第34話 ナッツ&ナッツ
ハムとチーズのサンドウィッチとシチューで昼食を摂った後、礼拝堂に並べられたテーブルをそのままに子供たちとシスター・ミアがなにかの準備を始めた。
シスターだけではなく子供たちも手つきは慣れたもので、なにも言われなくともサクサクと手分けして作業を始める。
「なにしてるんだろ」
「にゃ」
コハクもわからないみたい。
まずエイルちゃんが水甕からクルミのようなものを出して、ニーナちゃんが布巾で拭いて、イリーナちゃんが紐で縛っていく。隣ではシスターが木づちで殻を割っていた。
「シスター、それは森で採った木の実ですか?」
「はい。リデルの実は塩水に数日漬けておくとアクが抜けます。それを吊るすと保存が利くんです」
それがイリーナちゃんたちの作業か。お姉ちゃんだけあって慣れた手つきでキレイに結ばれて行く。
「みず、いれると、むしくい、うくの」
水に入れると、虫に食われた実は浮いてくるので選別できるんだって、ニーナちゃんが教えてくれた。彼女たちは、その作業もやったらしい。えらい。
シスターの方は栗に似た実の殻を割った後で、中身をざるに並べてく。
「ヘイグの実は、軽く炒って水分を飛ばします。エミデンスの実は、毒を抜いているところです」
「毒?」
動物に食べられないように、植物も身を守るための毒を持っていることは多い。その毒を抜くために、リデルの葉と灰を混ぜた土にふた月ほど埋めて発酵させるんだそうな。この世界ならではの生活の知恵だ。
「シムル草は煎じ薬用に干してあります。どれも冬の備えとしては最低限ですが」
「なるほど、初めて見ました」
「カロリーさまの故郷では、冬の備えは行わないのですか?」
両親は転勤が多かったので、故郷と呼べる場所はない。母方の実家は東京だったし、父方の祖父母は早くに亡くなったから……いや、子供の頃に法要で行った記憶はある。地元の名物だと言って、やたら漬物を出された。いろんな種類があって、美味しかった気がする。
「冬支度といったら、塩漬け野菜ですね。自分で作ったことはないですが」
「それは素晴らしいです。野菜と、塩が潤沢なところだったのですね」
どうなんだろ。野菜は地物を使ってたはず。だけど塩は日本全国どこでも潤沢だったからなんとも言えない。海が近かったので、と適当に相槌を打っておく。
そこで思い出した。もし塩や香辛料を扱うとしたら、どの程度の問題が出るのか。
「シスター、メルバで塩を扱う商会は大きいところなんですか?」
「はい、塩はケルベル商会の独占です。メルバでも随一の大店で、領主様の肝煎りだと」
「それを言ってるのは領主本人ですか?」
「いいえ、ケルベルさんが。自分に楯突くとただでは済まさない、メルバにいられなくしてやると。実際、わたしたちもそれで追い出されたようなものですから」
う~ん……あの領主を信用はしないまでも、周りがひどかった結果というのは理解できてきた。それを止められなかった時点で、為政者としてダメすぎるけどね。
止めるのも処断も遅すぎ、さらに言えば結果を考えずに行ったように思える。
「……これから、どうなるんだろ」
「なにかあったのですか?」
「そのケルベルが刑死したらしいんです。ケルベル商会も閉じることになると」
シスター・ミアは小さく息を呑んで神に祈りを捧げる。領主の弟として横暴の限りを尽くした悪徳商会長であっても、その死を悼む気持ちを捨ててはいないようだ。
神に仕える者として身に着いた性か、彼女の人格か。わたしは、まだその心境にはなれない。
◇ ◇
「カロリー、またなんか来たぞ」
木の実の作業が一段落したころ、外から入ってきたリールルがわたしに声を掛けてきた。指さす方向はメルバ側だから、領主たちが戻ってきたって感じじゃない。
「今度は誰?」
「さあな。だが馬車には商人ギルドの印がある」
言われて出てみると、小型の馬車がこちらに向かってくるところだった。領主のものと比べればシンプルなデザインで、車体にはコインのマークがある。
なんとなく用件も察しがついた。孤児院の前に停まった馬車から降りてきたのは、ギルドマスターのユーフェムさんと事務長のミシェルさん。
わたしを見ると、ふたりは深く一礼した後で近づいてくる。
「カロリーさま、突然の訪問で失礼します。少しお話を、させていただけないでしょうか」
「わたしが孤児院にいるってお伝えしましたっけ?」
「申し訳ありません、それは領主との会合の席で話が出ていました。カロリーさまを指しているとしか思えない話の後で、“孤児院とそこに暮らす者たちに干渉することまかりならん”と」
あの領主、気を利かせたつもりかもしれないけど、余計なことを。商人ギルドに住所を知られても良いことなんかなんにもないのに。
その気持ちが漏れてしまったのか、ユーフェムさんとミシェルさんは再び揃って頭を下げる。
「おふたりとも、入ってください。カロリーさま、テーブルの方へ」
見かねたシスター・ミアに言われて、わたしもふたりを入室に促す。木の実の仕込みをしていたテーブルの上はキレイに片付けられていたので、そこにふたりと向き合って座る。
「ケルベルの件ですよね」
単刀直入に言うと、ユーフェムさんは少し驚いた顔でうなずく。
「ご存じでしたか」
「今朝がた、兵隊を引き連れた領主が前を通りまして、そのとき去り際に言われました。ケルベルを処罰して商会は解体すると」
「その通りです。刑は内密に行われたとのことですが、今朝がた貴族と商人ギルドには事後通達がありました」
事後、のところに含みがあるような言い方だった。それはそうか。事前に言われたところで打てる手はなかっただろうし、刑死自体は自業自得としてもだ。商業を預かるギルドの側としてみれば。塩の取引を独占してきた商会を解体すると決定だけ伝えられたらパニックになる。
「おふたりが困っているのは、メルバに塩が入らなくなるからですか?」
「塩は港町のコールエンに本店を持つイルネア商会が多少は引き受けられるかと思いますが、全量を確保するのは難しいでしょう。小麦もかなり不足することになりますし、糖類や香辛料、茶葉は扱いがなくなります」
生きるのに必須な塩は重大だとしても、小麦は代替品もあるのでは。茶葉なんて、香草茶を飲めばいいし。まして糖類と香辛料なんて、非常時なら我慢しなさいよと思わなくもない。
なので、それをペラペラなオブラートにくるんで伝えてみたところ、ユーフェムさんから猛烈に困った顔をされた。
「おっしゃる通りではありますが、その件について商人ギルドが貴族から猛烈な抗議を受けているんです」
「それは、領主本人に言えばいいのでは」
「メルバには、伯爵に抗議できる地位の貴族はいません。それが戦場で鳴らした武家貴族、“不死身のメルバ”となれば、なおさらです」
あの領主、そんな御大層な二つ名付きだったのね。そう筋肉質でもなく威圧感もなかったから文官タイプだと思ってた。
「どんな戦場でも傷ひとつなく生還するので、そう呼ばれ怖れられてきました」
「領主の話は、とりあえず結構です。ユーフェムさん、いまどうしても必要なものはなんですか?」
ミシェルさんがトランクみたいなカバンから、大きめの巾着袋みたいなものを出す。孤児院の厨房でも見た、小麦粉が入っていた袋だ。
その横に、ゴルフボールの半分ほどの岩塩を置いた。
「こちらがひとり分、ひと月に消費される小麦と塩です」
どうして現物を持ってきたんだろうと考えたところで、わたしが重量単位を知らない前提なのだとわかった。
わたしが“ディーラー”ではないかと、領主が言っていたことを思い出す。
どこからともなく現れて、見たこともない品物を大量調達してくれた聖人。異世界人なんだと思うけど、わたしもそれだと思われてるんだ。
合ってるようにも思えるし、間違ってるようにも思う。そのひとが最後は殺されたってのが、どうにも胡散くさい。
「メルバの人口は」
「住民がおよそ2千、外からの流出入で月に5百ほど増減があります」
とりあえず2千で考えよう。塩も小麦も後で計量してみるとして、岩塩は仮に100グラムで月に200キロ、小麦は1.5キロで、3トンか。
“スーパーマーケット”で調達できるとは思う。問題は、それをやる意味と予想されるデメリット。そして、それをいつまで続けるのかだ。
「もしメルバの住民が飢えるような状況になれば、塩と小麦に限って協力します」
言質を取られたくないので、言葉を濁しておく。困ってるのが一般市民なら助けるのはかまわないけど、貴族とはできるだけ関わりたくない。
「ありがとうございます。非常事態になりましたら、お願いに上がります」
そう言って頭を下げて、ふたりは孤児院を出て行った。一応マナーとしてお見送りのために馬車のところまで向かう。
「カロリーさま。メルバ伯爵とお会いになって、いかがでしたか」
世間話のような感じで、ユーフェムさんがわたしに訊いた。どうこう言うほどの感想はないんだけどな。
「聞いていた印象とは、少し違いましたね」
「悪徳領主ではなかった、という意味でしょうか」
「それについては、まだわかりません。でも、自分の信じるなにかのために動いている気はしました。それが良いことか悪いことかはともかく」
「ご慧眼です」
わたしの答えを聞いて、ユーフェムさんは空虚な笑いを浮かべた。
「領主がメルバの商業を壊しているとお伝えしましたが、それは必ずしも悪意からではありません。……多くは、その“自分の信じるなにか”によるものです」
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