第35話 オークと迷子
商人ギルドのふたりを見送った後しばらくして、コハクがなにか落ち着かない様子になった。
「コハク、どうしたの大丈夫?」
「にゃッ」
仔猫姿から聖獣姿になって、わたしに声を掛けてくる。どうやら、背中に乗ってほしいようだ。
「え? なにかあった?」
いいから、って感じで促されて背中に乗ると、いきなり扉から外に出て周囲を見渡した。
「カロリーさま?」
「ちょっと出かけてきます、すぐ戻るんで心配なくぅううぅ……ッ!」
速ッ! なんで、いきなりそんな全力⁉ あと猫の背中って全力疾走だとめちゃくちゃ揺れる! 前に乗せてもらったときも速かったけど、いま思うと気遣ってくれてたんだってわかった。ふつう馬以外に騎乗しないのって、体格や性格もあるけど走り方の違いがあるのね。
つかまるところもないから首に抱き着いてるんだけど、その首の位置も馬と違って低いからつんのめりそうで怖い。
いっぺん速度が落ちたと思ったら、頭を上げて方向を見定めると、“魔境の森”目掛けてまた全力疾走に入る。
「うぐぐぅ……!」
「にゃっ」
いまは急いでるからごめんね、って言ってくれてる。なんでそんなに急いでるのかと思ったら、理由はすぐわかった。
「ガアァアアァッ!」
森の際で、でっかい魔物が吠えながらうろついてる。体毛は生えていない人型、なのに肌はゴブリンの緑とは違って褐色。
「なにあれ」
「にゃ!」
オーク? オーク……どっかで聞いたような。いや、見たのか。あれだ。ステータス画面の最下段。
・魔珠:4ドル
・魔珠:10ドル
・魔珠:80ドル
そうそう、あいつの魔珠はお金になる。それもゴブリン8体分。頭までの高さが2メートル以上はある上に筋肉の塊だから、ゴブリン8体と比べて楽な相手ということは全然なさそう。
「にゃ!」
ここで待ってて、っていわれてわたしが降りた瞬間、コハクはオーク目掛けて真っ直ぐ突っ込んでいった。
「ちょッ⁉」
いくら聖獣様でも相手との体重差が4倍くらいありそうだし、大丈夫かな……と思ったときには終わってた。
すれ違いざまに、たぶん爪で首を斬り裂いたんだろう。オークが首から血を噴いて倒れたからそう思っただけで、わたしの目には全然まったくなんにも見えなかった。
「にゃ!」
こっち! って呼ばれて行ってみると、コハクはオークそっちのけで森の方に向かう。それが目的だったんだろう。倒れた木の陰に、隠れて震えている子供がふたり。見た感じは人間で、印象としては5~6歳くらい。ふたりともボロ布をつなぎ合わせたような不思議な服を着ていて、同じような背格好だ。
「だいじょうぶ? 怪我してない?」
できるだけ優しい声で訊くけど、プルプルするだけで反応がない。というか、腰が抜けて気絶寸前のようだ。そりゃそうだよね、あんなのに襲われたらわたしだってそうなる。
「もう平気だよ。この子は聖獣のコハク。あなたたちが襲われてるとわかって、助けに来たの」
「「……あ、あう」」
なんか言おうとして声にならなかったみたい。でも動きと声が妙に揃ってる。顔も見分けがつかないくらいそっくりだし、もしかして双子だったりするのかな。本物の双子が実際そんなにシンクロするものかは知らない。
「あなたたちが、どうしてこんなとこにいるのか知らないけど。ここにちゃ危ないから、わたしたちと一緒に来ない?」
「「……どこ」」
また揃った声で、ふたりはわたしに尋ねる。
「この先に孤児院があるの。知ってる? わたしたちはそこでお世話になってて、そこではあなたたちと同じくらいの子供たちが10人以上暮らしてる。みんないい子たちだし、シスターも優しいし、食べるものにも困ってないよ」
ちょっと盛り気味だけど、嘘は言ってない。
ふたりはお互いに見つめ合いながら、どうしようかと悩んでいる。その首におかしなものが着けられてるのを見て、イヤな予感がした。
驚かせないようにゆっくり背中を撫でながら確認すると、金属製の首輪だった。荒縄みたいなものがつながっているが、それは背中のところで切断されていた。
「どこかで捕まってて、逃げてきたのかな」
ふたりには聞こえないくらいの声でコハクに訊くと、たぶんという答えが返ってきた。なんにしても、このままにはしておけない。
「とりあえず、森からは出ようか」
ふたりに言うと、こくんと揃った動きでうなずく。
落ちないように、わたしの前にふたりを乗せる。コハクは子供を気遣って、ゆっくり目に歩き出してくれた。急いでいたときとは違って、揺れも少なく乗りやすい。首を上げ気味にしてくれてるから、前に乗った子供たちもつかまりやすい。
聖獣様、優しいな。それにムチャクチャ強いし。
「ねえコハク、あんなに強いのに、最初に会ったときはなんで罠に捕まってたの?」
「にゃ……」
お腹が減ってフラフラだったから、と無念そうに言う。聖獣姿は強いけど燃費が悪いみたいで、仔猫姿になったところで罠を踏んじゃったそうな。
でも、もう大丈夫って胸を張る聖獣様。思い出したように足を止めると、倒したばかりのオークを振り返った。
「にゃ」
オーク美味しいよ、って……ホントに?
子供ふたりはコハクの声がわかるのか、不安そうな顔でわたしを振り返る。
「この子は、オークは美味しいから持って帰らないかって言ってるの。でも、ふたりがオークなんて見たくないっていうんなら、やめとくけど」
「「……だいじょぶ」」
そっか。とりあえずはストレージでしまって、解体やら調理のことは後で考えよう。
コハクの足だと、ゆっくり目に歩いてもすぐ孤児院まで戻ることができた。子供たちとシスターが、みんな道まで出て待ってくれてた。
「「「かろりーさま!」」」
わらわらと走ってきて、前に乗っている子供ふたりを見て驚いた顔になる。
「あたらしい、こ?」「なまえ、なんていうの?」
「わたし、ユティ」「わたしケーミナ」「おにく、すき?」
いきなりワイワイ話しかけられて固まってしまったのは、メルとエイルちゃんのときと一緒だ。シスターにたしなめられて解散する流れまで同じだった。
その後にわたしが引き受けてもらえないかとお願いして、シスターが快く引き受けてくれるところまで一緒。ひとまずなかに入ろうとみんなで入り口に向かう。
「カロリーさま」
振り返ると、シスター・ミアがわたしを見ていた。穏やかな目で微笑んでいるが、内密に話したいことがあるようで声を押さえている。
「あの子たちのことは、ご存じでしょうか」
「え? いいえ、コハクが見つけて助けただけなので、わたしは特になにもわかっていません。ただ、おかしな首輪をつけられているので、どこかから逃げてきたんじゃないかと思っています」
「それも心配事ではありますが、その前にお話ししておいた方が良いかと思いまして」
シスター・ミアが珍しく深刻そうな表情でいう。受け入れそのものを嫌がっているわけではなさそうだから、わたしが理解していないなにかの問題があるんだ。
先を促すと、シスターは思ってもいなかった方向の話を振ってきた。
「……あの子たちは、おそらく“魔境の森”にある隠れ里のエルフかと」
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