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第3話 しなびたトウモロコシの端切れ

もう一本投稿します

 大きくなったコハクを前にして、わたしはポカーンと口を開けて固まっていた。顔や表情は仔猫ちゃんの面影を残してるんで怖くはないんだけど、これが本来の姿なのかな。サイズはわたしが乗れそうなくらいに大きくて、毛並みのモフモフ感も三倍マシだ。


「もしかして、前の姿には戻れない?」


「にゃ」


 戻れるよ、という感じで鳴くと、元の仔猫サイズに戻る。うん。やっぱり、こっちの方がかわいいかも。と思ったら頭でド突かれた。せっかく真の姿を見せてあげたのに、という感じでムッとした顔してる。


「ごめんごめん。大きい姿もカッコいいけど、ほら、大きいままだと街に入れなくなっちゃうんじゃないかと思って。これから人里を目指そうと思ってたからね」


 そう言って喉元をナデナデすると、仔猫のコハクは嬉しそうにゴロゴロと鳴いた。

 契約を結んだせいか小腹を満たしたせいか、痩せこけた印象はなくなってる。さっきまでのヨロヨロした感じもなくて、ずいぶん元気を取り戻したみたい。

 聖獣だと回復も早いのかな?


「にゃん」


 ひと声鳴くと、コハクは先導するように歩き出した。


「ひとの住んでるところに案内してくれるの?」


「にゃ!」


 いまのは、そうだよって答えたのがわかる。ちゃんと通じてる感じが、前よりも強くなった。コハクは先に立って歩きながら、ときおり振り返ってわたしがついてきているかを確認し、ちゃんといることがわかると満足そうに小さく「にゃ」と鳴く。

 こういうのは、元いた世界の猫ちゃんでもよくあった。聖獣の仔猫ちゃんに案内されて異世界を散歩するなんて、すっごくワクワクする。

 わたしはのんびり歩きながら、目の前でふるふると揺れる小さなお尻やフワフワのシッポを愛でる。むふふふ、これは眼福。


「わぁ……」


 しばらく歩くと、森の樹木が途切れて視界が開けた。森から周囲はわずかに高低差があるだけで比較的ずっと平らな地形が続いていた。

 見た感じは田園地帯なんだろうと思う。けど土地はひどく痩せていて、赤茶けたパサパサの土にしなびた植物の残骸が点在していた。


「これは、収穫後なのかな。それとも、収穫前でこれ?」


「にゃ」


 わかんない、と言ってるようだ。さすがに聖獣でも猫ちゃんじゃ農業には詳しくないか。

 少し歩くとトウモロコシ畑があって、茎と葉っぱだけが残ってたので、どうやら収穫は済んだ状態だとわかる。


「くすん……くすん」


 畑のどこかで、小さな子が泣いてる声が聞こえてきた。茎の隙間から覗き込むと、うずくまっている子供の姿が見えた。


「どうしたの? だいじょうぶ?」


 声を掛けると、小さな女の子がビクッと身を強張らせる。

 つぎはぎだらけの粗末なエプロンドレスを着て、藁を編んだ籠を抱えている。ふわふわの綿毛みたいな薄茶色の髪の上に、ぴょこんと猫耳が立っていた。


 おお、獣人ちゃんだ!


「ごめんね、急に声を掛けて。なにか困ってることあるなら、手を貸すけど」


 女の子はわたしを見て、コハクを見て、手元の藁籠に視線を落とす。なかには、ほとんど粒のないトウモロコシの端切れが何本か入っていた。


「もしかして、おなか減ってる?」


「ニーナが、……いもうとが」


 彼女の名前は、イリーナちゃん。自分のためじゃなくて、妹ちゃんのために食べるものを探してたみたい。まだ5歳だっていうのに、ちゃんとお姉ちゃんだ。飽食の国でぷくぷくだった5歳の頃の自分を思い出して、思わず恥じ入ってしまう。


「イリーナちゃん、お父さんとお母さんは?」


「いない」


 彼女たちは村の孤児院で暮らしていて、孤児は農家の畑仕事を手伝うことで食料を分けてもらってるらしい。収穫が終わった畑の作物を持っていくことは許されているけど、村も裕福ではないので畑に残っている作物なんてほとんどない。

 それでもあきらめきれずに、芯だけトウモロコシを拾ってたのか。


「にゃ」


 コハクがわたしに声を掛けて、わたしは黙ってうなずく。大丈夫、ちゃんと伝わってるって教える。


「ねえ、イリーナちゃん。孤児院に案内してくれる?」


「え?」


「わたしも、おなか減っちゃった。いっしょにご飯食べよう!」


 怪訝そうな顔でわたしを見る。わたしは手ぶらで荷物もないから、なにを言ってるんだろうって表情だけど。拒絶はしない。それどころか。


「……シスター・ミアに、……おねがいしてみる」


 やっぱり、こういう子だ。わたしを助けようとさえしてくれる。自分の方が、はるかに飢えて貧しいのに。分け与えようとしてくれるんだ。


「食べるものは、こちらで用意するから大丈夫よ?」


 信じてる風じゃないけど、女の子はぎこちない笑顔を見せる。


「……ここ」


 連れてこられた先は、畑から歩くこと三百メートルほど。わずかな民家が点在する寂れた村落から少し離れた先に、ひっそりと建つ平屋建ての教会だった。

 敷地には家庭菜園というか素人農業というか、不器用で雑多な感じの畑が作られていた。もちろんそこも実りはほとんどない。イリーナちゃんよりさらに小さな子供たちが、諦めきれないような顔で畑を見つめているのが切なかった。


「ねえちゃ!」


 なかのひとりが振り返って、イリーナちゃんに笑顔を向ける。綿毛みたいな薄茶色の髪に、ぴこっと立った猫耳。見ただけで姉妹だとわかるくらいそっくりなんだけど、痩せたところまで似てるのがホント見てられない。


「この子がニーナちゃん?」


 イリーナちゃんがうなずいて、ニーナちゃんに藁籠を渡す。


「……ごめん。あんまり、のこってなかった」


「ありがと、ねえちゃ」


 トウモロコシの端切れを見ても、ニーナちゃんは精いっぱいの笑顔でお礼を言う。採ってきたものではなく、お姉ちゃんの努力と気遣いに対して。


「……ッ!」


 まずい。ガリガリの獣人少女たちの健気な姿を見て、傍観者でしかないわたしが号泣しそうになる。こういうの、ホントにダメ。そもそも小さな子とか小動物とかが可哀想な目に遭うのは、フィクションでも正視できない。

 せっかくプリティなモフモフが、ゲッソゲソに痩せ細って毛並みもペッチョリしてるのとかもう、見てるだけで耐えられない。


「……?」


 勝手に涙を堪えてるわたしを見て、イリーナちゃんとニーナちゃんは不思議そうな顔をする。それはそう。ハタから見れば、わたしは完全に不審者だ。


「イリーナ、お客様ですか?」


 教会から、初老の女性がやってきた。元いた世界の修道服みたいな格好をしているから、このひとがシスター・ミアなんだろう。優しげではあるが疲れた顔をして、子供たちよりさらに痩せ細っている。

 見た感じは獣人ではなく、ふつうの人間みたいだ。


「お邪魔しています、シスター。わたしは……旅の商人で、カオリといいます。先ほどイリーナちゃんと知り合って、こちらまでの案内をお願いしました」


 主に不審者じゃないよ、というアピールのために笑顔で話しかける。旅してるわけでも商人なわけでもないけど、まさか異世界から飛ばされた“スーパーマーケット”の回し者ですとは言えない。


「商人、ですか。この村には、どういった御用で?」


 警戒とまではいかないけど、不思議そうな顔をされた。うん。そうだろうね。寂れた寒村には、売るものもなければ買うお金もない。そんな村に、わざわざ来る商人はいない。

 ただの通りすがり、という言い方もできたけど。なんとなく、嘘はつきたくなかった。


「ここで商売をする気はありません。イリーナちゃんと、いっしょに食事をしようと約束したんです。食材はこちらで用意しますので、寄進としてお納めください」


「それは、もしや……」


 さらに不思議そうな表情。わたし、なんにも荷物を持ってないもんね。でも、不審そうな感じはない。それどころか、目が輝き手を組んで祈りのポーズになる。

 なに、どしたんですか急に。


「聖獣様のお導き、ですか⁉」


「へ?」


 彼女たちの視線を辿って傍らのコハクを見ると、いつのまにやら大きな聖獣姿に変わっていた。そうだよ、と言わんばかりにユラユラと尻尾を振っている。


「ああ、そうですね。はい。こちらはわたしの相棒で、コハクと言います。この子から、彼女たちを助けて欲しいと頼まれまして」


「にゃ」


 シスターもイリーナちゃんたちも、たちまち喜びに満ち溢れた表情になった。この世界では、“聖獣様”の知名度と信頼度はすごいみたいだ。

 教会に招き入れられると、なかにいた子供たちがわたしを見た。痩せこけた孤児たちが全部で10人ほど。彼らは、大きなコハクに目をやって目をまん丸にする。


「シスター・ミア、せいじゅうさま?」


「はい! 聖獣様が御使(みつか)い様をお連れくださいましたよ。みなさん、女神様に感謝を」


 シスターが声を掛けると、子供たちは歓声を上げてそれぞれ奥の女神像に祈りを捧げ始めた。


「……ねえ、コハク。“御使い様”って、もしかして、わたし?」


「にゃ」


 もちろん、みたいに言われた。

 当然ながら、わたしは女神様と面識はない。女神様が実在するとして、アメリカのスーパーマーケットと提携してたりはしないと思うんだけどね。

 まあ、いいか。


「みんな、聖獣様(この子)といっしょに、ご飯を食べない?」

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