第33話 荒野の不痩城
お風呂に入った後、わたしたちはスーパーマーケットに泊まった。商業スペースは明るすぎて落ち着かないので、バックオフィスの会議室みたいなスペースに寝床を確保。アウトドア用のマットと毛布を買い込んで、みんなで丸まって眠った。
翌日の早朝、ふと目覚めるとコハクが外の様子をうかがっていた。リヴェルディオンのエルフ連中が、ようやく引き上げたという。
「どうかされましたか?」
まだ夜が明け切ってもいないというのに、シスターも起きていた。わたしは正直、まだ眠い。
「シスター・ミア。もう安全みたいですから、明るくなったら孤児院に戻りましょうか」
「はい」
明るくなってくると、子供たちもそれぞれ起き出してきた。孤児院に戻ると言うと、それぞれ喜んだりまだここにいたいと渋ったりと騒がしくなる。
「すぐにまた来ることになるよ。これからは、みんなにここでお仕事を頼みたいと思ってるから」
具体的なプランは固まっていないまでも、子供たちを雇いたいと思っているのは事実だ。いますぐの話ではなく、いずれ孤児院から巣立つ年齢になったときに、メルバの街で暮らすのとは別の選択肢があってもいいんじゃないかと思っている。
サンドウィッチとミルクで簡単に朝食を摂った後、子供たちはシスター・ミアの引率でスーパーを出て孤児院に向かう。
「では、聖獣殿。特訓をお願いする!」
「にゃ!」
リールルは聖獣姿のコハクを相手に、木の棒で打ち合う特訓を再開するらしい。孤児院のあるあたりでやるというので、護衛として子供たちとシスターについて行ってもらうことにした。
「にゃ?」
カロリーはどうするのかと訊かれたので、店内の後片付けと伝えておいた。昼までには孤児院に戻ると言っておいた。
みんなを見送った後、わたしは電気洗濯機を買って、女性用お風呂の置かれた倉庫に設置した。さすがに13人分の服を手回し式だけで洗うのは現実的じゃないと気づいたからだ。繊維が弱ってそうな服は手回し式洗濯機で、そこそこ丈夫そうな服は洗濯ネットに入れて電気洗濯機で洗う。
洗濯機の水量くらいなら、ホースを少し伸ばしてキッチンスペースの排水溝に流せそうだ。ちなみにプールからの排水は明らかに溢れそうなので、低い位置にあった近くの窓から外に向けてポンプで流するしかなかった。
当然ながらスーパーマーケットの内部は生活のために作られてはいないので、どうしても籠城生活みたいになってしまう。みたい、というか籠城そのものだ。
洗濯物は、フードコートにロープを張って部屋干しにした。子供がウキウキするようにデザインされたスペースが、急に難民キャンプの様相。見栄えはひどいけど、他にお客さんがいるわけでもなし。一面のガラスで日が差し込むので、すぐに乾くだろう。
◇ ◇
洗濯物は昼前に乾いたので、取り込んだ後に外に出てスーパーマーケットをしまった。丘を下って、孤児院に向かう。
今日もいい天気だ。孤児院の裏手には、コハクと特訓しているリールルの姿があった。たぶん本人たちは真剣なんだろうけど、遠目からはじゃれ合ってるようにしか見えない。
「かろりーさま、おかえりー!」「おかえぃー」
かわいらしい子供たちにお帰りなさいと言われのは、なんだかホッとする。
「ただいま。シスター、いま戻りました」
「お帰りなさい、カロリーさま。もうすぐお昼ができますよ」
厨房から漂ってくる香りからすると、シチューかな? イリーナちゃんを中心になって、女の子たちがテーブルにサンドウィッチを配膳してる。
「それじゃ男の子たち、コハクとリールルを呼んできてくれる?」
「「はーい!」」
子供たちに呼ばれて、聖獣姿のコハクがやってきた。リールルの特訓も、それなりにものになってきたみたいだ。ドワーフの隠れ里に行ける日も近いかもしれない。
「カロリー、なんか来たぞ」
遅れて戻ってきたリールルが、外を指して言う。
「なに?」「へいたい?」「どこいくの?」
言われて外に出てみると、武装した兵隊が隊列を組んで向かってくるところだった。歩きの兵隊が7~80に、騎馬の兵士が10ほど。その後ろに見たことのある馬車が続いているので、それがメルバ領主の兵なんだってわかった。
「用があるのは、孤児院じゃないよね、さすがに」
「にゃ」
来ても大丈夫、ってコハクは言ってくれたけど。孤児院が目当てだとしたら、槍と剣と甲冑を身に着けた100近い軍勢にはならないと思う。
ボケーッと他人事のように眺めていると、騎馬のなかから1騎だけ離れて、ゆっくりこちらに向かってきた。ちょっと偉そうな羽飾りとマントなので偉いひとなのはわかるんだけど……
「危急の折、馬上から失礼する」
近付いてきたのはメルバ領主、シリル・ド・メルバ伯爵だった。どこでなにする気か知らないけど、なんで城塞都市のトップが自ら出陣してるかな。
「ええと……これは、エルフとの戦争ですか?」
わたしが訊くと、少し苦笑するような顔で首を振った。
「その前の敵状把握だ。昨夜、貴殿らがリヴェルディオンの先遣隊と接触したと聞いてな」
「え」
「誤解のないように言っておくが、貴殿らに密偵はついていない。エルフ側の監視をしていた結果だ」
そういうことね。敵の監視をしていたらわたしたちと小競り合いになったので領主に報告が来て、討伐か威嚇か知らないけど兵を挙げることになったと。
……あ、ちょっと待った。
「貴殿は人目を引きたくないのだろうと思っていたのだが。報告を聞く限り、違ったようだな」
「……報告、あったんですか」
「ああ。廃村の中心に、煌々と光り輝く不夜城が聳えていると」
だよね。“スーパーマーケット”の電気、朝までずっと消してなかったわ。このへん夜になれば真っ暗闇なんだから、目が痛いくらいの光が駄々洩れになってたら何事かと思うよね。
「それは……ええと、いきなりエルフに襲われたため、やむを得ず」
ホントは順序が逆だけど、ここはそういうことにしてごまかそう。別に悪いことはしてないんだけど、あのいざこざの対処に兵隊を連れてきたんなら少し気まずい。
しどろもどろで言い訳するわたしを、領主は片手を上げて制する。
「貴殿らに被害がなくて幸いだった。これはメルバとリヴェルディオンとの問題だ。被害があれば保障するが……」
「ないですね。全然。お構いなく」
「だろうな。……だが、貴殿らが独自にことを構えるのであれば、我々にも伝えてもらえると助かる」
領主館でも商人ギルドでも門衛でも、わたしからの言伝があれば領主まで伝わるよう手配してあるという。
「なにをするにせよ邪魔はしないし、干渉もしない。むろん批判も処罰もだ。仮にエルフを鏖殺しようと懐柔しようと、メルバは手出しも口出しもしない。ただ、知らないところで消されるのだけは困る」
人間の生存圏を最前線で守ってきた城塞都市メルバの領主となると、非常事態の対処と、王宮への報告義務がある。
あまりに規格外すぎる者が介在すると密偵も把握しきれないのだそうな。そんな大層な存在になった覚えはないんだけど、言ってることはわからなくもない。
たとえばゴブリンの群れをフードトラックで殲滅したように、わたしがエルフも全滅させちゃったとして。急に敵の動きを確認できなくなったメルバ側は、いもしない敵を探して、ありもしない敵の策略も想定して、再補足のために膨大な手間と時間と人員を浪費することになる。
悪意のある相手ならそれも楽しいかもとちょっと思ってしまったが、メルバ領主はいまのところ敵でも味方でもないグレーだ。
穏当にお願いされてきたとなれば、わたしも拒絶するほど意地悪ではない。
「わかりました。襲われない限り手出しするつもりはありませんが、なにか起きた場合にはメルバの商人ギルドを通じてお伝えします」
「助かる。では失礼」
馬首を返したメルバ領主は、なにかを思い出したように振り返る。
「ケルベルは余罪が判明したため斬首となった。商会も解体させる。今後は貴殿を、そして多くの領民を煩わせることはない」
邪魔したな、と言って去っていった。
「斬首かぁ……」
領主の弟だって立場を利用してかなり悪どいことをやってきた商会とはいえ、首切りは物理的にやっちゃうのか。コハクを見ても、それがなにか? みたいな顔してるし。それは、この世界の文明レベルというよりも国情と国民感情なのかな。
「とりあえず、いま気をつけなきゃいけない敵はリヴェルディオンのエルフだけってことかな」
「にゃにゃ」
なにかあったら守るよ、と言ってくれた。聖獣様、頼りになる。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




