第32話 籠城パラダイス
「「「わああああぁ……」」」
給湯器からホースで注ぎ込まれるお湯を見て、子供たちは驚きに目を見開いていた。お湯を、というよりも注ぎ込まれた先の巨大プールを見て、かな。
買ったのは直径3.6メートルで高さ76センチのフレーム式と、3メートル×1.8メートルで高さ56センチのビニールプールだ。
大きい方は組み立てるのが難しそう、かつ時間がかかりそうだったので展示品のをそのまま購入した。ビニールプールには、電動の空気入れがついてた。アメリカ人って、楽することにためらいがない。
「カロリーさま。子供たちをキレイにして、新しい服に着替えさせるのも、その……」
「そうですよ、シスター・ミア。清潔であることに慣れてもらいたいからです。店に来ていただいたお客さまに、不快な思いをさせるわけにはいきませんから」
「あの子たちに、務まるのでしょうか」
「もちろんです」
自信満々に言いながらも、どうしたものかと考えていた。ちびっ子たちに店員が務まるかという以前に、わたしは“スーパーマーケット”にお客様を迎える想定はしてなかった。この場所で営業をしていくつもりなら、誘導できるお客はメルバの、それも富裕層になってしまう。正直あんまり関わりたくない。亜人に偏見を持っているようなら、子供たちに近づいてすら欲しくない。
とはいえ、わたしや孤児院の子たちと友好関係を築けるような相手は、それほど裕福ではないそうばかりなのが問題だ。
「キレイになったら、わかりますよ」
お風呂の設置場所は、給湯器のある2階になった。
お湯の出る蛇口からホースが届く距離で、その後の排水がしやすい場所。さらに壁があって、と探していくと選択肢はふたつ。ひとつは倉庫で、ひとつは事務所だったみたいだけど、どちらも物は置かれていなかったのでプールを置くのには問題ない。
それぞれのプールに複数の蛇口から、どんどんお湯を注ぎ込んでゆく。水温は冷めるのを見越して少し高めにした。洗い流すことを考えて、プールに3本ずつつなげたホースのうち各1本にはシャワーヘッドもつけてある。
用意は万全。お湯はまだ膝丈にも足りないけどね。
「大きい方は、女の子ね。男の子は小さい方」
「やったー!」「おれ、いってるねー!」
目下、最大の懸念は、男の子たちの入浴が無事に済むかどうかだ。
テンション高い男の子は、すでになにかやらかしそうな雰囲気満点。はしゃいで事故が起きないよう、落ち着いた性格のベイスに監督役をお願いしておいた。
「ベイス、お願いね。物を壊したりお湯をこぼしたりは最悪どうでもいいから。怪我と、溺れるのだけは絶対に止めて」
「うん」
彼は人間の男の子で、孤児院でも最年長の10歳。ピザ&フライドチキン・ボーイズの、フライドチキンの方だ。なんか、お笑いコンビの見分け方みたいだな。
「かろりーさまー!」「もーいーいー?」
「みずー、いっぱいー!」
容積が小さい男の子たち側のプールは、もうお湯が貯まったみたい。いいもなにも全員が脱いでるし。呼ぶな。
「なにかあったら、大きな声でわたしたちを呼んで」
「わかった」
冷静さという意味では、頼りになるのはベイスだけだ。
石鹸とシャンプーの使い方はみんなにちゃんと教えたというのに、いまも頭に入ってる男の子はたぶんベイスしかいない。
プールの方ではモコモコがいっぱいだー、とか大笑いしてるから御察しである。あいつらシャンプー使い切る気だな。
「できれば、でいいんだけど。メルのモシャモシャな毛を洗ってやって」
「がんばる」
とりえず事故さえなければよし。こちらはこちらで楽しむことにしよう。
わたしとシスター・ミアはお風呂に入れる役と、上がった子の身体を拭いて着替えさせる役と、役割分担して途中で交代することにした。
「「「ほわあぁ……♪」」」
あったかいお湯につかった子供たちは、いくぶんオッサン臭い吐息を漏らしてくつろぐ。
気持ちいいよね。そういう声が出るのはわかる。
「こんなにいっぱい、お湯があるの、ふしぎ」
「ねえちゃ、あたかいねえ」
猫獣人と猫が違うっていうのは、食事だけじゃなくお風呂もなのかな。イリーナちゃんもニーナちゃんも、お湯に入るのを嫌がったり怖がったりはしない。
「にゃ」
お風呂は入らなくてもいいかな、とか強がってるけどコハクは水あんまり好きじゃなさそう。舐めて毛づくろいしてるのか、毛並みはキレイだから、無理に入れたりはしない。
「そういえばコハクって、男の子なの? 女の子なの?」
「にゃ」
しらない、って言われた。そんなことありえるのか。
仔グマのテニャちゃんを抱っこしながら入浴していたシスター・ミアが少し考えてわたしに言った。
「聖獣様は性別を持たないと、聞いたことはあります。お近づきになることはなかったので、本当かどうかは存じ上げませんが」
なるほど。性別を超越しているのか、性別が曖昧なのか。いままでまったく気にしてなかったのでいまさらだし、どっちにしてもコハクはコハクだ。
「カロリーさま、代わりましょう」
そろそろ上がるというシスターから、赤ちゃんを受け取る。キレイに拭いて、新しいベビー服に着替えさせる。いままで着ていたテニャちゃんの服も柔らかい生地ではあったけど、へたりまくって柔らかくなった生地というのが正しい。
今度のは、新品でも柔らかい生地のベビー服だ。
「あーうー?」
なにこれ、いいじゃない! みたいな感じでご機嫌のテニャちゃん。手足をジタバタさせて喜んでる。かわいいぃ……ッ!
「シスターも、寝るときの服は要らなかったんですか?」
「ええ。わたくしは、常にこの服で暮らしてきましたので」
彼女はシスターになったときから、修道服以外を着ることなく暮らしてきたみたい。わたしも、それを着替えろと強制はしない。
身体を洗って、湯船ならぬ大プールに入る。深さは年長の子が座って肩が出るくらい。大人だと少し浅いけど、小さい子の安全のためにはこのくらいがちょうどいい。
「ほえぇ~~♪」
久しぶりの熱いお湯は、思わず間抜けな呻き声が出るくらい気持ちよかった。疲れが解けてくってのは、こういうことを言うのかな。
プールの端に引っかけたシャワーヘッドから、さわさわと熱いお湯が降ってくる。それを浴びながら、キャッキャとたわむれる少女たち。うん。控えめに言って、天国だ。だらしない顔をしているであろうわたしは、しっかり温まったところで女の子たちを呼んだ。
「みんな、シャンプーするよー?」
「「はーい」」」
女の子たちは新しい体験に興味津々だ。髪がキレイになると聞いて目を輝かせていた。リールルだけはボトルの材質とプッシュポンプの構造に釘付けになってるという平常運転だ。
使い方のサンプルとして、もこもこ髪の羊少女エイルちゃんに協力してもらう。シャワーで温水を掛けながら髪を洗い流し、シャンプーで優しく洗っていく。
元いた世界の羊の毛って脂と汚れがすごいんだけど、エイルちゃんの髪はあんな触感じゃなくフワフワで繊細だ。当たり前か。
「ほわぁ……」
シャンプーされると気持ちいいのか、目をつむって幸せそうな顔してるエイルちゃん。泡をキレイに洗い流したところで、ヘア・トリートメントを髪全体に広げる。
「かろりーさま、これは?」
「とりーんめん?」「なに、するもの?」
「“トリートメント”ね。髪の汚れを落とすのがシャンプーで、トリートメントは髪に栄養を与えて、さらさらツヤツヤにするの」
少しの間、洗い流さずに馴染ませる。エイルちゃんが待ってる間に、小さい子から順にシャンプーを手伝う。年長のお姉ちゃんたちは、見よう見まねでちゃんとトリートメントまでを済ませた。
「それじゃ、もうちょっと待ってから洗い流して、上がろうか」
髪に馴染んだところでシャワーで流して、それぞれタオルで軽く押さえる。ゴシゴシしないように言うけど、なんだかあんまり聞いてない。
タオルの柔らかさに感動してるみたい。
「「「……ッ⁉」」」
その後、見違えるほどに艶めいた女の子たちの肌と髪を前にして、男の子たちがあからさまに落ち着きをなくしたのは見ていて面白かった。
男の子たちはといえば、多少小ぎれいにはなってたけど、アメリカ産シャンプーの香料臭がひどくてシスターにもういっぺん洗い流してくるように言われてた。
6人で828ミリリットルのシャンプーボトルを空にするって、どんだけ遊び倒してたの⁉
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