪エルフ豆は味見もしたし悪くないと思うんだけど、完成形がわかんないから判断はふたりに聞くしか……
「え」
ファリナとフェイリナは並んで、お皿の上でうつむいて震えてる。同じ姿勢で、同じ動きで。
「ど、どうしたの。だいじょうぶ」
「「おがッ」」
「……おが?」
頭を上げたふたりは顔をくしゃくしゃに歪ませて、涙と鼻水を垂れ流していた。
「「ごぇ! おがぁざんの、あじぃッ!」」
「え、ああ、よかった……」
……のかな。この子たち、なんか事情がありそうだから、母親を思い出させてしまったのが、良いことなのか悪いことなのかはわからない。
それでも、いまは美味しいと思えるものをいっぱい食べて、あたたかくして眠らせてあげたい。
◇ ◇
食事を終えて片づけを済ませて、満腹になった子供たちは横になると早々に寝息を立て始めていた。
わたしは礼拝堂のテーブルで、シスターに淹れてもらったお茶を飲んでいた。
「シスター・ミア、今日はおつかれさまでした」
「いえいえ、わたくしはなにも」
シスターはそう謙遜するけど、今日に限らずこれまでやってこれたのは彼女がいてくれたおかげだ。右も左もわからない異世界人にとって、最初の出会いが成功か失敗かでその後の運命は大きく変わる。
その点、わたしは恵まれていた。いまさらながらに、それを痛感している。
「カロリーさま」
シスターが穏やかな笑顔で、わたしを見る。
「カロリーさまは今後も、そうやって善行を積まれるおつもりなのですか」
どうなんだろ。あまりにも行き当たりばったりなので、今後のことを訊かれると返答に困る。そもそもの話、だ。
「善行のつもりはないんですけどね。単に、自分の欲を満たしているだけで」
わたしの言葉を、シスター・ミアは不思議そうに聞く。理解できないのかもしれない。わたしは私利私欲で動いているだけだ。物好きなお人好しってくらいの意味なら否定はしないけど、善行でもなければ施しでもない。慈悲の心でも、“女神様の意思”でもない。
そこだけはシスターにウソついちゃったな。
「にゃ」
そうね。最初に言った、“聖獣様のお導き”なのはホントだ。
コハクと出会って、そのおかげで孤児院の子たちとも出会えた。
だから、戻れない。もう知り合ってしまったのだから。かわいらしい無垢な天使たちに。この手を離すことは、できない。
「わたしは、好きなことを好きなようにやっているだけです。それに……」
シスターは、笑みを浮かべたまま静かに先を促す。告解を待つ神職者のように。
「気づいちゃったんです。自分の飢えを満たすのと同じくらい。いや、それ以上に。大好きな相手の飢えを満たすのは、幸せなんだってことを」
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