第31話 商人として
「楽しみだなあ、お風呂なんて久しぶりだし」
ボイラーがあって給湯設備もあるとはいえ、当然それは入浴を想定したものじゃない。どうにかできるんじゃないかと思いつつ、現状なんのプランもない。
きっと1階の店舗でバスタブくらいは売ってる。なかったとしても、ビニールプールは売ってるのを見た。それにお湯を溜めれば入浴はできる。石鹸もシャンプーもトリートメントも当然、売ってる。
問題があるとしたら、設置場所の確保と保温、あとはバスタブからの排水か。
「にゃ?」
考えごとしてたらコハクに怪訝そうな顔されて、説明したら変なこと考えるねって呆れられた。
猫ちゃんって、お風呂……というか水に入るのが好きじゃないんだっけ。たしかイエネコの祖先は砂漠に住むリビアヤマネコで、あんまり水を必要としないんだとか聞いた気がする。
舐めて毛づくろいしてるから清潔、っていうのもあるしね。
「にゃ」
水ごと魔法でしまって、どこかで出せば? って言われた。できるのかな、そんなこと。ボトルに入った水を出してたでしょ、って。たしかにそうなんだけど。
まあ、試してみるか。無理なら無理で、どうにかする。
「かろりーさま、どうしたの?」
トイレから戻ってきた子供たちはスッキリした顔してる。
でも、服はあんまりキレイじゃないな。“スーパーマーケット”のラインナップが少し……というか、かなり好みとは違うので先延ばしにしてきたけど、そろそろ子供たちの服も調達した方が良いかな。
せっかくの機会だし、身体も服もキレイにするなんて良くない?
「みんなで、お風呂に入ろうかと思って」
「おふろ?」
知らないか。訊いてみたら、夏場とかは井戸で水をかぶってたみたい。それ以外の季節は、水とかお湯で濡らした布で身体を拭くくらい。
そんなもんか。元いた世界でも、庶民の生活はそんな感じだった気がする。中世か近代かの文明レベルで銭湯が通常営業してる国なんて日本の、それも大都市くらいだろう。
それにしては、体臭が気になるような子はいなかったな。メルの毛がモサモサと絡んでるのは気になったけど、臭いと思ったことはない。う~ん、不思議。
「洗濯機……は、こっちの服を洗ったら破れちゃうな。手洗いしかない……」
いや、前にどっかで見たぞ。手回し式の、洗濯する道具。あれなら布地への負担も少ないんじゃないかな。
「ねえコハク、外にいた連中はもういなくなってる?」
「にゃ」
コハクによれば、まだ見張りみたいのが残ってるみたい。結界にスキマや粗がないか調べながら、なんとかこの建物に入ろうとしてウロウロしてるんだって。
「にゃ」
射っちゃおうか、それとも自分がぶっとばしてくる? なんて言ってる。聖獣様、見た目はかわいいのに性格けっこう過激。
状況はわかったので、フードコートで待ってるシスター・ミアのところに行って計画を話してみた。
「まだ外にエルフの仲間がいるそうなんで、今夜はここに泊まりませんか? それと、子供たちをお風呂に入れたいと思っているんです」
「お風呂、ですか」
シスターは、お風呂の存在は知ってた。庶民の家に生まれ、シスターとして清貧の教育を受けてきた彼女は入浴したことなど数えるほどしかなかったみたいだけど。
水も燃料もそう潤沢ではないエルテ王国で、どちらも大量に使う風呂など相当に裕福な者しか入れないらしい。
「遥か西にあるクーリアという街では、誰でも入れる公衆浴場というものがありました」
その街にあった教会の学校で、シスターになるための教育を受けたとき何度か入浴を経験したんだって。そんなレアなものなの、お風呂?
「クーリアは冬でも暖かいようなところでしたので、きちんと汗を流さなければ病気になると言われていました」
このあたりは、汗かくような気温にならないからっていう理由もあるのか。
暑かったら暑かったで、寒かったら寒かったでお風呂に入りたいと思うんだけどな。まあ、元いた世界でも湯船に浸かりたがるのは日本人だけだって話もある。
「1階に行って、寝具とお風呂の用意をしましょう」
「「「はーい!」」」
◇ ◇
「あるにはあったけどね、バスタブ。みんなが入るには、ちょっと小さすぎるかなあ……」
「にゃ?」
バスタブのなかに座ってるわたしを見て、なにしてるの? って笑うコハク。
いわゆるバスタブはひとり用、せいぜいふたりが入れるくらいのしかなかった。そりゃそうだよね。一般家庭で使うのにそんなデカいバスタブ必要ないし。あとは赤ちゃん用のベビーバスと、よくわからない持ち運べる・折り畳めるタイプのバスタブ。
アメリカ人、これをどういう用途で買うんだろ。なんにしろ大きいものでもふたり用だから、いまの目的には使えない。
「よし、こうなったらプールだ」
組み立て式のプールを買おう。アウトドアグッズのコーナーにあったプールは、値段しだいでサイズも素材も色々選べる。デッカいのならみんなで入れる。おまけに懸念事項だった排水ポンプもついてる。
子供といっても年長の子たちとか、男女一緒に入るのは問題あるだろうから男女別にふたつ買っちゃおう。
「あとはタオルと着替えだね。みんな、こっち来て」
「かろりーさま、これなに?」「へんなかたち」「いろんな、いろ……」
「どうぶつ、ついてる」「この、まるいの、ふくろ?」
うん。こっちの世界でフードつきの服なんか見たことないかもね。でもアメリカ人なんでか好きなんだよ、パーカー。
安売りのはヘタクソな動物の絵とか、なんにも考えてないような単語がでっかく書いてたりする。あと牛柄とか。無地でも信じられないくらい派手なブルーとかピンクとか。誰が買うんだって思うようなのは、当然ながら売れ残ってワゴンセールで叩き売られてた。
「これ、なあに?」
エイルちゃんに訊かれて返答に困る。それね、着ると某アニメのキャラみたいになれるっていうコスプレ・フーディ。説明しにくいな。誰も買わなかったのか、少し薄汚れて70%オフになってる。
エイルちゃんも、特に欲しいってわけではなさそうなのでホッとする。好きな服を着せてあげたいけど、あんまりひどいのは避けたいからね……
「とりあえず人数分のTシャツとパンツね、あとはショートパンツに……」
やっぱ利便性を考えるとパーカーになるのかな。フードなしのトレーナーにしようか。
「カロリーさま」
考え込んでいるわたしに、シスター・ミアが話しかけてくる。少し思いつめた様子なのが気になる。でも、理由はなんとなくわかっていた。
いつかは決めなきゃいけないことだって、わかっていて先延ばしにしていた。
「これまで、たくさんのものをいただいて、わたくしも子供たちも、大変に感謝しています」
シスターは心苦しい様子でそう言った。
そうだ。好意からであろうと、善意によるものであろうと。施しは、必ずしもひとのためにはならない。相手が子供だから、なんて言い訳にもならない。貧しく飢えに苦しんでいた子たちは、もう飽食の味を知ってしまった。
わたしのせいで。
「ですが、これ以上はいただけません」
「お気持ちは、わかります。やり過ぎてしまったことも自覚しています」
わたしは善人じゃない。好意からやってきたわけでもない。単に、そうしたかったから。モフモフを愛でて、餌付けして、モフり倒したかったから。ある意味で……というか完全に、無垢なボーイズ&ガールズを私利私欲のために利用してきただけだ。言い訳などしない。反省などしない。そもそも問題なんか、いまのいままですっかり忘れてた。
でも! ひとつだけハッキリ言えることがある!
「モフモフを愛する気持ちは、ぜったいに枉げない!」
キョトンとされた。ちょっと心の声が駄々洩れになってたみたい。
言ったった、みたいな顔のわたしを見て、シスター・ミアは首を45度近くまで傾げる。
「もふ、……もふ?」
うん、ぜんぜん意味わかんないですよね。自分でもわかってないくらいだし当然だ。
「失礼、シスター・ミア。いつかお伝えしなければいけないと思ってたことがあります。聖獣であるコハクに導かれて子供たちと出会ったのは事実ですが……」
今度はなにを言い出すのだろうという顔のシスター。ちょっと心苦しいが、このままにはしておけない。
「子供たちと仲良くしてきたのには、少なからず下心がありました」
「えっ⁉」
「わたしは商人です。なんの得にもならないことはしません。商人であれば、それはしてはいけないことなんです。損を分け合うなどという行為は、商人としては堕落であり罪ですから」
これでも新卒からビジネスの現場にいたから、言ってることの半分くらいは事実だし本音だ。もう半分は、異世界スローライフを夢見てモフモフな子供たちとはしゃいでいる内に完全に忘れていたんだけども。
「そうですか」
わたしの言葉を聞いて、シスター・ミアは冷静な表情のまま少しだけ肩を落とす。裏切られた失望した、という風ではない。でも、穏やかな目には“結局この世はそういうものだ”っていう諦観があった。いままでどんな艱難辛苦を味わってきたのか、この老女は楽しそうな子供たちに目を向けた後で、わずかに声を潜めて言った。
「子供たちを、どうするおつもりですか」
「はい。雇いたいんです。……この店で」
「え?」
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